『追龍』

新宿武蔵野館のロビーに展示された、『追龍』の立体スタンド。
新宿武蔵野館のロビーに展示された、『追龍』の立体スタンド。

原題:“追龍” / 監督:バリー・ウォン、ジェイソン・クワン / 共同監督:アマン・チャン / 脚本:バリー・ウォン / 製作:バリー・ウォン、ドニー・イェン、アンディ・ラウ、コニー・ウォン / 製作総指揮:バリー・ウォン、ユー・ドン / 撮影:ジェイソン・クワン / 編集:リー・カーウィン / 衣装:ペトラ・クォック / アクション指導:ユー・カン、ユエン・ブン、ヤン・ホア / 音楽:チャン・クォンウィン / 出演:ドニー・イェン、アンディ・ラウ、ケント・チェン、フィリップ・キョン、ウィルフレッド・ラウ、ユー・カン、ケント・トン、ミシェル・フー、ラクエル・シュー、フェリックス・ウォン、ベン・ン、ブライアン・ラーキン、ニキ・チョウ、フィリップ・ン、ジョナサン・リー、ローレンス・チョウ、ワン・チアンユー、ケネス・ツァン、チャーリー・チャン、リッキー・イー、テレンス・イン、ジェイソン・ウォン、チャン・ボーケイ、マイケル・スズック、 / 配給:Inter Film
2017年中国、香港合作 / 上映時間:2時間8分 / 日本語字幕:鮑智行 / R15+
2020年7月24日日本公開
公式サイト : https://www.tsuiryu.com/
新宿武蔵野館にて初見(2020/08/25)


[粗筋]
 1960年、ン・サイホウ(ドニー・イェン)は3人の仲間と弟ピン(ジョナサン・リー)とともに、中国本土の潮州から香港へ渡った。大志を抱いての不法入国だったが、なかなか大きな収入は得られず、1年半は粥で糊口を凌ぐ有様だった。
 普通に働くだけではらちが明かず、ホウたちはときどき喧嘩を囃し立てる役をもらって稼いでいたが、あるとき、マフィア同士の大規模な抗争に巻き込まれてしまう。香港警察を指揮していたイギリスの警司ハンター(ブライアン・ラーキン)に追われ、返り討ちにしたものの、直後に香港警察の探長リー・ロック(アンディ・ラウ)によって逮捕されてしまった。
 ロックや同郷の警官ジェン(フェリックス・ウォン)の計らいで、規定の時間だけ拘留されることになったホウだが、彼に殴られた恨みを晴らすべく乗り込んできたハンターによって執拗に痛めつけられる。そこでふたたびロックの機転によって救われたホウは、ロックに強い恩義を覚えるのだった。
 ロックは香港警察と統治国イギリス、そして黒社会のあいだの金の流れをコントロールし成り上がる野望を抱いていた。そのために手駒を揃えようとしており、抗争の場で目撃したホウの度胸がいずれ役に立つ、と考えていた。
 間もなくホウは、仲間が博打で犯した不正行為の落とし前として、チウ(ベン・ン)の一派に加わった。無法地帯となっている九竜城砦に拠点を構え、縄張りの中での賭博や薬物の売買で稼ぐようになったホウだが、仲間には決して自分で薬物を用いないよう厳命していた。しかし、弟のピンが麻薬に関心を示すようになっており、手を焼いている。
 そんな折、九竜城砦の大物であるディン(チャーリー・チャン)の一派がしばしば縄張りの外でもめ事を繰り返すようになり、ロックは調停のため、九竜城砦に乗り込む。だがそこには、以前からロックと対立しているガンが既に罠を仕掛けていた。ディンの部下が会談中にディンを射殺、ロックの犯行に見せかけようとしたのである。会合の場から逃げ出したものの、九竜城砦の複雑な構造に迷い、敷地の外で待機している援軍への合図も出せない。
 絶体絶命の窮地に駆けつけたのは、ホウと仲間たちだった。かつて受けた恩義を返すべく、ホウはロックを逃がそうと試みるが、その結果、ホウは右脚の機能を失う重傷を負うのだった――


