怪し会八雲 於 松江洞光寺。

 こっちが本題、ではあるのですが、上記の出来事が私には濃すぎたため、内容的にはどーしても軽く見えてしまうであろうこと、予めお断りいたします。どうしようもなかったの、こればっかりは。

 午前中は登山もどきをしていなくとも汗ばむくらいだったのに、夕方くらいから次第に空模様が怪しくなり、現地に着いた頃には本降りになってしまいました。少しだけ早めに開場して通してくださいましたが、もーちょっと速くても良かったと思うの……。

 東京での怪し会は、密蔵院の住職による法話で幕を開けますが、洞光寺でもやはり住職が、ちょこっとだけ話をされたあと、簡単な坐禅を行われました。如何せん、幕開けまでの時間稼ぎみたいなものなので、本式でないのは致し方のないところです。しかし、時間の短さよりも、住職が3分を計測するのにスマホを駆使していたのにちょっとビックリ。いや、開場したときから、なんかスマホ片手に話をしているのが見えてましたけど。お務めにも使うのかあれ。

 何はともあれ、いよいよ本番です。照明が消され、本堂が闇に落ちると、舞台袖代わりに設けられた奥のスペースから、燭台を提げた茶風林氏が登場……個人的には、2年振りにこのステージで拝見したお姿です。まさか、2年連続で、上演期間中唯一座長が参加しない回しか取れない事態に陥る、なんて思わないもんなあ……。

 続いて登場した本日の出演者は合計6名。レギュラーの鶴岡聡、肘岡拓朗、伊藤美紀に、小笠原早紀と北川里奈、という面々です。東京だとこれ以外に、その他の人物や舞台効果的な発声を行う演者が加わってもっと多くなるのですが、如何せん人を集めるには遠すぎるのでしょう、この少数精鋭での上演です。

 今年から“八雲”を松江での上演における固有のタイトルに設定したことからも察せられる通り、演目は基本的に小泉八雲が再話したものを中心としています、が、冒頭だけは、小泉八雲の遙かなる後継者とも言うべき木原浩勝氏の著作から選ばれている。作品は、『指の輪』。殻に閉じこもっていた中学生の姉が、ある時期を境にやたらと友達を家に招くようになった、という日常の謎から始まるエピソード。思春期にはありがちな軽挙をある人物が諫める、木原作品としては幾分珍しい類の内容なのですが、こういうかたちでドラマ仕立ての朗読劇にまとめるには相応しい題材だったようです。クライマックスのあれ、実物をヴィジュアル化するのは難しいでしょうから、むしろ会話のみで展開した方が理に適っている。

 続く2本目は“牡丹灯籠”。怪談落語の著名な演目ですが、小泉八雲も感心を持っていたそうで、これを現代の隠岐を舞台にした物語に大胆なアレンジを施しての上演です。

 昨年の“耳なし芳一”以上にかなり冒険的な脚色でしたが、これもなかなか面白い。ふたりのゲスト女性声優による華やかだけど妖しい演技もさることながら、鶴岡聡氏演じる主人公の痛々しさがやたらと印象的でした。

 ここで休憩時間へ。ここ数年、東京での怪し会は、上演する本堂での飲食が禁じられているようで、お清め場まで移動したうえで酒肴を嗜むのがお決まりになっていましたが、こちらの本堂は問題ないようで、座っているところへつまみとお酒が運ばれてきました。如何せん、正座したり低めの椅を用いているところに提供するため、竹を割った容器にちょこちょこと酒肴が盛られているだけでしたが、まあ、お酒を味わうにはこのくらいでちょうどいい。

 休憩といえ、この幕間には座長が登場して、今回のお酒の蔵元を紹介したり、抽選会を催すのもまた東京と変わらぬ恒例イベントなのです。キュアハニーこと北川里奈氏も壇上に招いて、最終的にスタッフから巻きが入るほど話しまくる座長なのでありました。

 いよいよ後半です。都合3つめとなる演目は“はかりごと”。罪人に対する裁きが恣意的だった時代の話で、恨みを口にする罪人に対する処刑人の機転を描いた話。八雲の作品は、それ自体が既に100年以上前のものなのですが、地元の口碑伝承を再話しているためにだいたいが江戸期以前の出来事、そのなかでも本篇は法律が整備されていく以前、ということなので非常に古い。重要な役を2代目波平に就任した茶風林氏ならではの貫禄で演じているせいもあって、やたらと重厚な時代の空気を感じさせる話でした。落語めいた決着も印象的。

 最後は、小泉八雲の作品でも特に著名な“雪女”――恐らくこれがあるから、前日の松江怪談談義でも言及していたのでしょう。こちらは時代背景を原作に準じたものにしながら、終盤、10人もの子宝に恵まれながらも雪女が夫のもとを去った際の心情に新しい解釈を添えて、情感を新たにしています。その解釈もなかなかに頷けるのですが、鶴岡聡氏が演じる夫の人物像がなんとなく“牡丹灯籠”で同氏が演じた主人公と重なるものがあって、感動の中に妙なおかしみもありました。

 以上、4つの演目で終了。八雲メイン、しかも怖さよりも情感を重視した脚色を施していたために、個人的にはもうちょっとゾワッとする瞬間が欲しかったのですが、質は高かった。人数を絞り込んでいるがゆえなのか、東京での公演よりも色々な部分で引き締まっているような印象もありました。

 上演終了後、玄関付近で茶風林氏が枡にサインを入れてお酒付きで販売してくださっていたので、当然のように購入。更に、駄目元でご住職に御朱印をお願いしたところ、準備のうえ明日いただける、というお返事。御朱印帳をお預けして、会場をあとにしました。

 開場直前から降り始めていた雨は、この頃には本格的な降りになっていて、夕食を探したりしているうちにほとんどずぶ濡れになってホテルに辿り着くのでした……22時をまわると開いている店が少ないのは仕方ないけど、せめてホテルに併設されているコンビニにくらいはもーちょっと多彩な食糧を用意しておいて欲しかった。なんでここまで来て私はどん兵衛のだしカレー味を食べているのか。嫌いじゃないけど。嫌いではないけど!

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