『アメイジング・スパイダーマン2(3D・字幕・TCX・ATMOS)』

TOHOシネマズ日本橋が入っているコレド室町2入口に掲示されたポスター。

原題:“The Amazing Spider-Man 2” / 原作:スタン・リー、スティーヴ・ディッコ / 監督:マーク・ウェブ / 原案:アレックス・カーツマンロベルト・オーチー、ジェフ・ピンクナー、ジェームズ・ヴァンダービルト / 脚本:アレックス・カーツマンロベルト・オーチー、ジェフ・ピンクナー / 製作:アヴィ・アラド、マット・トルマック / 製作総指揮:E・ベネット・ウォルシュ、スタン・リー、アレックス・カーツマンロベルト・オーチー / 撮影監督:ダニエル・ミンデル / プロダクション・デザイナー:マーク・フリードバーグ / 編集:ピエトロ・スカリア / 衣装:デボラ・リン・スコット / キャスティング:キャスリーン・チョピン / 音楽:ハンス・ジマー&マグニフィセント・シックス / 音楽監修:ランドール・ポスター / 出演:アンドリュー・ガーフィールドエマ・ストーンジェイミー・フォックスデイン・デハーンキャンベル・スコットエンベス・デイヴィッツ、コルム・フィオーレ、ポール・ジアマッティサリー・フィールド / 配給:Sony Pictures Entertainment

2014年アメリカ作品 / 上映時間:2時間23分 / 日本語字幕:菊地浩司

2014年4月25日日本公開

公式サイト : http://www.amazing-spiderman.jp/

TOHOシネマズ日本橋にて初見(2014/05/01)



[粗筋]

 ピーター・パーカー(アンドリュー・ガーフィールド)は高校を卒業した。恋人グウェン・ステイシー(エマ・ストーン)との仲は順調、“スパイダーマン”も世間にすっかり受け入れられ、順風満帆の生活が待っている、かに思われた。

 だが、グウェンから彼女の家族との食事に招かれたピーターは、二の足を踏んでしまう。彼の脳裏には、以前の騒動で助けられなかったグウェンの父(デニス・リアリー)の記憶が鮮明に刻まれていた――死の直前、「グウェンには近づかないでくれ」と懇願されたのに逆らい、彼女と交際を続けているだけでも罪悪感を覚えているのに、家族と食卓を囲んでいいのだろうか? いつまでも躊躇するピーターに、グウェンは「別れてあげる」と言い放った。

 同じ頃、ピーターにとって因縁深いオズコープ社内部で事件が起きていた。創業者のノーマン・オズボーン(クリス・クーパー)が死に、ひとり息子のハリー(デイン・デハーン)が後継者となった。だが、ハリーは死の床にいる父から、オズボーン家が抱える業病を知らされ、放置すれば自分もまた父のあとを追う運命であることを悟り、自暴自棄に陥っていた。経営に対してさほど関心のないように映る後継者の登場に、ドナルド・メンケン(コルム・フィオーレ)ら幹部は不快感を隠さない。

 しかもそんな矢先に、社内で事故が発生した。生物発電を研究するラボで、電気技師のマックス・ディロン(ジェイミー・フォックス)が電気鰻を飼育する水槽に転落、感電死してしまう。先の事件で世間からの批難を浴びるなか発生した不祥事を、幹部たちはハリーにも説明することなく隠蔽を図る。

 だが、屍体安置所まで運ばれたマックスは、ベッドの中で覚醒した。ふらふらと出ていったマックスは、やがて自分の身に起きた異変に気づく。彼は、周辺にある電気機器に影響を与える、特殊な体質となっていたのだ。欲求に促されるまま、タイムズスクエアの地中に敷設された電線を掴んでいたマックスは警官に見咎められる。マックスの抵抗は、彼自身の想像を超える影響を及ぼし、間もなくスパイダーマンが駆けつけた。

 実は2度目となるこの邂逅は、だがマックスを“社会の敵”に変えてしまう――

[感想]

 サム・ライミ版終了から間もなく発表され、わずか5年で開始したリブート版“スパイダーマン”第2作である。

 前作はさながら、サム・ライミ版3部作のテーマを1作でほぼ圧縮してしまったかのような構成になっていた。そこで総括を済ませたから、とも言えようが、本篇は旧シリーズとは違った展開を見せている。

 ただ、まるっきり同じ趣向で進めていないのは、リブート第1作・第2作の登場人物と旧作を比較すれば一目瞭然だ。恋人はMJからグウェンに変わり、最初の敵役はリザードが起用された。そして、旧シリーズでは通して登場し続けたグリーン・ゴブリンは、リブート版ではこの第2作で初めて姿を現す。そして、グリーン・ゴブリンの立ち位置については、旧シリーズとかなり変化している――詳しくは本篇をご覧いただきたいが、旧シリーズに馴染んでいると、違いの大きさに驚くはずだ。

