原作:小松重男(光文社文庫・刊) / 監督&脚本:鶴橋康夫 / 製作:市川南 / 撮影:江崎朋生 / 照明:郄屋齊 / 美術:近藤成之 / 衣装デザイン:小川久美子 / 編集:山田宏司 / 録音:白取貢 / 音楽:羽岡佳 / 出演:阿部寛、寺島しのぶ、豊川悦司、斎藤工、前田敦子、風間杜夫、大竹しのぶ、伊武雅刀、六平直政、山中聡、三浦貴大、松重豊、笑福亭鶴光、ジミー大西、オール阪神、飛鳥凛、雛形あきこ、樋井明日香、山村紅葉、桂文枝 / 制作プロダクション:ROBOT / 配給:東宝
2018年日本作品 / 上映時間:1時間50分 / R15+
2018年5月18日日本公開
公式サイト : http://nomitori.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2018/05/18)
[粗筋]
徳川十代・家治の時代。開国派である田沼意次の施政により、経済が発展する一方、汚職も蔓延るようになっていたこの頃、長岡藩の江戸屋敷で事件は起きた。
藩主牧野備前守忠精(松重豊)が家臣を前に自作の歌を詠み上げていたとき、勘定方書き役の小林寛之進(阿部寛)があることに気づき、安易に指摘してしまう。だが、それが備前守の逆鱗に触れてしまった。
「明朝より“猫の蚤取り”となって無様に暮らせ!」
その捨て科白と共に、寛之進は江戸屋敷を逐われてしまう。
しかしこの寛之進、ひどく生真面目で、武士の世界しか知らない。それが何を意味するのかも知らず、“猫の蚤取り”の看板を掲げた商家の門を叩いてしまった。
猫の蚤取りの元締めである甚兵衛(風間杜夫)は、唐突に現れた蚤取り志願の侍に困惑し、そして勝手に早合点した。即ち、寛之進は上様の命により、仇討ちの相手を探すために蚤取りを装おうとしている、と解釈したのである。
協力的になった甚兵衛により仮の住まいも手配してもらい、どうやら腰を落ち着けた寛之進だったが、翌る日になって寛之進は初めて“猫の蚤取り”がどういう生業であるのかを知る。
猫の蚤取りとは、文字通り飼い猫の蚤を取る一方、客の要求に応じ、女性達を悦ばせる、裏稼業だったのだ……。
[感想]
この頃、“猫の蚤取り”という商売自体は実在したようだ。しかし、彼らがその裏で女性の快楽に奉仕する仕事もしていた、という具体的な記録はないらしい。
つまりは恐らく原作者・小松重男が想像を膨らませて生み出した職業なのだが、本篇で描かれるその仕事ぶりには妙なリアリティがある。劇中に登場する歴史的人物の動向は必ずしも史実に沿っていないが、可能な範囲でこの当時の出来事、時代的背景を物語に反映させ、虚構の設定に説得力を加えている。
しかしこの作品の設定や物語に何よりも説得力をもたらしているのは、主要登場人物たちの見事な肉付けだ。歴史的に実在しないが故に、予備知識を仕入れていない観客にとっても謎の“猫の蚤取り”という商売について説明するために、世事に疎い小林寛之進というキャラクターを用意した。ただ俗事に暗いばかりでなく、過剰なほどに生真面目なので、殿のご命令ならば、と世間的には日陰者の仕事にも粛々と臨む。こういう人物像であってこそ、この物語は成立しているのだ。
中盤において鍵を握るのは、豊川悦司演じる大宮清兵衛という人物だが、これがまた振るっている。粗筋では触れなかったが、この男が寛之進と出会い、自らの境遇を語るくだりは本篇のハイライトのひとつと言っていい。このくだりに限って言えば、本篇は清兵衛こそが主役も同然だ。
他の登場人物たちもまた、いずれも妙に存在感が際立っている。奔放な言動で寛之進を振り回す主君・備前守を筆頭に、蚤取り屋の元締めで、早合点から寛之進のよき協力者となる甚兵衛とその妻お鈴(大竹しのぶ)、江戸屋敷を逐われた寛之進の隣人で食い詰め者ながら長屋の子供たちに無償で学問を教える佐伯友之介(斎藤工)――いずれも個性が明瞭で解り易い。解り易いからこそ、それぞれが関わり合ったくだりでの軽妙なやり取りが楽しいのだ。