新宿武蔵野館ロビーに展示された『追龍』主演ふたりのサイン入りポスター。
新宿武蔵野館ロビーに展示された『追龍』主演ふたりのサイン入りポスター。


[感想]
 現在、中国政府寄りの政策を選択した香港政府の指示によって動く香港警察に国際的な批判が湧き起こっているが、本篇で描かれる1960年代、その横暴ぶりはいまの比ではなかったらしい。それはジャッキー・チェン最盛期の諸作にも窺えるし、『男たちの挽歌』に端を発する香港産ノワールの多くにも読み取れるが、本篇は実在したふたりの悪党をモデルに、よりリアルに、ハードにこの時代を活写している。
 香港産のノワールやクライム・サスペンス系の作品はこの20年ほどで一気に洗練された感があるが、本篇は良くも悪くも、少し前の荒々しさに回帰したような印象を受けた。
 顕著なのは、人物同士の関係性が解りにくい点だ。そもそも登場人物が多い、というのも一因だが、厄介なのは、時期によって上下関係、力関係が頻繁にねじれるのである。序盤では不法入国者の集まりに過ぎなかったホウたちは下働きのような立ち位置で黒社会と関わっていただけだったが、抗争に巻き込まれたことで香港警察の人間に知己を得、同時に英国警察とのあいだに因縁が生じる。それから仲間の不正行為の落とし前をつけるため、という名目から本格的に黒社会の内部に入っていく。はじめはチウという男の手下という立ち位置だったが、香港警察のなかでのし上がっていくロックとの信頼関係ゆえに、状況は急激に変化していく。整理していけば何とか把握出来るが、映画を観ているあいだはこの流れが急速に過ぎて、少々置いてきぼりにされてしまう。いちおうある程度はそつなく、上下関係の変化を窺わせる描写も鏤められてはいるのだが、もう少し明解に示すべきだったように思う。
 だが、基本的にホウの大成ぶりと、家族や仲間への情と他人を陥れることでしか成立しない自らの生業とのバランスに苦悩する姿を軸とした展開にブレはない。驚異的な胆力と意外なしたたかさで難局を乗り越え、じわじわと自らの地位を高めていくさまは熱く、爽快感がある。その一方で、薬物の怖さを充分に知っているからこそ家族や仲間たちには使わないよう厳命するが、いつの間にか肉親である弟が中毒となっていたことで、苦悩する羽目にも陥る。「兄さんが売人を辞めるなら僕も薬を辞める」と言い放たれたとき、言葉を失うのは、自身でもその矛盾に気づいていたが故だろう。そうした人間像の奥行きに味わいがある。
 そして、実質的なもうひとりの主人公であるリー・ロックとの関係性も本篇の大きな魅力となっている。ホウとロックが近づいたのはお互いに打算があってのことだが、そのなかで与えられた恩義に報いる、という悪党らしからぬ誠実さが、いつしか不思議な絆へと昇華していく。複雑化していく勢力図と、それぞれの利益や情に対する志向の違いから衝突にも発展するが、そうした出来事を踏まえて辿り着くクライマックスは熱い。いずれもとうてい善人とは呼びがたく、フィクションであっても肯定しがたい行動をしているが、本篇で描かれる彼らの関係には不思議と清々しさや尊さを感じてしまう。こういう表現が出来るのは、過去の出来事であり、実話をベースにしつつもフィクションとして割り切って構築していればこそ、だろう。
 主人公を演じたドニー・イェンといえば近年は『イップ・マン』シリーズの好演もあってカンフーのイメージが強いが、もともとブルース・リーの憧憬を前面に押し出しつつも多彩なアクションに挑戦している俳優であり、作品ごとにアクションの傾向も大きく変えている。本篇ではカンフーらしさは微塵もなく、スピード感とパワーはあるが、どちらかと言えば本物の喧嘩らしく、技術よりも一撃の効果やハッタリに意識を向けた組み立てをしている。それ故にかなり泥臭いが、リアリティあるアクションが堪能出来る。
 リアリティがある、とは言い条、さすが香港系のスタッフと言うべきか、アクション表現の工夫も豊かだ。ホウが拠点とする九竜城砦は狭い範囲に複数の建物が密集し、多くの貧しい人々が暮らしていたが故に衛生状態は悪く、犯罪の温床となっていた場所だが、香港の中国返還に先駆けて実施された区画整理により取り壊され現在は存在しない。本篇はこの九竜城砦をセットとCGで再現、迷宮のような構造を活かしたアクションを盛り込んでいる。更に終盤では、ちょっとしたカーアクションや激しい銃撃戦も織り込み、アクション方面で香港映画に親しんできたファンへのサーヴィスも欠かしていない。
 あまりにも入り乱れ変化の激しい人間関係に加え、恐らくフィクションであろうと思われるひねりが御都合主義に過ぎるため、収まりの悪い印象を残す。加えて、メインとなるホウやロックの、リアルではあるが矛盾した振る舞いが共感を与えにくく、教訓もカタルシスも得にくい。だが、混乱の香港を生き抜いた男たちが、彼らなりに信念を貫いた末の終幕が残す余韻は、そうした理不尽をも孕んだ彼らだかこそ醸し出せるものだ。
 本篇で監督・脚本を兼任したバリー・ウォンは1970年代から活動をはじめ、近年も本国でヒット作を立て続けにリリースしているヴェテランだが、共同で監督を務めたジェイソン・クワンはもともとカメラマンであり、本篇でも撮影監督を兼任している。それ故に、映像には独自のこだわりとセンスが感じられ、退廃的な時代の香港を採り上げながらも画面は美しく洒脱だ。加えて、ドニー・イェンのアイディアが採用されたという、R&Bを導入した音楽も、従来の香港産ノワールと一線を画したファンキーな雰囲気を作品に添えている。クセが強く、作りの荒々しさもあって万人にお勧めは出来ないが、いずれも近年はヒーローのイメージが強い俳優がアンチ・ヒーローに扮していることも含め、往年の香港ノワールの系譜を受け継ぎつつもオリジナリティを感じさせる意欲作であることは間違いない。


関連作品:
ハイリスク』/『未来警察 Future X-Cops
トリプルX:再起動』/『名探偵ゴッド・アイ』/『導火線 FLASH POINT』/『アイスマン 宇宙最速の戦士』/『奪命金』/『ライジング・ドラゴン』/『リサイクル-死界-』/『SAYURI』/『燃えよ!じじぃドラゴン 龍虎激闘』/『スペシャルID 特殊身分
インファナル・アフェア』/『イップ・マン 継承』/『イップ・マン 完結』/『慕情』/『ポリス・ストーリー/香港国際警察』/『男たちの挽歌』/『コンフィデンスマンJP ロマンス編
コンフィデンスマンJP プリンセス編

劇場で『追龍』をご覧になってたらしいアンディ・ラウ様。別の座席でやっぱり『追龍』をご覧になってたと思しいドニー・イェン兄貴。

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