『誘惑のアフロディーテ』

角川シネマ有楽町、ホール前に掲示されたポスター。 誘惑のアフロディーテ ―デジタル・レストア・バージョン― [Blu-ray]

原題:“Mighty Aphrodite” / 監督&脚本:ウディ・アレン / 製作:ロバート・グリーンハット / 製作総指揮:ジーン・ドゥーマニアン、J・E・ボーケア / 共同製作:ヘレン・ロビン / 撮影監督:カルロ・ディ・パルマ / プロダクション・デザイナー:サント・ロクァスト / 編集:スーザン・E・モース / 衣装:ジェフリー・カーランド / キャスティング:ジュリエット・テイラー / 出演:ウディ・アレン、ヘレナ・ボナム=カーター、ミラ・ソルヴィノ、マイケル・ラパポートピーター・ウェラー、クレア・ブルーム、オリンピア・デュカキス、ジャック・ウォーデン、F・マーレイ・エイブラハム / 配給:松竹富士 / 映像ソフト発売元:KADOKAWA

1995年アメリカ作品 / 上映時間:1時間35分 / 日本語字幕:古田由紀子

1996年12月14日日本公開

2013年11月16日〜12月6日『We Love ウディ・アレン』の1篇として上映

2012年5月11日映像ソフト日本盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon]

『We Love ウディ・アレン』公式サイト : http://welovewoody.jp/

角川シネマ有楽町にて初見(2013/11/21)



[粗筋]

 スポーツ記者のレニー・ワインリブ(ウディ・アレン)は、妻アマンダ(ヘレナ・ボナム=カーター)からの突然の提案に動揺した。美術商としてキャリアを築くアマンダは、突如として子供を欲しがり、養子を取りたい、と言い出したのだ。徹底して反対していたレニーだが、仲介人から絶好の候補を紹介されたアマンダは強引に契約を結んでしまう。いざ子供と対面するとレニーは一転子煩悩に早変わり、知育玩具を積極的に買い与えて英才教育に努めるようになった。

 マックスと名付けられた子供はハンサムで賢く理想的に成長した。自分の画廊が持てる好機が訪れ、仕事に意欲を傾ける妻との関係に溝が生じていたレニーはいよいよ子育てに執心するが、それと同時に、我が子の実の親がどんな人間なのか気になりはじめた。これだけ才能のある子供なのだから、きっと優れた親だったはずだが、もしろくでなしの遺伝子を受け継いでいるとしたら……? レニーはマックスを斡旋してくれた人物の事務所から、マックスの生みの親の情報を盗み出すと、実母の行方を捜した。

 だが、どうにか見つけ出したマックスの実母リンダ・アッシュ(ミラ・ソルヴィノ)は、レニーの悪い予感を具現化したような女性だった。女優志望だ、というが出演しているのはすべてポルノ映画で、現在は娼婦として収入を得ている。客のふりをして接触したレニーは、純粋で生真面目だが愚かな彼女の様子に不安を募らせ、真っ当な暮らしをさせてやりたい、と考えたが……

[感想]

 最初、これはいったいどういう映画なのか、と戸惑う。神殿らしき場所で、神話の悲劇について荘厳に語るひとびとが現れたかと思うと、話はいきなり現代のニューヨークに引き渡される。そこでは先刻までの重々しさが嘘のように、ウディ・アレンが軽快に、しかし理屈っぽく何やら語っている、彼の作品を複数観た者には馴染みの光景が繰り広げられているのだ。

 話が進むうちに、どうやらあの神殿の合唱団たちはウディ・アレン演じるレニーの意識に直接訴えることの出来る、しかし彼の視点では解らないことも知覚している、いわばレニーの親しい神のような位置づけで物語に介入しているのだ、ということが解ってくる。奇妙な距離感の語り部が、ウディ・アレン独特の洒脱なムードにいつも以上のユーモアと、不思議な重厚感をもたらしている。

 ただ、この一風変わった描写は単に奇を衒っただけのものではない。本筋は男女の心理を巧みに絡め取った、軽快ながら理知的なコメディであるが、その展開には確かに神話を下敷きにしたかのような趣向がちりばめられている。血の繋がらない息子の出自について思い悩むこともそうだし、真意を隠して女性を主人公が正しいと思う道へと導く、という言動にも一種、教訓話のような趣がある。とりわけ、提示される結末は、合唱隊がにわかに披露するドゥワップのためにやたらと明るく軽い雰囲気だが、同時に後日ふたたび波乱がありそうな気配を漂わせていて意味深だ。

 ひどく艶笑的で下品な会話も随所に鏤められているのに、不思議と全体のトーンには理知と品性が感じられる。現実と思索の世界とを自在に往来する合唱隊の風変わりな扱いもそうだが、一見ライトな描写の背後に潜む深遠さ、毒に気づくと更に味わい深い内容だ。

 ウディを筆頭とする、身勝手だけどキャラの立ったひとびとの軽妙なやり取りを純粋に愉しむも良し。ヘレナ・ボナム=カーターの最近では珍しい、野心はあるが決して突出したキャラクターを演じている姿や、アカデミー賞にも輝いたミラ・ソルヴィノのとことん憎めないダメ女っぷりを愛でるも良し。そうして、その外面が仄めかす悲劇の匂いに陶酔するも良し。一風変わった語り口に、様々な魅力を詰めこんだ、快くも贅沢な作品である。まだあまりたくさん観ているわけではないが、私がこれまでに鑑賞したウディ・アレン作品のなかではベストだと思う。

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