原題:“The Imitation Game” / 原作:アンドリュー・ホッジス / 監督:モルテン・ティルドゥム / 脚本&製作総指揮:グレアム・ムーア / 製作:テディ・シュワルツマン、ノーラ・グロスマン、イド・オストロウスキー / 共同製作:ピーター・へスロップ / 撮影監督:オスカル・ファウラ / プロダクション・デザイナー:マリア・シャーコヴィク / 編集:ウィリアム・ゴールデンバーグ / 衣装:サミー・シェルドン / キャスティング:ニナ・ゴールド / 音楽:アレクサンドル・デスプラ / 出演:ベネディクト・カンバーバッチ、キーラ・ナイトレイ、マシュー・グード、ロリー・キニア、チャールズ・ダンス、マーク・ストロング、アレン・リーチ、マシュー・ビアード、ジェームズ・ノースコート、トム・グッドマン=ヒル / ブラック・ベアー・ピクチャーズ/ブリストル・オートモーティヴ製作 / 配給&映像ソフト発売元:GAGA
2014年イギリス、アメリカ合作 / 上映時間:1時間55分 / 日本語字幕:松浦美奈 / PG12
第87回アカデミー賞脚色部門受賞(作品・監督・主演男優・助演女優・美術・編集・音楽部門候補)作品
2015年3月13日日本公開
2015年10月2日映像ソフト日本盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
公式サイト : http://imitationgame.gaga.ne.jp/
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2015/04/22)
[粗筋]
1951年、近所の家に侵入者があった、という通報により、警察がその住宅を訪ねた。しかし住人のアラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)という男は、何も盗まれていない、と言い、警官をすぐに追い返してしまう。いちおう素直に従ったが、担当の刑事ロバート・ノック(ロリー・キニア)はその態度に、何らかの犯罪に関わっている可能性を嗅ぎ取り、チューリングを独断で拘束する。
だが、このチューリングという男、極めて謎が多かった。数学者で何らかの機械を開発している、というが、以前は海軍に所属しており、しかもその際の軍歴を参照することが簡単に認められない。いよいよ何かを隠している、と感じたノック刑事は、チューリングを問い詰める。
チューリングが海軍に所属したのは1939年、イギリスがドイツに対して宣戦布告をした頃であった。ブレッチリー・パークで担当した彼の任務は、ドイツ軍の暗号装置エニグマの解読である――連日コードを変更し、その都度無限の組み合わせから暗号を特定して解読しなければ、イギリス軍は多くの犠牲を出すことになる。
アラステア・デニストン中佐(チャールズ・ダンス)のもと集められたチームは、ヒュー・アレグザンダー(マシュー・グード)をリーダーに、日々暗号を特定するための作業に邁進していたが、チューリングだけはひとり、装置作りに没頭していた。チューリングは、装置であるエニグマの処理能力を凌駕するためにはやはり装置が必要だ、と提唱し、資金の調達を願い出る。10万ポンドという高額の要求をデニストン中佐は却下し、チューリングにアレクザンダーの指示に従うよう忠告するが、チューリングはデニストン中佐の“上司”であるウィンストン・チャーチル首相に直接訴えの手紙を送り、あろうことか承認されてしまう。チームの指揮権も委ねられたチューリングは、メンバーからふたりを解雇すると、難解なクロスワード・パズルを使った求人広告を新聞に載せ、人材を集める。
選出されたのはふたり、そのうちひとりはジョーン・クラーク(キーラ・ナイトレイ)という女性だった。採用こそされたものの、家族の反対に遭ったジョーンだが、チューリング自身も規定時間内に回答出来ない最終試験で唯一条件をクリアしたジョーンの素質を見込んで、チューリングは自ら家族の説得に赴いて彼女をチームに招き入れた。
斯くして、チューリングはエニグマ攻略に必要な環境を準備する。しかし、のちにすべてのコンピュータの原点とも言われる暗号解読装置の完成までには、まだ無数の困難が彼を待ち受けていた……。
[感想]
本篇の主人公アラン・チューリングは実在の人物であり、作中の出来事も多くは事実に沿っている。だが、まさに作中で描かれたのと同じ理由で長年にわたって伏せられてきた。任務終了後のコンピューターの研究により、その名は記憶されていたものの、1970年代になってエニグマ解読の経緯が公となるまで、その功績が本当の意味では正しく評価されていなかった人物だった。
そうした謎めいた半生を、本篇はチューリングがある理由から告発されるに至る流れを借り、捜査に携わった刑事が一連の事実に接する、という構造によってミステリ的に綴っている。チューリングの後半生はそれ自体が極めてドラマティックと言えるが、しかし本篇はこの構成を選んだことで、彼が備えていたミステリアスな側面をも観客に体感させることに成功している。もし単純に、事実だけを辿る構成にしていたなら、もうちょっと退屈な内容になっていたかも知れない。
この魅力的な事実の半生を描く上で、主人公にベネディクト・カンバーバッチを配したのがまた絶妙だ。シャーロック・ホームズのキャラクターと世界観を現代に移植する、というアイディアで始まり、2016年現在、シーズン4の放映まで決定している人気作『SHERLOCK』のタイトルロールでブレイクした俳優だが、その存在感の豊かさと演技力の確かさは前々からイギリスにおいて定評があったようだ。本篇でも、そのどこか人間離れした風貌が醸し出す超然とした存在感を武器に、他者とはなかなか相容れない天才の苦悩と悲劇とに充分な説得力をもたらしている。
それにしても、このアラン・チューリングという人物の辿った半生はあまりに奇妙で、惨い。そういう時代だったから、と言ってしまうのは簡単だが、時代の抱えていた残酷と無知とをひとり押しつけられる宿命を担わされた、と言える。これほどの功績を残したチューリングが、どうして侵入事件があったときでさえ隠遁者のように暮らしていたのか、そしてその後、どうして歴史の闇に消えることとなったのか、を大きな謎として本篇は捉え、さながら謎解き映画のように綴られる。そしてその真相はまた、哀れで痛々しく、しかし同時に清々しくさえある。
この物語の興味深いのは、ほぼほぼ限定された舞台で繰り広げられ、血腥いやり取りなど描かれないにも拘わらず明らかに“戦争映画”の側面も備えており、他方でラヴ・ストーリーのような構造も隠していたり、と実に多様な見方が出来ることだ。これもまた、アラン・チューリングという人物の半生そのものがそれだけ多くの要素を含んでいたが故だが、ミステリを意識した語り口のお陰で、その多彩さがより鮮明になっている。
アラン・チューリングという人物の名前や大まかな功績を知っていて、その詳細について関心を持っている人には純粋にバイオグラフィとして興味深い内容だが、チューリングについて一切知らなかったとしても、時代の闇を背負った、ある意味で早過ぎる――そしてある意味では適切な時代に生まれてしまった悲運な天才のドラマとしても、或いはその謎めいた人生の背景に触れるミステリとしても楽しめる、エンタテインメント的な喜びと文芸的な奥行きとを兼ね備えた傑作である。
関連作品:
『つぐない』/『戦火の馬』/『それでも夜は明ける』/『アンナ・カレーニナ』/『イノセント・ガーデン』/『アンダーワールド 覚醒』/『ゼロ・ダーク・サーティ』/『記憶探偵と鍵のかかった少女』/『17歳の肖像』
『戦場のピアニスト』/『ビューティフル・マインド』/『英国王のスピーチ』
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