『クヒオ大佐』

『クヒオ大佐』

原作:吉田和正結婚詐欺師クヒオ大佐』(幻冬舎アウトロー文庫・刊) / 監督:吉田大八 / 脚本:香川まさひと、吉田大八 / 製作:柿本秀二、春名慶、吉田博昭、松崎澄夫、永田勝治、山崎浩一石橋健司、豊島雅郎 / アソシエイトプロデューサー:澤岳司 / ラインプロデューサー:鈴木ゆたか / アシスタントプロデューサー:中野美穂子 / 撮影監督:阿藤正一 / 照明:高倉進 / 特殊メイク:小西修 / 美術:原田恭明 / 装飾:沢下和好 / スタイリスト:前田美香 / ヘアメイク:本田真理子 / VFXスーパーヴァイザー:大西博之 / VFXプロデューサー:西尾健太郎 / 編集:岡田久美 / 音楽プロデューサー:日下好明 / 音楽:近藤達郎 / 主題歌:クレイジーケンバンド『VIVA女性』 / 出演:堺雅人松雪泰子満島ひかり中村優子新井浩文児嶋一哉安藤サクラ内野聖陽品川徹、大河内浩、石川真希、古舘寛治近藤智行安藤聖玉置孝匡、俵木藤汰 / 製作プロダクション:モンスター☆ウルトラ / 配給:Showgate

2009年日本作品 / 上映時間:1時間53分

2009年10月10日日本公開

公式サイト : http://www.kuhio-movie.com/

浅草公会堂にて初見(2009/09/23) ※第2回したまちコメディ映画祭in台東の特別招待作品として上映



[粗筋]

 湾岸戦争の勃発により、国際協力の名目のもと多額の血税を国連軍に供出した日本政府が、国民から批難を浴び、他国からは無視されていた頃に、女性達を毒牙に掛ける結婚詐欺師が存在した。

 彼の名は、ジョナサン・エリザベス・クヒオ大佐(堺雅人)。エリザベス女王の妹の夫のいとこにして、カメハメハ大王の遙かな子孫。6歳の若さでワシントン大学に入学し、現在の職業はアメリカ空軍特殊部隊のパイロット。結婚が決まれば、軍から支度金として五千万円が提供されるという。――無論、ぜんぶ嘘。

 目下、そんなクヒオ大佐に首ったけで、結婚の準備と称して際限なくむしり取られているのが、永野しのぶ(松雪泰子)。弁当屋を女手ひとつで切り盛りするやり手だが、彼の言葉を一切合切信じて疑わない。秘密の任務のためと言われて海沿いの旅館にたびたび同行し、日中出かけている彼をひとり寂しく待ち続ける。弁当屋はそれなりに繁盛しているが、クヒオ大佐の際限を知らない要求に応え続けているうちに、経営状況は火の車になっていた。

 それでもなお献身的に尽くすしのぶをよそに、クヒオ大佐は新たなターゲットを見出していた。ひとりは、海に近い自然史博物館で学芸員を務める浅岡春(満島ひかり)。子供たちの自然観察の引率をしていた彼女を発見したクヒオはすぐさまアプローチを開始した。当初クヒオ大佐に対して、変わった人、程度の印象しか抱かなかったが、上司で元カレの高橋幸一(児嶋一哉)のしつこさとうざったさに辟易していた春は、少しずつクヒオ大佐に興味を持つようになる。

 もうひとりは銀座のナンバーワンホステス、須藤未知子(中村優子)。古美術を渉猟していた彼女に助言をしたことで接点を得たクヒオ大佐は、しのぶからむしり取った金を元手にクラブ通いをし、未知子の歓心を買おうとするが、しかし彼女はこれまでの相手とはまるで格が違っていた。

 ひとしきり粉をかけたクヒオ大佐は自宅に戻り、重要任務に就いている自分を演出するべく、しのぶの職場に戦闘機からと偽って電話をかける。だが、タイミングの悪いことに、このとき電話に出たのはしのぶの弟・達也(新井浩文)だった。このときを契機に、クヒオ大佐の運はさながら坂道を転がり落ちるかのように悪化の一途を辿っていく……

[感想]

 このあり得ない経歴を語る詐欺師は実在した。逮捕された当時派手にニュース番組で騒がれ、その後も“驚きの事件”を特集する類のテレビ番組で繰り返し採り上げられているので、記憶している人も多いだろう。本篇はこのある意味稀代の結婚詐欺師をモデルにした、フィクションである。