考証や設定がしっかりしているのも重要だが、本篇はいずれのキャラクターについても俳優の好演ぶりが光っている。
阿部寛演じる主人公は、同じ阿部が主演した『テルマエ・ロマエ』の主人公ともどこか共通する雰囲気があり、そういう意味でも非常に安定感のある芝居ぶりだ。堅物ゆえに女性あしらいにも不慣れであったものが、清兵衛の薫陶を経て一気に開眼していくさまを、色っぽくも清潔感のある、適切な匙加減で表現している。
他方、一歩間違えればただのイヤらしい女好きになりかねない清兵衛を、哲学さえ感じる“伊達男”のように演じた豊川悦司がまた素晴らしい。前述のように、中盤はほぼ主役とさえ言える清兵衛だが、のっけからやたらと生々しい描写が出てくるというのに、こちらも不潔さや過剰な卑猥さはない。一歩間違えれば、ただただ苛立たしいだけになりそうな設定なのだが、清々しく気っ風のいい振る舞いで、憎めない遊び人像を見事に体現している。
蚤取りの元締め、という聞いたこともない役柄に説得力を持たせた風間杜夫と大竹しのぶ、奔放な言動で寛之進を振り回しながらもどこか憎めない主君をクセいっぱいで演じた松重豊も印象的だ。
また、本篇はそうした、いい仕事をしている俳優たちを実に魅力的に見せている。特に阿部寛と豊川悦司は役柄的に褌一丁の場面もあるのだが、鍛えられた肉体を程よく滑稽に、しかし充分な色気を汲み取り切り取っている。当初、監督が予告篇に使いたがった、という中盤でのイメージショットなどは屈指の名場面と言っていい。
と、非常に魅力の多い本篇なのだが、個人的には、シナリオの組み立てについては、残念ながらあまり評価出来ない。重要な物事が、事態が動く直前になって思いだしたように提示される、という流れがあまりに多すぎるのである。ひとつふたつならアクセントとして有効だが、本篇のようにそればかりだと、悪い意味で“御都合主義”の印象を強めてしまう。寛之進が上にもその存在を知られる剣の名手であることや、清兵衛の終盤の言動についてなど、どう考えても伏線を用意しておいた方が、驚きや感動を演出出来たと思うのだが。何より、クライマックスである人物に訪れる“変節”は、それこそ心理的な伏線がないので、完全にとってつけたように見えてしまっている。
とはいえ、そのアイディア、着眼点は素晴らしい。とりわけ評価したいのは、世間から弾かれた者たちに暖かな眼差しを向けたことと、“女性にも性欲はある”というごく当たり前のことを、肯定的に描いている点である。
“蚤取り”がこんな稼業であったかどうか、は定かではないが、一般的な時代劇で描かれているよりも、昔は性的に奔放な一面はあったと言われている。本篇がそれを実態の通りに描写している、とは言えないものの、一般の観客に向けた映画の中で、より自然な民衆の姿を描き出そうとしたことで、時代劇というものの可能性を広げているように思う。
……と、長ったらしく記したが、確実に言えるのは、笑いや色気が程よくミックスされた、優秀な娯楽映画である、ということだ。物語の結構がいささか歪であるのも、この際ご愛敬、である。
関連作品:
『TRICK 劇場版 ラストステージ』/『テルマエ・ロマエII』/『必死剣鳥刺し』/『春を背負って』/『ハッピーフライト』/『キャタピラー』/『シン・ゴジラ』/『伝染歌』
『助太刀屋助六』/『たそがれ清兵衛』/『武士の家計簿』/『許されざる者(2013)』/『超高速!参勤交代』
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