ウラディミール・コスマ / 出演:ウィルヘルメニア・フェルナンデス、フレデリック・アンドレイ、リシャール・ボーランジェ、チュイ・アン・リュー、アニー・ロマン、ローラン・ダルモン、ドミニク・ピノン / 配給:フランス映画社 / 映像ソフト発売元:Happinet
1981年フランス作品 / 上映時間:1時間58分 / 字幕監修:山崎剛太郎
1983年11月23日日本公開
2011年9月2日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]
第2回午前十時の映画祭(2011/02/05〜2012/01/20開催)《Series2 青の50本》上映作品
TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2011/12/26)
[粗筋]
郵便配達員のジュール(フレデリック・アンドレイ)は、オペラ歌手のシンシア・ホーキンス(ウィルヘルメニア・フェルナンデス)に憧れていた。はるばるミュンヘンのコンサートにまで赴いたことのある彼は、地元で開催された彼女のコンサートにこっそりと録音機材を持ち込み、更にサインを貰うために楽屋に通されたとき、シンシアのローブまで持ち帰ってしまう。
同じ頃、パリでは密かに、ある深刻な事件が進行していた。娼婦として囚われていたナディアという女が黒幕のもとを脱出、警察に密告して足を洗うつもりでいたが、直前に刺客によって暗殺されてしまう。このとき偶然に、現場に居合わせたのがジュールだった。ナディアは刺客の手に落ちる直前、ジュールのバイクに固定された鞄の中にカセットテープを放り込んでいた。
そうとは知るよしもなく、いつも通りの生活を送っていたジュールだったが、ある日、アパートに戻ると、彼の部屋は見るも無惨に荒らされていた。機材に被害はなく、テープがことごとく駄目にされている。幸いに、先日録音したテープは、最近知り合ったベトナム系の少女アルバ(チュイ・アン・リュー)に貸していて無事だった。密かに録音し、ローブを盗んだ経緯もあって、ジュールは当初、刑事がやったと思いこむが、アルバの保護者である謎めいた男ゴロディシュ(リシャール・ボーランジェ)は「警察のやり口ではない」と否定する。
しかしその頃、娼婦たちの元締めである黒幕も焦っていた。彼らはジュールのもとにテープがあるらしいことを突き止めていたが、自分たち以外の何者かによってジュールのアパートが荒らされた事実に、別の勢力が動いていると悟ったのである。
一方ジュールは、自分を狙っているのがどういう人物かも知らないままに、いまさらながら覚えた罪悪感に駆られ、ローブを返すためにシンシアのもとを訪ねるのだった……
[感想]
とても風変わりな作品だと思う。
1本のテープをきっかけに、青年が事件に巻き込まれ、組織に追われる羽目に……というと有り体なサスペンスに聞こえるが、本篇の実情はそこまでシンプルではない。青年が“ディーバ”と称されるオペラ歌手のファンで、決して自らの歌声をレコーディングしようとしない彼女のコンサートで密かに録音をしていたことから、微妙にこんがらかった事態に発展する。
だが、“事件”と呼べるような出来事の構造は、非常に単純なのだ。犯罪組織の行動にはちょっとした秘密があるものの、少し想像すれば解ることだし(そもそもあんまり隠す気がないような描写だ)、同時進行でジュールを狙う者の背景も行動理念も単純明快だ。
この作品はむしろ、主人公であるジュールや、彼に近い人々の行動のほうが謎めいていたり、意味深だったりする。ジュール自身、アルバという少女に惹かれているような素振りを見せる一方で、盗んだローブを雇った娼婦に着せて一夜を共にし、そのあとでやっとシンシアに返す。結果的に彼にとっていちばんの救いを齎すアルバにしても、ジュールに気があるのか、それとも彼女を引き取っているゴロディシュに想いがあるのかはっきりとしない。いわばタイトル・ロールであるディーバことシンシアにしても、何故ジュールに心を許したのか。
そうした、決して全体像を見せない人物同士の交流が生み出すムードが、本篇では不思議な魅力となっている。廃車で飾られたジュールのアパートに、アルバがローラースケートで行き来するゴロディシュのアパートの奇妙な意匠、ジュールとシンシアの一風変わった逢瀬、などなど、他の映画、違うシチュエーションではあり得ないようなヴィジュアルが展開される。この洒脱なムード作りには、如何にもフランス映画らしいセンスを感じさせる。
そして、複数の思惑が絡みあって生み出されるサスペンスの妙味がまた秀逸だ。それぞれがシンプル極まりないので、余計に変化が読みにくく、最後まで見通しの効かない緊張感が漲っている。そのうえでジュールやアルバ、ジュールを追う2人組の言動などにユーモアを鏤め、ところどころに意図的な緩みをつけているのも巧い。
ある人物のあまりに格好いい活躍で、事件はかなり綺麗に収まるが、しかし本篇の真骨頂は、それでも明白にならない象徴の数々が残す美しい余韻にこそある。ゴロディシュとアルバの本当の関係や、ジュールに“ディーバ”を交えた彼らのあいだの感情も謎めいているが、その端々で示される素朴な表情が印象的だ。ジュールがシンシアに逢いに行った、ということを、嫉妬の小芝居を交えているように見せかけて、本当に拗ねているような表情をアルバがちらつかせるあたりや、エピローグでシンシアがジュールに見せる反応が、特に味わい深い。
どこかボーイ・ミーツ・ガールめいた冒険ものの匂いさえ漂わせたサスペンスでありながら、微温的なロマンスの味わいもある。そうして娯楽映画的な衣を纏いながら、意匠や表現には文芸作品の芳香も感じられる。通り一遍でない、独特の魅力に満ちあふれた作品だと思う。私の記憶のなかには、これに類する映画というのはほとんど存在していない気がする。
関連作品:
『アメリ』
『ミックマック』
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