『のんのんびより ばけーしょん』

TOHOシネマズ上野、スクリーン5入口に掲示されたチラシ。

原作:あっと(KADOKAWA・刊) / 監督:川面真也 / 脚本:吉田玲子 / キャラクターデザイン:大塚舞 / 色彩設計重富英里 / 美術監督:赤坂杏奈 / 美術:草薙 / 3D監督:濱村敏郎(ワイヤード) / 撮影監督:佐藤敦(スタジオシャムロック) / 編集:垣根健太郎(REAL-T) / 音響監督:亀山俊樹(grooove) / 音楽:水谷広実(Team-MAX) / 音楽制作:ランティス / オープニングテーマ:nano.RIPE『あおのらくがき』 / エンディングテーマ:宮内れんげ、一条蛍、越谷夏海、越谷小鞠『おもいで』 / 声の出演:小岩井ことり村川梨衣佐倉綾音阿澄佳奈名塚佳織佐藤利奈福圓美里新谷良子下地紫野 / アニメーション制作:SILVER LINK. / 配給:角川ANIMATION

2018年日本作品 / 上映時間:1時間11分

2018年8月25日日本公開

公式サイト : http://nonnontv.com/

TOHOシネマズ上野にて初見(2018/08/28)



[粗筋]

 旭丘分校の夏休みももうじき終わり。集まったはいいものの、何をするか思いつかなかった宮内れんげ(小岩井ことり)、一条蛍(村川梨衣)、越谷夏海(佐倉綾音)、越谷小鞠(阿澄佳奈)の4人は、たまたま買い出しに出かけるところだった越谷一穂(名塚佳織)と加賀山楓(佐藤利奈)の自動車に遭遇し、一緒にデパートに連れて行ってもらうことに。

 折しもデパートでは福引き大会の真っ最中。チケットは僅かだったが、途中で加わった越谷卓(?)が見事特等を引き当ててしまった。景品は、沖縄旅行3泊4日4名様。

 親の計らいでお隣の富士宮このみ(新谷良子)が、それにれんげたちの姉・ひかげ(福圓美里)も加わり、総勢9名で沖縄旅行に繰り出すことになった。

 宿泊先は自由に決められる、ということで、一同が選んだのは竹富島の“にいじま”という民宿。そこでは、夏海と同い年の新里あおい(下地紫野)という女の子が、民宿を切り盛りする母親を手伝っていた――

[感想]

 2度にわたってテレビアニメ化された漫画『のんのんびより』の、初となる劇場版である。

 このシリーズは具体的な土地を特定せず、日本のどこかにありそうな田舎町を舞台に、全校生徒わずか5人の分校に通う子供達を中心とした日常を描いている。異なる学年の子供が一緒に机を並べて授業を受けたり、放課後に遊んだりしている、都会ではあまり見ない情景が、日本人なら誰しも郷愁を感じる田園や山川で展開する。最年少である宮内れんげの特異なセンス、小学生とは思えない大人びた容姿の一条蛍、やんちゃなトラブルメーカーの越谷夏海、女の子では最年長なのに体格嗜好が幼いことを気に病んでいる越谷小鞠、それぞれに個性の際立った4人の生徒を中心にしたやり取りはほのぼのしつつもテンポのいいユーモアもふんだんで、異様に描き込まれた画面も相俟って、“日常系”に分類される作品のなかでも少し違った存在感を示している。

 2013年に始まったテレビアニメ版はそうした原作の魅力をまったく損なうことなく、描き込まれた背景で田舎町ののどかな光景をじっくりと見せる一方、テンポのいいやり取りと絶妙な間の取り方で、作品の雰囲気を膨らませることにも成功した。2015年、当然のように2期が製作されたが、そこで原作のストックがほぼ尽きてしまった。如何せん、原作があまりに密度の高い画風ゆえになかなか巻を重ねられず、当分第3期はないだろう、と諦めていたファンも多かっただろう。そのため、約3年振りに登場するこの劇場版は、待望の1本だった、と言っていい。

 だが、待望だった、と言い切る理由はもう一つある。本篇で扱われているエピソードは、第1期のリリースからほどなく描かれた原作のエピソード、沖縄旅行編を下敷きにしている。実はコミックス収録時、旅行が決まり飛行機で発つまでのくだりをアニメ化し、単行本と同梱するかたちで発表はされている。しかし、第2期に入っても沖縄に着いて以降の話は、このコミックスの直後にリリースされたドラマCDとして発表されただけで、アニメ化はされていなかった。そういう意味で、この沖縄編全篇の映画化、というよりアニメ化そのものが待望だった、といえるわけだ。

