原題:“Ascenseur pour L’echafaud” / 原作:ノエル・カレフ / 監督:ルイ・マル / 脚本:ルイ・マル、ロジエ・ミニエ / 台詞:ロジエ・ミニエ / 製作:イレーネ・ルリシュ / 撮影監督:アンリ・ドカエ / 美術:リノ・モンテリニ、ジャン・マンダルー / 編集:リオニダ・アザール / テクニカルアドヴァイザー:ジャン=ポール・サッシー / 音楽:マイルス・デイヴィス / 出演:モーリス・ロネ、ジョルジュ・ブージュリー、ヨリ・ベルタン、ジャンヌ・モロー、ジャン・ヴァール、イワン・ペトロヴィッチ、フェリックス・マルタン、ユペール・デシャン、ジャック・イリンク、エルガ・アンデルセン、シルヴィアーヌ・アイゼンシュタイン、リノ・ヴァンチュラ / 初公開時配給:映配 / 映像ソフト発売元:紀伊國屋書店,KADOKAWA
1957年フランス作品 / 上映時間:1時間32分 / 日本語字幕:塩谷真介
1958年9月26日日本公開
第三回新・午前十時の映画祭(2015/04/〜2016/03/開催)上映作品
2012年11月22日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2016/01/25)
[粗筋]
ジュリアン・タベルニエ(モーリス・ロネ)はフロランス(ジャンヌ・モロー)との電話を切ると、秘書に邪魔をしないよう伝えると、執務室に籠もる振りをして、ベランダから階上の社長室へと赴いた。ジュリアンの雇い人にして、フロランスの夫であるカララ(ジャン・ヴァール)を殺害すると、何事もなかったかのように執務室に戻り、正面から外に出た。
あとはフロランスと落ち合うだけ――のはずだったが、駐めた車から犯行現場を見上げたとき、ジュリアンは致命的なミスに気づく。ベランダからよじ登るときに使用したフックが、柵にかかったままになっていたのだ。
慌ててビルに戻ったジュリアンだが、そこで思いがけない事態に巻き込まれる。既に社内は警備員が残るのみで、退出するところだった警備員は、まさかジュリアンがエレベーターに乗っているとは気づかず、ビルの主電源を切ってしまう。
突然の停電に動揺するが、よりによってエレベーターは階の中間に留まり、扉を開けても這い出る隙間さえない。フロランスとの約束の時間が過ぎても、脱出の見込みは立たなかった。
ジュリアンが密室で格闘しているあいだ、外では更に想定外の事態が進行していた。ジュリアンが置きっ放しにした車を、会社の前の花屋で働くベロニク(ヨリ・ベルタン)の恋人ルイ(ジョルジュ・ブージュリー)が盗んだのである。高速道路で、ドイツ車と競い合って走っているうちに、郊外のモーテルに着いたふたりはそこで宿泊し――そして、もうひとつの事件が起きた……
[感想]
映画自体著名だが、映画抜きでも知られているのが、マイルス・デイヴィスの手懸けたサウンドトラックである。画面を見ながら即興で演奏した、という楽曲は作品の空気に馴染みながらもさすがのレベルの高さで、画面や台詞を真剣に追わずとも、音楽だけ聴いていても1時間半は満喫できるはずだ。
しかし、この音楽を含め、映画としてのクオリティも極めて高い。
のっけから電話で計画についての確認を行い、愛の言葉を交わすタベルニエとフロランスのアップとを交互に見せる、かなり大胆な表現を仕掛けてきた、と思うと、物語はすぐに犯罪の実行へと移る。冒頭の洒落た演出とは裏腹に、この緊張感に満ちたタッチで描かれる計画にはほとんど無駄がない。推理小説、ミステリ映画に慣れている者なら、手順がきちんと練られていることに唸るような場面だ。
だが、ここから物語はおよそ王道のミステリとは違う、予想困難な展開を辿っていく。主犯格は閉じ込められ、彼の帰還を待ちわびていた女はパリの街を彷徨する。そして、タベルニエが置き去りにしていた高級車を、無鉄砲な若い男が盗み、恋人が一緒に乗ったことによって事態は予想外の方向へと転がっていくのだ。
今となっては、その成り行きを想像することもそれほど難しくない、とは言い条、エレベーターの中のタベルニエと、パリの街のフロランス、郊外へと向かっていったルイとベロニクの3つの視点を交互に綴っていく語り口は極めてスリリングで、予測をさせつつも着地点を確信させない。密室であるはずのエレベーターでもピンチは繰り返し、若い恋人たちは奔放な振る舞いで観る者を不安にさせる。それぞれは決して特異な行動をしていないのに、絡み合うことで醸成される緊張感が絶品だ。
そのスリルを、マイルス・デイヴィスの際立った演奏と、スタイリッシュな映像とが彩る。エレベーターから脱出しようとするタベルニエや、高速を走る恋人たちの姿も充分に絵になっているが、特に印象に残るのはフロランスだ。夫を殺して彼女のもとに戻るはずの恋人を探し、疑心暗鬼になりながら街を彷徨う姿を、ナレーションも込みで描写している。いささか情緒的に過ぎ、サスペンスに奉仕していないようにも思えるが、当事者となるふた組には捉えられない変化を確かに見届けており、決して無意味ではない。
しかも、まるでアドリブのように変転する物語にきちんと伏線が設けられており、それを回収するためにフロランスの視点が重要なのだ。純粋に物語に浸っていても感心するが、作り手の目線で眺めていてもこのくだりには唸らせられる。フロランスの視点は最後まで感傷的だが、それもこの鮮やかな結末には似つかわしい。
ルイの行動原理に、第二次世界大戦の影響がちらほらと窺えたり、モノクロで表現されていることが画面を引き締めていることなど、当時の時代背景ゆえの作りが本篇に得がたい味わいを与えている。この時代の匂いも封じ込めることで完成された名作と言えるだろう。
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