『僕らのミライへ逆回転』

『僕らのミライへ逆回転』

原題:“Be Kind Rewind” / 監督・脚本:ミシェル・ゴンドリー / 製作:ジョルジュ・ベルナン、ジュリー・フォン / 製作総指揮:トビー・エメリッヒ、ガイ・ストーデル / 撮影監督:エレン・クラス / 美術:ダン・レイ / 編集:ジェフ・ブキャナン / 音楽:ジャン=ミシェル・ベルナール / 出演:ジャック・ブラックモス・デフミア・ファローダニー・グローヴァー、メロニー・ディアス、シガニー・ウィーヴァー / 配給:東北新社

2008年アメリカ作品 / 上映時間:1時間41分 / 日本語字幕:石田泰子

2008年10月11日日本公開

公式サイト : http://www.gyakukaiten.jp/

映画美学校第一試写室にて初見(2008/09/16) ※試写会



[粗筋]

 再開発のまっただ中にある、とある街の片隅に、いまどき珍しいVHSオンリーのレンタルビデオ屋“Be Kind Rewind”がある。心優しい店長のフレッチャー(ダニー・グローヴァー)が長年守り通してきた店舗だったが、一帯を取り壊して商業施設を建築する計画があるために、立ち退きを要求されていた。

 だが映画への愛着と、ここが1930年代に活躍、慰問に移動する途中の電車で亡くなった伝説のジャズ・ピアニストであるファッツ・ウォーラーの生家であった、という話を店長から聞かされている店員のマイク(モス・デフ)は、この店で働いていることに誇りを抱いていた。

 ある日、ウォーラーが死んだ道程を辿る、という意図で店長が旅行に出かけ、その留守をマイクに託していった。張り切る彼だが、厄介なのはマイクの友人であり、店にしばしばトラブルを持ち込むジェリー(ジャック・ブラック)の存在である。店長が出かけていった日も、いきなり発電所を破壊する計画をマイクに持ちかけてくる始末で、途中までは従ったマイクだったが、店長が去り際に残していった言葉が、「ジェリーを店に入れるな」だったことを思い出すと、ひとり現場を立ち去る。

 翌日、何やら酷い災厄に見舞われたようだが、無事に店に現れたジェリーは、だがその代わりにとんでもないトラブルを発生させた。破壊活動中に感電した結果、全身に磁気を帯びたジェリーは、気づかないうちに在庫のビデオをすべてまっさらにしてしまったのである。

 客からの「中身が空だ」という報告で初めてそれに気づいたマイクは蒼白となる。そこへ、旅のさなかも店を心配していた店長から、延滞していたビデオを返すよう連絡を受けていたファレヴィチ夫人(ミア・ファロー)がやって来た。夫人はついでに『ゴーストバスターズ』を借りたい、と申し出るが、当然それも中身は消えてしまっている。翌日までに用意する、と夫人には弁解して帰ってもらったあと、マイクは友人の伝手を頼り必死に作品を捜すが、今日日VHSでこんな古い作品を残している家は滅多になく、大手の店舗にも並ぶのはDVDばかり。

 悩んだ挙句、マイクはとんでもないことを思いつく――代わりに自分たちで『ゴーストバスターズ』を撮影してしまおう、と。夫人は内容を知らないから平気だ、という言葉に渋々ジェリーも付き合ったが、この苦し紛れの映画作りは、しかし廃業寸前のレンタルビデオ屋に、思いがけない事態をもたらすのだった……

[感想]

 ユニークな趣向を凝らしたPVの数々で知られ、チャーリー・カウフマン脚本の長篇第2作『エターナル・サンシャイン』が高い評価を受けた監督の、長篇フィクションとしては4作目である。