 そうして、旧作ではひたすらにスパイダーマン=ピーター・パーカーのヒーローとしての意志と、普通の青年としての暮らしにどう折り合いをつけるか、ということに焦点を絞った話作りをしていたが、旧作でのそうしたプロセスを第1作であらかた辿ったあとの本篇は、どちらかといえばヴィラン(悪役)の出自に対して多く筆を割いている印象だ。

 本篇で描かれる、マックス・ディロン=エレクトロ誕生の経緯には、独善的な性質が垣間見えるものの、同情を誘う一面もある。友人はなく職場でも軽視されていた彼にとって、唯一の拠り処はスパイディからかけられたひと言だった。だが、何も知らないままに特殊な能力を身に付けた彼に対する世間の待遇は、決して望んだ通りではなく、友人と考えていたスパイディも彼にとっては敵でしかない、と認識するようになる。その思考は閉じてしまっているが、だが決して不自然なものではない。グリーン・ゴブリンにしても、その出自にはごく有り体の人間の悩みがつきまとっており、結果としての行動は独善的でも、同情の余地はある。

 特にエレクトロに顕著だが、その誕生の経緯は、一歩間違えばヒーロー誕生の布石となった可能性も秘めたものだった。仮に、エレクトロが初めて人前に登場したくだりで、誰かを助ける成り行きがあったとしたら、性質はまるで違ったものになっただろう。本篇にも出演するデイン・デハーンが認知されるきっかけになった『クロニクル』がまさにそういう“ヒーローになれなかった能力者”を扱った話、という捉え方が出来たが、本篇はその文脈を、ヒーローものの中に埋め込むことで、対比させる構図で描き出した作品と言えよう。

 ただ、そう捉えると、もっとエレクトロとの意識面での確執を描いて欲しかった、とかグリーン・ゴブリンとふた組登場する悪役の扱いについてもうちょっと慎重であって欲しかった、という嫌味はある。今回、ピーター・パーカー自身はかなり後半まで、ヒーローとしてのあり方よりもグウェンとの距離感に悩んでいた節があり、個人としてハリーに接触したりしながらも、エレクトロやグリーン・ゴブリンによって“スパイダーマン”としての存在意義を自らに問い直す、といった展開はなく、ヒーローとしては大した迷いを見せていないのが物足りなく思える――その分、終盤ではかなり強烈な出来事が待ち構えているが、敵たちの関係性や事件の内容を整頓すれば、より衝撃は増したように思う。

 だが、前作同様に、アメコミ・ヒーローがハリウッドの主流として定着するきっかけを作った伝説的なシリーズのリブート、という重責に向き合い、その中でエンタテインメントとして、青春ドラマの系譜を辿るヒーローものとして求められる趣向を可能な限り詰めこんだ、堂々たる大作に仕上がっているのは間違いない。

 こと本篇は、前作で完成されたスパイダーマンのアクションを背後から追うカメラワークで、現実ではあり得ない映像を体感させたり、エレクトロとの戦いではアクションに音楽を仕込む、というユニークな趣向まで施し、新たな見せ方も試みている。アクションは実写のほうがいい、という意見は未だ根強いが、だからこそ本篇のように、実写で再現困難なものを、技術の粋を尽くして乱した映像の醍醐味が味わえるのも、作品の魅力として評価されるべきだろう。

 もともとシリーズ化を打ち出して始まったリブートであり、本篇も事件は一段落させつつも、結末には既に次のエピソードへの含みを持たせている。本篇を観る限り、次への期待は充分に持たせてくれる、良質の仕上がりであった――それどころか、アメコミ映画に親しんだ者にとっては、更なる展開を期待させるようなオマケまで添えている。あちらについては、どこまで本気なのかはまだ半信半疑、というところだが、そういう罪作りなプラスαも悪くはない。

関連作品:

アメイジング・スパイダーマン』/『(500)日のサマー

スパイダーマン』/『スパイダーマン2』/『スパイダーマン3

トランスフォーマー/リベンジ』/『カウボーイ&エイリアン

クロニクル』/『ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜』/『ジャンゴ 繋がれざる者』/『マイティ・ソー』/『ウォルト・ディズニーの約束』/『リンカーン』/『8月の家族たち』/『リカウント

X-MEN:ファースト・ジェネレーション』/『アベンジャーズ』/『シュガー・ラッシュ』/『キャリー』/『キック・アス ジャスティス・フォーエバー

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