原題:“Captain Phillips” / 原作:リチャード・フィリップス『キャプテンの責務』(早川書房・刊)、ステファン・タルティ / 監督:ポール・グリーングラス / 脚本:ビリー・レイ / 製作:スコット・ルーディン、デイナ・ブルネッティ、マイケル・デ・ルカ / 製作総指揮:グレゴリー・グッドマン、イーライ・ブッシュ、ケヴィン・スペイシー / 撮影監督:バリー・アクロイド / プロダクション・デザイナー:ポール・カービー / 編集:クリストファー・ラウズ / 衣装:マーク・ブリッジス / 音楽:ヘンリー・ジャックマン / 出演:トム・ハンクス、バーカッド・アブディ、バーカッド・アブディラマン、ファイサル・アメッド、マハト・M・アリ、マイケル・チャーナス、コーリイ・ジョンソン、マックス・マーティーニ、クリス・マルケイ、ユル・ヴァスケス、デヴィッド・ウォーショフスキー、キャサリン・キーナー / 配給:Sony Pictures Entertainment
2013年アメリカ作品 / 上映時間:2時間14分 / 日本語字幕:戸田奈津子
2013年11月29日日本公開
公式サイト : http://www.captainphillips.jp/
TOHOシネマズ錦糸町にて初見(2013/11/29)
[粗筋]
2009年、リッチ・フィリップス(トム・ハンクス)は、船長として貨物船マークス・アラバマ号に搭乗した。オマーンからケニアへ、アメリカからの支援物資を届けるのが任務である。
当初からフィリップスには不安があった。近年、アラビア海には海賊行為が多発しており、各国の船舶が繰り返し襲撃を受けている。マークス・アラバマ号は巨大だが、武器は積んでおらず、海賊に対抗する手段はホースによる放水しかない。海運局からも、海賊に対する警戒を呼びかけるメールが届いた。
非常時に備えて非常訓練の指示を出した矢先のことだった。他に船影のない海に、フィリップスは2艘のボートを発見する。猛スピードで接近する船は武装しており、間違いなくマークス・アラバマ号を狙っていた。
緊張が高まるなか、フィリップスは海賊たちが無線を傍受していると想定して無線相手にひとり芝居を演じ、応援が来るかのように装った。結果、海賊たちは船首を転じて引き返したが、フィリップスはこれで終わりだと思えなかった。船が武装しておらず、戦う用意もない、と苛立つ船員たちを、フィリップスは語気を強くして説き伏せ、警戒を続けさせる。
フィリップスの推測通り、海賊たちに諦めるつもりはなかった。もともと命令で襲撃を行っていた彼らは、手ぶらで帰還することは許されない。甲板に登るための梯子を急造し、故障したエンジンを修理すると、翌る朝、ふたたびマークス・アラバマ号に襲いかかった――
[感想]
“ジェイソン・ボーン”シリーズの2作品で知られるポール・グリーングラス監督は、しかしそうしたフィクション以上に、実際の出来事をモチーフとした、ドキュメンタリースタイルの作品に長けている。アイルランドでの長い確執の発端となった事件を採り上げた『ブラディ・サンデー』、911で唯一、標的を逸れて墜落した旅客機の中での出来事を、証言に基づき再現した『ユナイテッド93』、イラクでの空振りに終わった兵器探索の模様を緊迫した筆致で描く『グリーン・ゾーン』、いずれもハンディカメラの持つ臨場感を活かしたカメラワークで徹底的にリアリティを演出し、まさにその現場に居合わせるかのような感覚をもたらす傑作揃いである。
本篇で語られているのも、2009年に実際に発生した貨物船襲撃事件の顛末だ。いわばグリーングラス監督の本領というべき内容であるだけに、それを知っている私は出来映えにほとんど不安を抱いていなかったが、期待以上のクオリティであった。
そもそもが実話で、しかも視点人物は公海上におり、途中からは人質に取られている。これだけ聞くとほとんど映像に動きがないように思われる。他の視点を随所に挿入したり、情報を与えるタイミングに工夫を凝らしてテンポを生み出す技はあるのだが、スリルのようなものは期待しにくい題材だ。
だが、現実がそうだったのだろうが、本篇の展開は終始緊迫感を維持し、起伏に富んだ内容となっており、エンタテインメントとしての面白さを充分すぎるほどに備えている。アメリカの失業率の高さを嘆く、という本筋とは違ったところで代弁する不安が、やがて海賊の被害が増えている、という明確な危機意識となり、それがすぐに現実のものとなる。無線に放水ホース、そして海賊たちよりも船内の構造を熟知しているという事実、と極めて心許ない武器で立ち向かいながらも、けっきょく船に乗り込まれてしまう。わずか4人とはいえ、武装している相手に太刀打ちするのは難しいという現実に打ちひしがれる間もなく緊迫した駆け引きは続き、瀬戸際の選択の果てに船長は海賊たちの捕虜となって救命艇とともに海に放り出される。
巧妙なのは、他の視点を織りこむ際の匙加減である。フィクションとしての感動を過剰に演出したがる作り手が担った場合、恐らく救出する側の役割は1人の架空の人物に集約され、そちらにもドラマを盛り込んで、より大きな感動をもたらす工夫をするかも知れない。それも手法としては間違いではないが、本篇は基本的に、フィリップス船長の感情のみに焦点をあて、他のものは最小限に留めている。そのドライな描写が、船長の身に起きた出来事を追体験する観客にもいっそうの緊張をもたらす。
一方で、きちんと海賊側の事情や、彼らの退っ引きならない立場もちらつかせているのが巧妙だ。『ユナイテッド93』ではハイジャック犯の状況、不退転の覚悟を随所に盛り込み、『グリーン・ゾーン』では予定調和に陥らない締め括りで仄めかしたのと同様に、グリーングラス監督は決して多くの観客が属するであろうアメリカ側の立場からのみで物事を捉えないような描写を心がけ、事態の背後に横たわる問題を仄めかす。そこに決して教訓めいたものや、解決法があるかのような幻想を含めていないから、あからさまではない代わりに重く静かにのしかかる現実を感じさせる。
娯楽映画めいたスリルを絶えずたたえながらも、トーンは一種淡々として過剰な力みはない。だからこそ全篇がひとかたまりとなって、観終わったあとにのしかかってくる。ドキュメンタリー・タッチを貫きながらも、“ジェイソン・ボーン”シリーズで娯楽映画としての方法論を追求し、『ユナイテッド93』、『グリーン・ゾーン』でジャーナリスティックな手法を研ぎ澄ませ、それらが本篇で更なる昇華を遂げた。ひとによって好みの違いはあろうが、ポール・グリーングラス監督が極めてきた作風の集大成に位置づけられる作品であることは確かだ。
関連作品:
『ユナイテッド93』
『グリーン・ゾーン』
『ニュースの天才』
『路上のソリスト』
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