原題:“W.” / 監督:オリヴァー・ストーン / 脚本:スタンリー・ワイザー / 製作:ビル・プロック、エリック・コペロフ、ポール・ハンソン、モリッツ・ボーマン / 製作総指揮:アルバート・ヤン、トーマス・スターチ、エリオット・ファーワーダ、ジョニー・ホン、テレサ・チャン、トム・オーテンバーグ、クリストファー・マップ、デヴィッド・ウィーリー、マシュー・ストリート、ピーター・グレイヴス / 撮影監督:フェドン・パパマイケル / プロダクション・デザイナー:デレク・ヒル / 編集:ジュリー・モンロー / 衣装:マイケル・デニソン / 音楽:ポール・カンテロン / 出演:ジョシュ・ブローリン、エリザベス・バンクス、ジェームズ・クロムウェル、エレン・バースティン、リチャード・ドレイファス、スコット・グレン、ヨアン・グリフィス、タンディ・ニュートン、ジェフリー・ライト、トビー・ジョーンズ、ステイシー・キーチ、ブルース・マッギル、デニス・ボウトシカリス、コリン・ハンクス / 配給:角川映画
2009年アメリカ作品 / 上映時間:2時間10分 / 字幕監修:越智道雄(明治大学名誉教授) / 日本語字幕:伊原奈津子
2009年5月16日日本公開
公式サイト : http://www.bush-movie.jp/
[粗筋]
幾人もの政治家を輩出し、“貴族”とさえ呼ばれるアメリカ屈指の名門ブッシュ家。ジョージ・H・W・ブッシュ(ジェームズ・クロムウェル)はニクソンからフォード政権において要職を務め、早くから大統領就任を期待された人物であったが、その長男ジョージ・W・ブッシュ(ジョシュ・ブローリン)は、父親から早いうちに“政治家の器ではない”と罵られるような人物だった。
コネで名門エール大学、ハーバード大に進むが、羽目を外しすぎて警察の厄介になること数回。父に倣い石油採掘に従事してみるがすぐに懲りて辞めてしまい、以来ろくに仕事を続けられない。最終的には“神の啓示”を得て、遅ればせながら政治家を志すに至った。
ローラ(エリザベス・バンクス)という妻を得ると、2歳から育ってきたテキサス州より下院議員に立候補する。だが、テキサス州は当時、強固な民主党の地盤であり、健闘したもののWは1万票差で破れてしまった。
結局ふたたび石油系の企業に戻り、経営者としてどうにか身を立てていったWだったが、1988年、父に頼まれて、父の大統領選の手伝いをしたことから、ふたたび政治への意欲を募らせていく。そんな当人の渇望をよそに、彼が本格的に政界に進出するのは更に6年後のこととなるのだが――
[感想]
『JFK』『ニクソン』とアメリカ大統領を題材にした経験のあるオリヴァー・ストーン監督だが、3度目の挑戦となる本篇は、先行する2作とは大幅に趣を異にしている。
いちばん顕著な違いは、題材となった大統領が在任のうちに製作・公開されていることだ。日本では後継のバラク・オバマ大統領の名前が定着し、若干ほとぼりの冷めた頃合いでの公開となったが、地元アメリカではそろそろ次期大統領選か、という時期に一般観客に届けられている。ストーン監督に、大統領選を前にした問題提起――というよりも蒸し返しか――の意図もあったのかも知れないが、いずれにせよ大変珍しいケースだろう。
更にユニークなのは、語り口そのものである。製作当時、現役で活動している政権を描いているのに、異様なくらいコミカルだ。やたらと関係者を悪役然と描くのではなく、まして政治家たちの討議を真剣に描いているのでもない。実際に提示された表現や政策がまとめられていく姿を、まるでコントのような雰囲気で再現しているのだ。日本にも現役の政治家たちの物真似をして、その言動の滑稽さを強調する風刺的なコントを披露するグループが存在するが、それを映画という、本来製作・公開に時間を要する媒体でやってしまった感がある。
もうひとつ特徴的なことは、極めて批判的ながらも、不思議なことに中心となる人物を、悪意を以て描写していない、少なくともそういう印象をあまり与えないことだ。
