このひとが出ている映画なら出来不出来はさておき必ず観る、と決めている俳優が数人いる。私にとって映画道楽の端緒となった『セブン』のブラッド・ピット。映画を貪り観るようになった頃にアカデミー賞に輝きその役者としての色気に惚れ込んでいるベニチオ・デル・トロ。ジャッキー・チェンにドニー・イェンという、香港系アクションの源流から最先端に至るふたりも外せない。
これらは演技力であったり、アクション・スターとしての表現力に信を置いている、という面が強い。そのあたりと比較すると、私がジェイソン・ステイサムという俳優に抱いている愛着や敬意は、少し種類が違う、という気がしている。
いまや押しも押されもせぬ一級のアクション俳優、という趣のあるステイサムだが、彼の俳優としてのキャリア初期から追ってきた私には、この変化はちょっと驚きでもあった。
ジェイソン・ステイサムの俳優としてのキャリアは、ガイ・リッチーとともに始まっている。ガイ・リッチー監督がプロデューサーのマシュー・ヴォーンとともに、スティングからの出資を受けて初めて撮った長篇映画『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』が、ステイサムの本格的な俳優デビューだった。下町で売り子をしたり、モデルをしたりしていたステイサムを発見、スカウトした、といった経緯だった、と記憶している。
この作品では目立つ役柄ではなかったが、同作の好評を受け、規模を拡大して製作された『スナッチ(2000)』で、ステイサムは語り手を務め、群像劇とはいえ実質的な主役に抜擢された。クセ者揃いのこの映画の中でも、雰囲気のある立ち姿と、バリバリのロンドン訛を利かせた台詞回しで強い印象を残した。
このあと2年ほど、幾つかの作品に主要キャラクターで出演しているが、この時点ではまだ彼はアクション俳優ではなかった。もともとは飛び込みのイングランド代表だった、という経歴もあり、既に逞しい体格をしていたので、肉体を駆使する役柄が主体ではあるものの、決してアクションで魅せる俳優ではなかった。
ステイサムがアクション俳優として開眼する分岐点は、間違いなく『トランスポーター』だろう。
ただ、顧みると、或いはこれがきっかけだったかも知れない、という作品に、『ザ・ワン』がある。異なる次元の自分と戦い、最強に登りつめようとする男に、別次元で妻を失った男が立ち向かう、というSF的趣向のアクション映画であり、主演はジェット・リー。大会で優勝する本格派の武術家であり、『少林寺』や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズでアクション俳優としても頭角を顕したリーが、最強の敵である自分自身と対決する、というシチュエーションを実現した作品だ。
ジェイソン・ステイサムはこの『ザ・ワン』で、犯罪者となったリーを追う捜査官として登場する。若干の格闘シーンはあるが、主眼はリー同士の戦いなので決して目立ってはいない。
しかし、或いはこのとき、ステイサムのアクション俳優としての素質が発見されたのでは、と勘繰っている。何故なら、『トランスポーター』でルイ・レテリエとともに監督にクレジットされたコーリー・ユンは『ザ・ワン』のアクション振付を担当していた。
もしステイサムの起用が、コーリー・ユンの着任よりも先だったとしても、そこには恐らく、『ザ・ワン』の現場ででステイサムが香港流アクションのクオリティを目の当たりにしたことが鍵となっているように思えてならない。憧れもしただろうし、もともと身体能力の高かったステイサムが、自らアクションを演じることを望んだとしても不思議ではない。
だから、私の想像では、アクション俳優ジェイソン・ステイサムの萌芽は『ザ・ワン』だった。『トランスポーター』において、それは一瞬のうちに目覚ましく花開いた。
『バンク・ジョブ』や『ロシアン・ルーレット』のように、アクションのない作品で存在感を発揮することもあるが、基本的にこれ以降、ジェイソン・ステイサムはアクション映画に傾倒していく。『エクスペンダブルズ』シリーズでシルヴェスター・スタローンの右腕的な立ち位置で奮闘すると、その後は自身の下町訛りの強い台詞回しや、独特の貫禄ある佇まいを活かしたキャラクターで、多くのアクション映画に主演してきた。
