英題:“American Sniper” / 原作:クリス・カイル、スコット・マクイーウェン、ジム・デフェリス / 監督:クリント・イーストウッド / 脚本:ジェイソン・ホール / 製作:クリント・イーストウッド、ロバート・ロレンツ、アンドリュー・ラザー、ブラッドリー・クーパー、ピーター・モーガン / 製作総指揮:ジェイソン・ホール、ティム・ムーア、シェロウム・キム、ブルース・バーマン / 撮影監督:トム・スターン,A.F.C.,A.S.C. / プロダクション・デザイナー:ジェイムズ・J・ムラカミ、シャリーズ・カーデナス / 編集:ジョエル・コックス、ゲイリー・D・ローチ / 衣装:デボラ・ホッパー / 海軍技術顧問:ケヴィン・ラーチ / 出演:ブラッドリー・クーパー、シエナ・ミラー、ルーク・グライムス、ジェイク・マクドーマン、ケヴィン・ラーチ、コリー・ハードリクト、ナビド・ネガーバン、キーア・オドネル、サミー・シェイク / マッド・チャンス/22nd&インディアナ/マルパソ製作 / 配給:Warner Bros.
2014年アメリカ作品 / 上映時間:2時間12分 / 日本語字幕:松浦美奈 / R15+
2015年2月21日日本公開
2015年12月16日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Video:amazon|ブルーレイ&DVD:amazon|ブルーレイ・スチールブック仕様:amazon]
公式サイト : http://www.americansniper.jp/
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2015/02/21)
[粗筋]
2003年に始まったイラク戦争において、4回の遠征で160人もの敵を射殺、アメリカ海軍史上最強と謳われた狙撃手がいる。
彼の名はクリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)。テキサス州で生まれ、典型的な西部の男の価値観を叩きこまれて育った。弟のジェフ(キーア・オドネル)とともに各地のロデオを転戦して稼いでいたが、折しも発生したテロ事件の惨禍に胸を痛めたクリスは発奮し、海軍、それも最強の誉れ高いシールズに志願する。
シールズの訓練は厳しく、無数の脱落者が出たが、体力と集中力に優れたクリスは難関を乗り越えてシールズの一員に選ばれた。そして間もなく、あの悲劇が起きる。
2001年9月11日のアメリカ同時多発テロを契機に中東の緊迫感は高まり、やがてアメリカはイラク戦争に突入する。クリスもまた、シールズとして派遣されることとなった。
小さい頃から父親と共に狩猟に赴き、動かないものよりも動く標的を狙うことに慣れていたクリスは、狙撃手として初めて現場に投入されるなり、早速戦功を上げる。
優れた射撃能力を持ったクリスは間もなく、戦場で英雄視され、テロ組織からは賞金つきで狙われる立場となる。アメリカの我が家には、訓練中に出逢い結婚したタヤ(シエナ・ミラー)と幼い子供があり、クリスはいい父親たらんと努めるが、優れた狙撃手であるが故に、クリスの心はじわじわと壊れていった――
[感想]
本篇はアメリカにて、クリント・イーストウッド作品最高の興収を上げる大ヒットとなっている。公開時にアカデミー賞候補に連なったことも勢いに拍車をかけたのだろうが、そこにはイーストウッド監督が磨き上げた職人的手腕と、それに対する信頼が定着した点も大きく貢献しているのではなかろうか。
この作品で中心となるクリス・カイルはある意味、アメリカらしさを象徴するような人物だった。西部育ちでカウボーイをして生計を立て、正義感に燃えて軍人となる。未曾有の事態を経て戦地へと赴き、そしてヒーローとなった。
そういう出自を踏まえてなのか、描写もどこか西部劇めいている。お誂え向きにライヴァルまで登場するのだから、見ようによっては心躍る冒険ドラマである。
しかし、本篇をそこに留まらない奥行きを与えているのは、ヒーローであるはずのクリスのあまりに深刻な懊悩だ。