 これまで避けられていたのには、頷ける理由がある。そもそもこのシリーズは舞台が特定されていない。だが、これは特別編扱いとは言い条、“沖縄”とズバリ場所が特定されている。日本のどことも言えない田舎町であることが作品の特色であったのに、旅行先とはいえ沖縄を描くことで、ブレてしまう可能性があった。沖縄を描くために、それまでと違う背景を用意し、場合によってはキャラクターの色調まで変えねばならないことも憂慮すべき点だった、と推測出来る。

 しかし、劇場版なら話は違う。この体裁であれば、シリーズと違った特徴、豪華さを打ち出すことは作品のアピールに繋がる。最初からそう考えていたかどうかは定かではないが、全体での映像化を後回しにしていたのも賢明な判断だったと言える。

 ただ、本篇は決して原作通りの作りにはしていない。原作では珍しい、複数回に跨がるエピソードだが、全体を通す芯がないので、長篇として見せるにはやや問題があった。そのために、原作ではホテルに宿泊していたのを民宿に変更、そこを手伝うあおいという少女を登場させている。

 一歩間違えると原作ファンの反感を招きかねない“改変”行為だが、恐らく本篇について文句をつける人は少ないのではなかろうか。シリーズを通しての雰囲気をまったく壊すことなく、それでいて絶妙な“特別感”を演出することに成功しているのだ。

 あおいの存在が特に活かしているのが夏海だ。あおいは夏海と同学年という設定になっている。子供の数が少なく、小学生も中学生も一緒の教室で学んでいる夏海にとっては恐らく初めての、“同い年の友達”になる。そのことが作品に心地好さと、クライマックスの得がたい郷愁を生み出している。

 何より、あおいというキャラクターを加えたことに感心させられたのは、終盤のある描写である。実は、民宿やあおいが絡んでくる以外、このあたりの描写は基本、原作からはみ出していない。原作にも夏海は映画と同様の反応を見せている。しかし、あおいという人物を絡ませたことで、ユーモアを留めつつも、深みを増している。

 原作やアニメに接したひとに思い出していただきたいのは、原作なら第2巻17話、アニメ版なら第1期4話にあたるエピソードだ。本篇と近しい余韻を残す、アニメ版のなかでも出色の1話なのだが、まるでこの映画は、あのエピソードと対比しているかのような組み立てになっている。そのことを象徴するのが、テレビシリーズでは要の役割を果たすれんげの行動だ。テレビシリーズは第1期、第2期共に1年間の出来事を辿っており、第2期は第1期の空いた部分の出来事を描くような構成となっている。つまり、基本的にこのアニメ版は1年間のなかに収まっており、その考え方で言えば、本篇は第1期4話の出来事があったのと同じ夏休みの終わり頃の話、と捉えられる。印象深い本篇クライマックスのひと幕、夏海をそっと見守るような姿と、最後に見せた気遣いの背景に、この第1期4話の物語があったことを併せて考えると、余計に味わいは深い。

 このように、これまでのテレビシリーズを楽しんできたひとにこそ非常に味わい甲斐のある作りになっているが、一方でこの作品は、どこから入ってもなんとなくその世界に馴染めてしまうのも美点のひとつになっている。この映画版も、シリーズを通して観てこそ理解の深まる描写がある一方で、知識の必要なことばかり織り込んでいるわけではないので、ここからいきなり鑑賞しても楽しむことは出来る作りになっている。

 メインとなる4人もそうだが、周囲のキャラクターも際立った個性があり、短い尺のなかでそれが把握しやすく、かつ作品に心地好い親しみやすさをもたらしている。その意味で間違いなく存在感を示しているのが、普段は東京の高校に通っているひかげだ。原作やテレビシリーズでもピンポイントで登場していい味を出しているが、本篇でも終始笑いを誘う。たぶん、夏海とあおいのエピソードを抜きにすれば、本篇を初めて観るひとをいちばん惹きつけるのはこのひかげだろう。

 テレビシリーズの魅力を完全に再現しつつも、単独の映画としての贅沢さも盛り込んでいる。“劇場版”として理想的な出来映えだと思う。

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