『麦の穂をゆらす風』

麦の穂をゆらす風 プレミアム・エディション [DVD]

原題:“The Wind that shakes the Barley” / 監督:ケン・ローチ / 脚本:ポール・ラヴァティ / 製作:レベッカ・オブライエン / 製作総指揮:アンドリュー・ロウ、ナイジェル・トーマス、ウルリッヒ・フェルスベルク、ポール・トライビッツ / 撮影監督:バリー・アクロイド / 美術:ファーガス・クレッグ / 編集:ジョナサン・モリス / 音楽:ジョージ・フェントン / 出演:キリアン・マーフィ、ポードリック・ディレーニー、リーアム・カニンガム、オーラ・フィッツジェラルド、メアリー・オリオーダン、メアリー・マーフィ、ローレンス・バリー、ダミアン・カーニー、マイルス・ホーガン、マーティン・ルーシー、ジェラルド・カーニー、ロジャー・アラム、ウィリアム・ルアン / 配給:cinaquanon

2006年イギリス、アイルランド、ドイツ、イタリア、スペイン合作 / 上映時間:2時間6分 / 日本語字幕:齋藤敦子 / R-15

2006年11月18日日本公開

2007年4月25日DVD日本盤発売 [単品:bk1amazonケン・ローチ傑作選DVD-BOX:bk1amazon]

公式サイト : http://www.cqn.co.jp/muginoho/

DVDにて初見(2009/05/04)



[粗筋]

 1920年アイルランド

 医師を志す青年デミアン(キリアン・マーフィ)は、就職先であるロンドンへの出発を控え、名残を惜しむように仲間たちとハーリングに興じていた。だが、その様子を英国軍に見咎められ、集会を禁じる命令に違反している、と言いがかりをつけられ訊問を受ける。ひとりひとり名前と職業を問い詰められているとき、アイルランド訛でしか自分の名前を言えない若者が、苛立った兵士によって処刑されてしまった。

 後ろ髪を引かれながらもロンドンへ向かおうとしたデミアンだったが、移動に使おうとした列車を英国兵が強引に利用しようとし、拒んだ運転士たちに暴行を加えるのを目撃、治療しているあいだに列車は英国兵たちによって無理矢理発進させられ、結果的に取り残されてしまう。立て続けに目の当たりにした英国軍の蛮行に、デミアンは意を翻し、兄テディ(ポードリック・ディレーニー)らが組織した義勇軍に加わることを決めた。

 英国軍と異なり、義勇軍は多くが貧しい農民や労働者で成り立っているため、装備が乏しい。訓練を重ねる一方で、デミアンたちは英国軍の兵舎を襲撃し、装備を奪う作戦にも駆り出された。不意をついての作戦は成功し、義勇軍は貴重な弾薬を確保する。

 しかし間もなく、デミアンたちは意趣返しのような襲撃を受け、テディ率いるチームが一網打尽にされてしまった。英国軍はリーダー格であるテディを拷問、他のメンバーの氏名や拠点を聞き出そうとするが、テディは沈黙を貫く。デミアンたちもまた彼に倣い、全員処刑されるのを覚悟で、秘密を守り通そうとした。

 だがここで義勇軍に僥倖が訪れる。英国兵のなかに、アイルランド出身の若者が紛れ込んでおり、見張りの隙をついてデミアンたちを解き放ったのだ。時間が足りず、3人を置き去りにせざるを得なかったが、大半は脱走に成功する。

 間もなく、置き去りにした3人は処刑されたが、デミアンたちに悲しんでいる暇はなかった。彼らの所在を密告した者たちの始末という、辛い仕事が待っていたのである……

[感想]

 本篇はアイルランド独立戦争を題材にしている。私はこのあたりの歴史については乏しい知識しか持ち合わせがないのだが、それでも本篇を観て困惑することはなかった。テロップは冒頭の“1920年アイルランド”のようにごく限られていたにも拘わらず、である。

 エピソードの整理整頓が行き届いているのだ。冒頭、アイルランド発祥のスポーツであるハーリングに興じている姿を和やかに描いたあと、いきなり“集会を禁じる”という法律を突きつけられる理不尽さ。アイルランド訛でしか自分の名前を口に出来ない若者を処刑し、拒絶する運転士たちに暴行を働いて列車を接収する、英国軍の横暴な振る舞い。これらは争いを忌避し医師への道を進む決意をしていた主人公デミアン義勇軍に参加するきっかけとして用いられているが、同時に当時のアイルランドの民衆がおかれていた立場を極めて簡略に、しかし切実に描き出して伝わりやすい。固有名詞をほとんど用いていないのでアイルランド史の勉強にはならないが、少なくとも未だ燻る炎の出所は理解できる。

 理解する上で更に助けとなっているのは、デミアンの設定だ。聡明で将来を嘱望された医師、しかし悪化の一途を辿る郷里の有様と、図らずも足止めを食ったことで義勇軍に身を投じる。そんな彼が加わった部隊を指揮するのは、昔から憧れだった兄テディだ。この構図が、勢力図の書き換えられた終盤で大きな意味を持ってくる。当時のアイルランドの民衆が直面し、繰り返されたであろう悲劇を、ドラマとして凝縮して描くことに成功しているのだ。

 率直に言って、本篇の作りはかなり地味な印象を受ける。歴史もので、しかも中心人物が貧困層なので、衣裳も舞台にも華やかさはない。戦う場所も色気のない兵舎であったり山野の中であったり、そのうえ重火器の類も用いていないから、迫力に欠ける。

 だが、その華の乏しさが、普通の人々の間近で戦いが繰り広げられていたことを実感させる。英国との悪化する関係の中で虐げられている現実、その修羅場を乗り越えたことで顕在化した悲劇の凄惨さを、生々しく突きつけてくるのである。

 この舞台の身近さは、物語が終盤に近づくと、より強い意味を備えてくる。かつて、英国軍と義勇軍との最前線として採り上げられていた場所が、終盤ではまったく違った構図のなかで開かれた戦端の舞台として再度登場するのだ。カメラワークまでも敢えて反復することで、その悲劇性はより強調される。

 提示した要素を反復する、という手法が本篇で最も活きてくるのは、ラストシーンである。激情に駆られたある人物が放つひと言、それを前に口にした人物を思い浮かべると、あまりに皮肉な運命に、言葉を失う。

 トータルでの地味さは免れ得ないが、アイルランドの歴史に親しんでいない人間であっても、その背景の惨たらしさを実感させる、秀逸な戦争ドラマである――この構図が、現在に至っても尾を引いていることを思うと、尚更に辛い。

関連作品:

SWEET SIXTEEN

28日後…

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