『麦秋』

TOHOシネマズ日本橋、チケットカウンター脇に掲示された告知ポスター。 麥秋 デジタル修復版 [Blu-ray]

監督:小津安二郎 / 脚本:小津安二郎野田高梧 / 製作:山本武 / 製作総指揮: / 撮影:厚田雄春 / 美術:濱田辰雄 / 照明:高橋逸男 / 編集:濱村義康 / 録音:妹尾芳三郎 / 音楽:伊藤宣二 / 出演:原節子笠智衆淡島千景三宅邦子、菅井一郎、東山千栄子杉村春子、二本柳寛、井川邦子、高橋豊子、高堂國典、宮口精二、志賀眞津子、村瀬禅、城澤勇夫、伊藤和代、山本多美、佐野周二 / 配給&映像ソフト発売元:松竹

1951年日本作品 / 上映時間:2時間4分

1951年10月31日日本公開

午前十時の映画祭8(2017/04/01〜2018/03/23開催)上映作品

2016年9月7日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon]

TOHOシネマズ日本橋にて初見(2017/3/6)



[粗筋]

 北鎌倉に居を構える間宮家のひとびとにとって、目下の懸案は、28歳になって未だ独身の紀子(原節子)の嫁ぎ先である。

 家長の周吉(菅井一郎)や長男の康一(笠智衆)らが気を揉む一方、当の紀子は暢気に構えていたが、友人が新たにひとり嫁ぎ、職場の上司・佐竹(佐野周二)から縁談を持ちかけられ、にわかに周囲が騒がしくなってきた。

 その頃、間宮家の家長である周吉の元を、兄の茂吉(高堂國典)が訪ねてきた。やや耳の遠くなった茂吉は、植物学者として未だ研究を続ける周吉に、自分の暮らす大和に移って隠居することを勧める。

 戦争で次男の省二を失いながらも、幸せな家庭を築いていた間宮家に、変化の時が静かに訪れようとしていた――。

[感想]

 小津安二郎の作風が確立されたのはこの2年前に制作された『晩春』である、と言われ、本篇はそうした“小津調”で撮られた作品としては初期にあたる、と考えられる。

 似たようなテーマを追い続け、ローアングルからの厳格な構図で撮っていくスタイルはこのあたりから一貫しているそうで、しかしその一方、作を追うごとに洗練され、研ぎ澄まされていくことも小津作品の特徴であり魅力であったようだ。だからなのだろう、遺作となる『秋刀魚の味』で初めて小津作品に触れてその完成度に魅せられた私には、どうにも物足りなく思えてしまった。『秋刀魚の味』や『東京物語』にあった、全篇に滲む情感が本篇にはやや乏しく感じられたのである。

 ただ、だからと言って、不出来な作品とも思わない。ある意味画一的な表現を用いて、当時の日本のそこここで繰り広げられていたのだろう、と思える現実味のあるやり取りを巧みに切り取り、その時代の空気や登場人物たちの感情を濃密に感じることの出来るひと幕を見事に作り出している。

 それ故に、2018年に生きる我々と、当時の人々の価値観とのあいだにある彼我の差に、内容以前に困惑させられるのも事実だ。もはや28歳くらいなら“行き遅れ”などとからかわれたり心配されることも少なくなっているし、縁談の相手について詮索するのもこうまで大袈裟にはなりにくい。独身女性と既婚女性の会話にしても、既婚女性側がやたらと自らの幸せを喧伝し、独身側がそれをどこかやっかんでいる、といった描写にも隔世の感がある。現代の人間が同じテーマでシナリオを書くなら、独身の楽しさや結婚生活ならではの悩みにも言及せずにはいられないところだろう。

 あえてそうした面を切り離した、という捉え方も出来ようが、独身生活を謳歌する紀子を“暢気”と評価するわりには、そうした切り捨て方がそもそも“暢気”ではないか? と首を傾げたくなる。撮られた時代が時代だから、と鷹揚に受け止めにくいのだ。そうした点も、『東京物語』や『秋刀魚の味』と比べて、やや未完成の印象を受ける一因となっているのかも知れない。

 だが、この時点で既に完成された演出の巧みさ、構図の美しさは全篇で徹底されており、終始魅せられてしまう。周吉がただ擂り鉢で植物をすり潰しているだけの描写、紀子がひとり台所で御茶漬を啜る姿、紀子と義理の姉・史子(三宅邦子)が砂浜に向かって歩いていく後ろ姿、といった何気ないひと幕がこんなにも印象づけられるのは、まったく隙のない演出と構図の為せる技だ。

 また、私が観た3作品の中では、細かなくすぐりがいちばん効いている、とも感じた。康一・史子夫妻の子供たちのいささかやんちゃすぎる言動が随所で細かな笑いを誘い、紀子と友人との軽妙で風変わりなやり取りもやけに微笑ましい。大笑いするような場面こそないが、日常生活で当たり前のようにある、立ち会って口許の緩んでしまう瞬間がちりばめられていることで、隙のない作りに快いゆとりを生んでいることは特筆すべきだろう。

 ストーリーを組み立てる、というより状況の積み重ねを繰り返すことで全体の空気を醸成していき、それが終盤のあるひと幕を境に、がらり、と一変する、その鮮やかさがまた出色だ。そこまでの地味で堅実な描写の積み重ねがあるからこそ、この終幕の心情描写に深みを与え、物悲しくも滋味豊かな余韻を生み出している。

 あくまで、私自身の好みとしては、テーマにおいても構図においてもより磨きのかけられた『東京物語』や『秋刀魚の味』のほうを高く評価する。しかし、まだ“緩み”のある本篇には、それ故の味わいも確かに滲んでおり、そういう意味では、より完成された作品とはまた異なる楽しみ方が出来る1本であり、間違いなく小津監督ならでは作り得なかった傑作である、と言えよう。

関連作品:

東京物語』/『秋刀魚の味

三本指の男』/『砂の器』/『日本橋』/『「空白の起点」より 女は復讐する』/『死者との結婚』/『七人の侍

家族はつらいよ』/『家族はつらいよ2』/『麗しのサブリナ』/『浮かれ三度笠』/『犬神家の一族(2006)』/『武士の家計簿

コメント

タイトルとURLをコピーしました