ステイサムは大きく雰囲気を変えるような、器用な演じ分けはしない。しかし、自らのイメージを崩すことなく、少しずつ異なる設定、背景を表現するのが巧い。例えば、『ハミングバード』では優れた能力を持ちながら、他人の留守宅を渡り歩く奇妙な人物を、独特の哀愁で演じた。『バトルフロント』では珍しく家族持ちとなり、修羅に生きる男が家族と暮らす難しさを、ヘヴィな展開のなかで体現してみせた。そして遂には、人気フランチャイズ『ワイルド・スピード』に因縁の深い悪役として登場、凄腕たちを単身あしらう活躍ぶりを示し、遅れて参加したキャストにも拘わらず、ドウェイン・ジョンソンとコンビでスピンオフのメインを張るほどに存在感を見せつけた。
彼自身が作品を選んでいるのかは解らないが、この選球眼の確かさこそ、ステイサムを最良のアクション映画俳優にしたのは間違いない。爆発的なヒット作こそないが、確固たる俳優像に、アクションのみならずドラマ的にも一定の質を保った彼の作品群はファンを確実に生んでいる。一時期は年に最低1本は供給された彼の主演作を必ず上映していたユナイテッド・シネマ豊洲は、プログラムの決定権を持つ人物のなかにファンがいた、と私は睨んでいる。こんな風に、ステイサムの新作ならここでだいたい観られる、という状況が形成されていることそれ自体が、彼が他のアクション俳優と一線を画す、何よりの証拠だろう。
ステイサムの作品群で、なにをお薦めするか、と問われると――実はいささか困る。
間違いなく、入口としては『トランスポーター』シリーズが最善だろう。本格的にアクション俳優として開花したこの作品で、その後のスタイルはほぼ確立されている。とはいえ、その後もコンスタントに新作を発表していることを思えば、出世作に辿り着いてしまうのは失礼に思えてしまう。
もし、あくまでこ人的な好みで構わない、というのなら迷う余地はなく、『アドレナリン』シリーズ2作品だ。
この作品、表現のアクが強く、ストーリーもやたらと荒唐無稽だ。アドレナリンを分泌し続ければ中和できる毒を打たれたため、意識的に興奮するような行動に出るステイサムのハチャメチャぶりが異常に楽しい。ステイサムが演じるキャラはしばしば人間離れに強靱だが、本篇の場合、そうでなければ何回死んでいても不思議ではなく、この人でなければ、という趣がある。
終わらせ方がアレだったので続篇は無理だろう、と思いきや、ある意味、この世界観だからこそ許される斜め上の発想で繰り出された第2作は更に輪をかけてクレイジーだ。興味が湧いた方は、是非とも1作目、2作目揃えてご覧頂きたい――ただし、立て続けに観ることはせず、日を分けた方が無難だと思う。テンションが高すぎて体力を持って行かれる。
ステイサムの役者としてのイメージを活かした“演技”を堪能したいのであれば、上にも挙げた『ハミングバード』をお薦めしたい。他の作品で扮したような、特殊工作員としてのスキルを、都市の中で存在を消して生きるためのスキルとして用いる姿の哀愁と、肉体的な逞しさに隠れた脆さ、優しさが滲み出す演技は、ほかのアクション映画ではなかなか味わえない深みがある。自身の役者としてのアイデンティティを築いたのがアクションである、ということを弁えつつ表現した渋みは、俳優ジェイソン・ステイサムのひとつの到達点だった、と私は捉えている。
そんなステイサムも今年54歳になる。一時期はほぼ毎年のように新作が届いていたが、次第に間遠になっている印象もあって、そろそろアクションの現場からは退いていくつもりなのか――なんて思っていたら、そんなことはまるでなかった。
先日、俳優ジェイソン・ステイサムを発見したガイ・リッチー監督との4度目、実に16年振りのコラボ作である『ラース・オブ・マン』が封切られ、コロナ禍のさなかではあるが北米の週末興収トップを記録した。
更に待機作として、ステイサムのキャラクターをあえて道化として活かした異色作『スパイ』の続篇、そして中国を中心に大ヒットした『MEG ザ・モンスター』の続篇も予定されているという。また、まだ噂でしかないが、『ワイルド・スピード』シリーズへの再登板の芽もあるようだ。
続篇メインになっていることが、やや守りに入っている印象を受けてしまうものの、これまでの作品群を思えば、たぶんまだまだ隠し球を持っているはず。きっとこれからも、同時代にいる幸せを味わわせてくれるに違いない。
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