監督&アニメーション:水江未来 / 特集プロデューサー:廣瀬秋馬 / 『WONDER』協力:CaRTe bLaNChe / 音楽:パスカルズ、twoth、松本亭、中村ありす、Kai&Co.、水江未来 / 配給:マコトヤ+CALF
2014年日本作品 / 上映時間:1時間19分
2014年2月22日日本公開
公式サイト : http://wonder.calf.jp/wonderfull/
ヒューマントラストシネマ渋谷にて初見(2014/02/22) ※初日トークイベントつき上映
[概要]
2003年、多摩美術大学在学中に発表した『FANTASTIC CELL』が国際的に高く評価され、以来短篇アニメーション作家として活躍する水江未来。その諸作を、デビュー作から2013年の最新作『WONDER』まで、発表順に縛られずにまとめ、さながら1本の長篇映画としてまとめた。ほとんどの作品が、劇場では初公開となる。
[感想]
もともと鑑賞するつもりだった作品が満席で入場できず、同じ劇場でかかっていたから急遽チケットを確保する、という具合で接したため、まったくの予備知識なしで観ることになった。上映前に監督からの簡単な挨拶があり、上映後のトークイベントと、鑑賞者限定でダウンロード出来るパンフレットから上記のような情報をあとで確保したのでいまは説明出来るが、上映前は不安なほどだったのだ。
しかし、この不安はごく早い段階で霧散してしまう。気づくと、作品の不思議な魅力に取り憑かれていた。
基本的にはストーリーもなければ、固有のキャラクターも存在しない。背景画もなく、監督の感性が紡ぐ奔放なイメージが画面をひたすらに躍動する。
ただ、そこには明確な作家性が見える。出世作の『FANTASTIC CELL』を筆頭に多くの作品で、“細胞”をモチーフにしたヴィジュアルが展開している。四角形のなかに黒い丸を入れたモチーフが繋げられて描き出された造形物の数々は、正直なところ最初は薄気味悪い。しかし、それらが画面狭しと揺らぎ、波打ち、跳ねまわる姿には生命力が溢れている。みんなそうとは限らないが、観ているうちにキュートにさえ感じるようになるはずだ。
そして、ストーリーこそないものの、モチーフの動き、変容には明確な意識の流れが窺える。『MODERN』2作品は、立方体が無限に、予測を超えて展開し、『FANTASTIC CELL』『JAM』などは無数の細胞が次第に画面を覆わんばかりに増殖していく、など趣向は作品によって違うし、映像自体はやはり抽象的ではあるが、観ているうちにコンセプトが早く浸透するので、その広がりを予想し、心躍らせながら愉しむことが出来る。また、捕食という主題に着目した『DEVOUR DINNER』、オカルト好きなら題名でニヤリとする『Adamski』のように、より明確な意識を持って描かれた作品にはまた別の関心を惹かれるはずだ。とりわけ前者は、奇想天外な造物たちの命の営みが最後に辿り着く光景に、ちょっと批判精神らしきものを垣間見ることも出来よう。
音楽との巧みな調和もこの作品群の魅力だ。クラシックからジャズ風、テクノサウンド、と採り上げた楽曲も多彩だが、いずれも映像の面白さをより膨らませている。とりわけ『TATAMP』は、音ごとに動くキャラクターを設定することにより、映像的な愉しさばかりでなく、音楽の愉しさまでかたちにしてしまっているのが秀逸だ。他の作品もその可能性はあるが、この1本は特に、年齢を問わずに愉しめる魅力に満ちあふれているように感じる。
そして、こうした作品群のあとに置かれた最新作『WONDER』が圧巻だ。ここまでに提示した趣向、方法論を凝縮し、それらが宴を催しているかのような絢爛たる映像が、14人の大人数ユニット・パスカルズの音楽を得て、さながらパレードを繰り広げる。終わりを考えず、1日1秒ずつ完成させる、という手法で製作されたため、当初は“WANDER(放浪)”と名付けるつもりが、スペルを間違ったためにこのタイトルになったそうだが、結果として一連の作品群の魅力を象徴した感があり、本当に偶然ならば神の采配とさえ言いたくなる。
抽象アニメーション、というと晦渋で敷居の高いもの、と早合点して敬遠してしまいそうだが、しかし本篇にそんな難しさはない――もちろん、深く解釈することも楽しみ方のひとつだろうが、もっと肩の力を抜いて向き合って構わない、と思う。明快なストーリーがある作品とも、観客を迷宮に誘い込むかのような意地の悪さをたたえた作品とも異なる、しばらくほったらかしにしていた感性を刺激されるかのような愉しさに満ちあふれた作品である。敬意を籠めて、良質のエンタテインメント、と呼びたい。
関連作品:
『ライアン・ラーキン 路上に咲いたアニメーション』/『オテサーネク』/『こまねこのクリスマス 〜迷子になったプレゼント〜』
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