 PVではその映像に凝らしたアイディアが存分に活きてくるものの、長篇では必ずしも凝ったアイディアが面白さに直結するわけではない。実際、既にある脚本にアイディアを上乗せしていった『エターナル・サンシャイン』は成功したものの、監督自身が初めて脚本を自ら手がけた前作『恋愛睡眠のすすめ』は映画として観るといささか退屈な仕上がりだった。個々の場面は印象的だし、結末は甘くもほのかな苦みの混ざった味付けが秀逸だったが、1本の映画として観るとあまりに間延びしすぎていたのである。それを目の当たりにしているだけに、ふたたび自ら脚本を手懸けた本篇を、楽しみにしつつも不安も大いに抱いていたのだが、結果としては全くの杞憂に終わったと言っていい。そうした欠点は完璧に払拭され、最初から最後まで笑いどころのきっちりとちりばめられた好編に仕上がっていた。

 成功の要因は、アイディアの勘所を個々のシーンではなく、大枠に設定した点だろう。消えてしまった中身を、自分たちで再現して撮影する、という大きなアイディアのなかに、ゴンドリー監督特有の手作り感覚に溢れた映像を撮っていく過程そのものを填め込んでいくことで、個々の場面のアイディアやユニークさが一人歩きすることなく、作品のなかにきっちりと収まっている。

 しかも本篇は、ゴンドリー監督自身の映画(PV)作りの姿をそのままカメラに収めているような雰囲気がある。この監督はCGをあくまで補助として用いるだけで、基本的にアナログで個性的な絵を作りあげる手法に拘っている。無論、実際に公表されているものは、本篇でジャック・ブラックモス・デフ演じる青年たちの撮るものよりも格段に洗練されているが、原点はこういう素朴なものであったことを想像させる。その意味で、本篇は発想そのものに監督らしさが籠められているとも言えるのだ。

 監督のユニークな発想は、画面作りではなく人物像やその関係性にも行き届いている。特に注目していただきたいのは、本来ならメインとして扱われてもいい(実際、広告上は“主演”と謳われている)ジャック・ブラックが本質的には狂言回しに過ぎず主人公はモス・デフのほうであることと、そんなふたりに挟まれたアルマ(メロニー・ディアス)というキャラクターの位置づけである。普通の映画と比べるとひねりの利いたこうした人物像、関係性が、作品のユニークさ、愛らしさをいっそう強調している。

 話の内容、展開自体には不自然さや荒唐無稽さがつきまとう。さすがに発電所で感電したらまず命はないだろうし、あそこまで激しい磁気を帯びることがあるのか、また薬であっさり恢復するのか。ビデオの中身が壊滅してマイクたちが途方に暮れている店を訪れて、やたらピントのずれた説教をする女性、そして彼女を起点とした、独自の“リメイク”作品に対する人々の反応もあまりに牧歌的すぎる。かつ、こうしたドタバタ・コメディ的な話運びから、終盤になると突如少しシリアスで、人々の優しさが際立つ、妙に趣の異なった展開になるのも少々バランスを欠いている。

 だが本篇は、そういう“緩さ”が笑いに繋がると共に、独特の柔らかなムード作りに貢献している。まさにこの空気だから、終盤で突如趣を違えたかのような展開をも観る側に受け入れさせてしまうのだ。描写や細かな展開のなかにも、終盤の展開を納得させるための材料がきちんとちりばめてあり、したたかな計算も感じさせる。思いつきで作っているようでいて、考えるべきところは工夫されているのだ。

 そうして辿り着くラストシーンは、ある意味で予想通りだし、やはりここにも不自然なポイントがあるのだが、しかし一連の流れを踏まえると本当にありそうで、そしてここまでの描写の積み重ねが一気に意味を為して、胸に迫ってくる。とても美しく、自然な締め括りだ。

 ミシェル・ゴンドリー監督の備える独創性と表現の愛らしさ、という作家性が存分に反映され、かつたくさんの要素が活き活きと画面に焼き付けられている。クライマックス手前で、“Be Kind Rewind”を決定的な窮地へと追い込む人たちでさえまるっきりの悪人として描いていない点も含め、心優しい眼差しが作品全体を包みこんでいることも出色の、いい映画である。大傑作、などと呼ぶのはためらわれるけれど、誰に対しても「ちょっと観てみれば?」と薦めたくなる暖かさを備えている。きっと観たあと、いい気分になれるはずだから。

コメント

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