 そもそも女性を騙すための設定自体が悪質な冗談としか思えない人物なので、コメディにしやすかったのは間違いないのだが、その似非アメリカ人ぶりを本篇は見事に切り取って笑いに繋げている。あからさまに変なカタコト日本語、エリート軍人を装うために暇があると場所を構わず腕立て伏せをしてみせ、わざわざアメリカ軍基地の前まで送らせて、中に入るところは決して見届けさせない。戦闘機や赴任先から電話をかけている、と装うためにラジカセでそれっぽい環境音を流しておくくだりなど、繰り返すことで絶妙な効果を生み出している。

 堺雅人がこのクヒオ大佐を演じているのも、大きなポイントだ。笑顔のみでほとんどの感情を表現してしまう異才は同じ2009年公開の『南極料理人』でも発揮されていたが、本篇はそれを馴染みやすい人柄ではなく、とことん怪しい人物を表現する手段として徹底利用している。終始人懐っこい笑顔を浮かべているが、取りつくろうため必死に策を巡らせているようにも見えるし、のっぴきならない状況にパニックに陥っているようにも映る。基本が常に笑顔だからこそ、他人の目がない場面での懸命さが伝わってくるし、またある意味必然的に陥っている孤独な心情が滲み出てくる。私が本篇に注目したのも、このキャラクターを彼が演じていたからこそだが、実物を観て期待を裏切られることはなかった。絶好の配役である。

 実在の結婚詐欺師がモデルになっている、ということで、女性達を騙すための策略や、騙されまいとする人々との知的な駆け引きを期待する人もいるかも知れないが、その意味ではあまり満足感は得られない。序盤こそ姑息な技を用いているが、そのあたりは詐欺の手管というよりは女性との運命的な出逢いを演出するテクニック、といった程度であり、そのあと女性を籠絡するための役にはあまり立っていない。むしろ策を弄しては空振り、ドツボにハマっていく様で、更に笑わせるための方便と言えるだろう。

 当初、最大の犠牲者がすっかり泥沼に嵌っている状態から始まるため、恐らく多くの観客が疑問に思うであろう「どうして女性達は、こんなインチキな男に引っ掛かったのか?」という点についてなかなか答が出ないことにヤキモキするかも知れない。しかしそこを、第2の犠牲者である学芸員の女性がフォローしている。恐らく誰もが怪しく思っているのだが、好奇心や些細な心の隙に、この男の妙な人懐っこさが入り込んでしまうのだ。

 では逆に、何故クヒオ大佐は彼女たちを選んだのか。ここにも本篇は面白い答を提示してくる。言葉に示すのはクヒオ大佐ではなく別の人物だが、実在のモデルに適応出来るかどうかはともかく、本篇のクヒオ大佐には実にしっくり来る解釈だ。

 本篇では一種のユーモアとして、冒頭に“第一部 血と砂と金”と称したパートを添え、当時の湾岸戦争において日本人が人員派遣の出来ない代わりに巨額の資金を言われるがままに提供しなければならなくなった事情を大袈裟なほど熱く描いているが、ここがただのユーモアではなく、終盤にちょっとした意味を備えてくるあたりも巧妙である。この作品は終盤、いよいよクヒオ大佐もお縄か、という局面になって奇妙な展開を見せるが、ここで示される解釈こそ本篇の真骨頂と言えるかも知れない。クヒオ大佐の言動は、当時の社会情勢のある部分を象徴したかのように映るのだ。

 コメディと見せかけて一種社会批評のような部分にまで、ユーモアを損なわずに踏み込んでいく、という実にクセのある作りは高く評価するが、惜しむらくは終盤での登場人物の行動や意識にあまり裏打ちをしていないために、少々シュールさが際立ってしまっていることだ。解釈すれば意図は把握できるが、あまりに奔放に展開しているので、どうも受け入れづらい、と感じる観客も少なくないだろう。

 しかし、実在した結婚詐欺師のユニークな特徴をうまく咀嚼し、ひたすらに滑稽だけどそれ故にどうしようもなく物悲しい、という独特な雰囲気を醸すことには成功している。これまでの映画にはあまりない種類の、一風変わった味わいのあるコメディである。

関連作品:

ライラにお手あげ

南極料理人

容疑者Xの献身

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