原題:“Beasts of the Southern Wild” / 監督:ベン・ザイトリン / 脚本:ルーシー・アリバー、ベン・ザイトリン / 製作:マイケル・コットウォルド、ダン・ジャンヴェイ、ジョシュ・ペン / 製作総指揮:フィリップ・インジェルホーン、ポール・メイジー、マイケル・ライズラー / 撮影監督:ベン・リチャードソン / プロダクション・デザイナー:アレックス・ディジェランドー / 編集:クロケット・ドープ、アフォンソ・ゴンカルヴス / 衣装:ステファニ・ルイス / 音楽:ベン・ザイトリン、ダン・ローマー / 出演:クヮヴェンジャネ・ウォレス、ドゥワイト・ヘンリー、レヴィ・イースターリイ、ローウェル・ランデス、パメラ・ハーパー、ジーナ・モンタナ、アンバー・ヘンリー、ジョンシェル・アレクサンダー、ニコラス・クラーク、ジョセフ・ブラウン、ヘンリー・D・コールマン、カリアナ・ブラウアー、フィリップ・ローレンス / 配給:PHANTOM FILM
2012年アメリカ作品 / 上映時間:1時間33分 / 日本語字幕:?
2013年4月20日日本公開
公式サイト : http://www.bathtub-movie.com/
ニッショーホールにて初見(2013/04/11) ※試写会
[粗筋]
ハッシュパピー(クヮヴェンジャネ・ウォレス)は父ウィンク(ドゥワイト・ヘンリー)と一緒に、“バスタブ”と呼ばれる地域で暮らしている。この地域は常に浸水の危機に晒されており、最近は町との境に築かれた堤防によって、いよいよ水害に対して脆弱になっていた。
集落を離れようとする人々を「情けない」と言っていたウィンクが、ある日突然姿を消した。薄々覚悟を決めていたハッシュパピーは独力で生きることにして、自分なりに生活の術を身につけようとするが、その矢先に父は忽然と舞い戻ってくる。だが、妙に刺々しい態度にハッシュパピーはふて腐れ、父と喧嘩を始めた。途中、突然にウィンクが倒れてしまうまで。
動揺したハッシュパピーは、バスタブで子供たちに勉強を教えているミス・バスシーバ(ジーナ・モンタナ)を訪ねて助けを求めた。しかし折も折、バスタブ一帯は、迫り来る嵐により、恐れていた水没の危機に直面して、誰もが慌てている。ミス・バスシーバはハッシュパピーに薬を与え、彼女を疾らせた。
けれど、ウィンクはいつの間にか目を醒ましていた。ハッシュパピーを家に連れ戻すと、このときに備えて用意していた特別製のボートのうえで夜を明かす。耳を聾さんばかりの暴風雨が去り、夜が明けると、バスタブの集落はすべて水に沈んでいた……
[感想]
子供は大人とまるで違う世界を見ている、と感じたことはないだろうか。大人なら、経験や常識と照らし合わせて、現実的な判断や辻褄合わせをするものだが、そのどちらも不充分な子供たちはしばしば突拍子もない行動に出る。きっと、彼らなりに自分のなかで平仄を合わせ、考えた上で動き喋っているのだろうが、前提に欠けている部分があったりするから、まるで予想を超えたものになってしまう。
本篇に感じるのは、そんな“子供の世界”なのだ。やけに大人びた思考で世界を語っているが、認識する出来事はごく狭く限られている。見ているものの背景が理解できず戸惑い、しばしば大きな飛躍が生じる。
主人公ハッシュパピーの頭のなかでは、様々な現象や彼女自身の想いが、別の何かに重ね合わされている。襲いかかる脅威がオーロックスという今は滅びた獣に重なるかたちで訪れて、嵐の轟音と共に現れて集落を押し潰し、そして終盤の窮地で間近まで迫ってくる。他方、ハッシュパピーが望みを託すのは、いまは近くにいない母親だ。海の彼方に見える灯りを母が点したものだと考え、とんでもない行動に出る。ハッシュパピーの視点で描かれた本篇は、そうしてひとつひとつの出来事と彼女の行動とを結んでいくことは可能だが、しかし大人の常識からすれば間違いなく突飛だ。それがごく当たり前のこととして描かれる本篇の空気には独特のものがある。
鑑賞前、“実写版ジブリ”という表現を目にしたが、そう言われてみると確かに近い。同じプロットをスタジオジブリのタッチでアニメにした様子が、容易に思い浮かぶ。だがそれは、ファンタジー的な描写よりもむしろ、舞台設定やハッシュパピーの周りにいるひとびとの個性がジブリ作品を想起させるからだろう。
バスタブという土地が置かれている状況、仄めかされている部分から推測される現実は生々しく、極めて過酷だ。現に、作中ではバスタブから逃げ出すひとの姿が描かれているし、ハッシュパピーたちの立場から離れてみれば、極めて現実的に彼女たちを救おうとしているひとも登場する。そんななかで、ハッシュパピーと父ウィンクを囲むひとびとの、さらっと描かれながら、妙に際立った個性が印象的だ。授業で太腿のタトゥーを披露する先生にいきなり度胆を抜かれるが、その後も決して露骨に主張はしないが、ちょこちょこ悪目立ちする人物が現れる。こうした個性が、冷静に考えれば不衛生で薄汚い、しかしハッシュパピーの目線からは不思議なほど華やかで魅力に溢れた世界で活き活きと躍っている。
そして、そういう世界を見つめるハッシュパピーという少女の逞しさこそ、本篇の世界観、圧倒的魅力を決定づけている。彼女が見つめる、ワクワクを掻き立てる、けれど残酷な世界で、しかし自らの為すべきことをちゃんと選び、突き進んでいく姿の力強さときたら。それこそジブリ映画のヒロインたちにも似て、泥臭いけれど美しい。
本篇の中にあっても、世界は厳しく、ハッシュパピーたちに優しくない。だが、そんな彼らが互いに向ける思いのひたむきさは、だからこそしっかりと感じられる。序盤、父親の彼女に対する行動は虐待に見えなくもないのだが、次第に彼が本気で娘を守ろうとしていることが解る。いちど姿を消したあと、再登場の際の服装が何を意味するのか、大人ならすぐに気づくはずだ。ウィンクの、そういう自らの問題を押しのけてでも我が娘のために、という覚悟が、次第に胸を打つ。そして、そんな父親だからこそ、あの奇跡のようなクライマックスを目撃するのだ。
ファンタジー、といえばそうだが、裏側に覗く本当の姿は決して優しくない。しかし、そんな世界でも、美しく輝かしく掴んでしまうひとの姿は、凛々しく逞しい。あまりにも飛躍しすぎる物語に入り込めないひともいるだろうが、その真価に触れれば、きっと魅せられてしまう。
関連作品:
『崖の上のポニョ』
『クジラの島の少女』
『プレシャス』
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