物語は、ジョージ・W・ブッシュが大統領に就任してからの言動や政策を追う一方で、彼の大学時代から大統領に選出されるまでの経緯を並行して描いていく。冒頭、“悪の枢軸”という表現を決める会議の様子や、学校で羽目を外し石油採掘の仕事を衝動的に辞めてしまう姿はコミカルだが、傍目にどう捉えられるかはともかく、当人が真面目にそういう行動をしていることだけは伝わるような匙加減で表現している。
通して観ていくと、当初「親のあとは継がない」と公言し、親からも「政治家の器ではない」と言われていたその理由が解るし、同時にそんな彼がどうして突如として政治家を志し、あんな政策を選択するに至ったのか、だんだん理解できた気分になる。
端的に言えば、異様に思い込みが激しいのだ。何せ“神の啓示”で大統領になったくらいの人物である。裏打ちがなくとも、そうだと確信したら突っ走る、よく言えば思い切りが良く、悪く言えば思慮の浅い性格をしている。
これといって取り柄がなかったにも拘わらず、自分を実際以上に大きく見せる弁舌の才能にだけは優れていたことも、立身出世の上では有効に働いた一方、大統領としての能力を損なった大きな一因のようだ。政治家を志した最初の時期に繰り返し辛酸を舐めたことが余計にブッシュ・ジュニアのそういう才能を“成長”させてしまったのかも知れない。事実、二度の敗北ののち、期待されていた弟が州知事選出馬のため手伝えない、という理由でパパ・ブッシュから大統領選への協力を要請されると、1回で当選へと導いているし、テキサス州知事から大統領に就任するまでの展開は至ってスムーズだったのだから、少なくとも過去に学び成長する力はあった。
ただ結局、激しすぎる思い込みの強さと、細部を検討しない大らかさが、初めてアメリカの本土が攻撃に晒される、という歴史的な大転換期の国政を担うにはあまりに不向きだったのだろう。話に熱中して道に迷い、犬と一緒にテレビでスポーツ観戦している際にプレッツェルを喉に詰まらせ失神するあたりなど、ある意味で愛すべき人柄を感じさせるが、交渉か報復か、という重要な決断を行うのに、勘や思い込みを先行されてはたまらない。
表面的な事実から推測し、意図的に誇張した部分が大きいのだろうが、本篇の論調からすると、当時の政権にはそもそも政治家に向いている人は少なかったような気さえする。中東に眠る資源の確保を目論見んだうえで戦争に打って出ながら、終戦後のイラクをどのように統治するか、何ら具体的な策を持っていなかったらしいのがいちばん顕著なポイントだ。作中、かなり早い時点からイラク戦争について疑義を呈していたパウエル国務長官もそうだが、湾岸戦争の際に深追いをしなかったパパ・ブッシュでさえ、あくまで比較問題に過ぎないが、よほど政治家として優れていた、という印象を与える。
現実に従いつつ、だがそれ故にユーモラスに映る政治の内幕は観ていて確かに滑稽だが、ニヤリとしたあとで背筋にほんのりと冷たいものが走る。こういう政治が、ちょっと前まで実際に行われていたことが、恐ろしく感じられる。なまじ構成が巧く終始興味を惹く組み立てになっているだけに、表面から少し掘り下げただけで喜劇になってしまう、そのこと自体がホラーだ、と言えるかも知れない。
決してブッシュの人格は攻撃していないし、やろうとしたことを否定した映画でもない。だが、その意思と実際の行動とのズレを的確に描き出した、ある意味ではこの上なく正しい伝記映画と言えるだろう。たぶんフィクションであろう終盤の夢のシーンと、最後の記者会見における側近たちの「だめだこいつ」という表情が、情けなくも恐ろしい。――そして、在任中にこんな映画を作らせてしまうとは、ある意味不世出の人材だったのかも知れない。
――しかしオリヴァー・ストーン監督はもしかしたら、少しだけ製作を急ぎすぎた、と後悔しているのではなかろうか、と個人的には思う。日本公開時の広告に用いられている、イラクでの記者会見中に靴を投げられたエピソードが、作中には盛り込まれていないからだ――本国では映画も公開されたあとの話だったはずなので当然だが、本篇の締め括りには、あのシーンこそいちばん相応しかったように思えるのだけれど。
関連作品:
『ノーカントリー』
『ミルク』
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