スナイパーであるクリスの仕事は、潜んだ敵方のスナイパーを仕留めることだけではなく、むしろそれ以外の、たとえば部隊が移動するときなど、仲間たちの安全を確保するための監視役、という比重が大きかったと考えられる。ひたすらに集中して危険を取り除く、という性質にだけ着目しても相当な苦行だが、このとき狙う標的が女性や年端もいかない子供になることが少なからずあったはずだ。たとえ、味方に危害を加えようとしている者であっても、まったくショックを受けずにいるのは不可能だろう。
着実に任務をこなしているかに映るクリスは、だが間違いなくじわじわと疲弊している。象徴的なのが、一時的に帰国した際、保育室で泣きじゃくる我が子の姿を見たときの反応だ。突然の変貌と、あまりにも極端な振る舞いは、周囲の人間を慄然とさせ、妻のタヤを嘆かせる。それ故に本来、心安らげるはずの家庭が、次第に息苦しく思えてくる。
この作品を観ていると、『許されざる者』でイーストウッドが描いた、ドロップアウトしたガンマンを思い起こす。何故銃を置いたのか、彼はほとんど口にしないし、物語の中ではけっきょく再び銃を握ってしまうのだが、子供たちへの接し方、ふたたび銃を手に取るまでの葛藤に、かつて体験したであろう闇が垣間見える。本篇のクリスが歩む道は、あのガンマンの過去をなぞっているかのような趣だ。
戦場でのクリスの活躍は、時として痛快に描かれるが、またあるときは凄まじい緊張感とともに描写される。彼自身が味わった昂揚感と言いしれぬ恐怖を観客に追体験させるかのようなこうした描写は、クリス自身が追い込まれた感覚を否応なしに観客にも味わわせる。
本篇は、その作りに反戦の意志を窺わせるが、しかし決してそれをあからさまに主張したりはしない。使命感に駆り立てられ、自ら戦地へ赴いたクリスや、彼と同様の想いで戦争に加わったひとびとを否定はしていない。どこに敵が潜んでいるか解らない緊張の連続と、敵方のスナイパーとの静かな戦いなど、往年の西部劇を思わせる、捉えようによっては胸躍る描写はエンタテインメントのようでもある。
だが、本篇はその表面を1枚剥いだところに、戦争の闇、恐怖を織り込む。特に象徴的なのは、敵方のスナイパーについてのさり気ない描写だ。恐らくこの部分は(現実には正確な情報を得られるところではないはずなので)フィクションだろうが、敵方のスナイパーもまた、家族のある、ごく普通の人間であることを仄めかす。この、ほんの僅かな描写が、観る側の背筋を伸ばす。クリスという人物の伝記として捉えると、この趣向はマイナスに判断せざるを得ないが、彼が経験した戦争というものの本質を疑似体験させるうえでは的確だ。
ある程度、リアリティを犠牲にしてでも本篇が目指そうとしたのは、懸命に“西部の男”になろうとしたクリス・カイルを、無慈悲な暗殺者ではなく、ひたむきであるが故に心を殺さざるを得なかった男として、観た者が同情し心から弔ってくれるように気遣って描くことだった、と感じる。西部劇で出発し、多くの“西部の男”を撮ってきたクリント・イーストウッド監督だからこその、厳しくも優しき鎮魂歌なのである。だからこそ、アメリカで監督自身の記録を更新する大ヒットとなったのだろう。
作品のクオリティとしては『許されざる者』『ミリオンダラー・ベイビー』といった傑作にもうひとつ及ばないが、しかしテーマに対する真摯さ、誠実さのある仕上がりであり、監督としての安定感を示す佳作であると思う。
関連作品:
『父親たちの星条旗』/『硫黄島からの手紙』/『許されざる者』/『ミリオンダラー・ベイビー』/『グラン・トリノ』/『ジャージー・ボーイズ』
『ハングオーバー!!! 最後の反省会』/『アメリカン・ハッスル』/『G.I.ジョー』/『96時間 リベンジ』/『トランセンデンス』
『ジャーヘッド』/『告発のとき』/『グリーン・ゾーン』/『ハート・ロッカー』/『ゼロ・ダーク・サーティ』/『ローン・サバイバー』
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