幽 Vol.003

幽 Vol.003 『幽 Vol.003』

東雅夫[編]

判型:A5判

版元:Media Factory

発行:平成17年7月24日

本体価格:1514円

商品ページ:[bk1amazon]

 本邦(たぶん)初の本格怪談専門誌、第三号。コーナーごとに分けて簡単に感想を残しておきます。

 第一特集は、怪談を日本近代文学の俎上に乗せ薬籠中にしてしまった内田百輭。毎度お馴染みの東編集長らによる現地探訪に、岡山に縁の深い岩井志麻子氏の書き下ろし短篇と、現在も岡山に居住し妖怪にまつわる文筆業に勤しんでいる化野燐氏による妖異事件簿を掲載している。旧刊にしてもそうだったが、せいぜい四十ページ足らずの記事にも拘わらず、読み通すと特集対象をかなり知った気分にさせてくれるのが見事。また、特集と切り離してて読んでも、ホラー作家としての本領を発揮したトリッキーさを見せつけた岩井氏の短篇はかなりの収穫であると思う。ただ、その肝心の短篇専用の文字組みにいささか癖が強すぎて読みづらいのが残念。

 続く九十ページほどは連載・読み切り短篇パートである。発想はありがちだがいかにもらしい料理で仕上げている綾辻行人有栖川有栖両氏、古典風の語り口に磨きがかかってきている山白朝子氏、本当に実話かと見紛う筆致の巧みさが光る小野不由美氏、『新耳袋』の原典を馴染みやすいタッチに翻訳した京極夏彦氏、いずれも読み応えがあるが、特に注目したいのは今号から連載開始した恩田陸氏の作品である。怪奇現象の目撃談が多い建物に人が詰めかけるのはよく聞く話だが、そこに人が住んでいたらどう感じるのか? というのはありそうでもなかなかに意表を衝いた着想である。独特の美しい文章と、終息するように見せかけてふ、と拡散する氏特有の作風も雰囲気によくマッチしている。次はどういう手で来るのか、今から楽しみだ。

 130ページからは対談を含む、本誌の本領とも言うべき実話怪談パート。

 これまで“見る”ことの出来る人に対して話を伺っていた加門七海氏の連載対談はやや趣を変え、『XXX HOLiC』で怪奇現象を真摯に描いているCLAMPの四氏に体験談や怪奇現象・迷信などに対する心構えを訊ねている。それ自体興味深い内容ではあるが、この幕引きではその後の話も気になって仕方ない……いっそ別枠で公開してくれないものだろうか。

新耳袋』の木原浩勝氏の連載・怪談ハンターは北陸の消防士お三方に話を伺っている。消火の現場ではさして目撃談はない代わりに、救急や署内、自宅での経験談が結構出て来ている。消防士の体験談としてよりは、木原氏の怪談採集の際の空気に触れるような感覚が面白い企画である。続く中山市朗氏と北野誠氏による『やじきた怪談旅日記』は、新耳袋トークイベントで毎回のように行き先の候補が挙がるわりには結構無難なところを選んでいる気がする――とは言え、十年越しの目撃談があったり、怪異を目撃する人に条件が存在するなどなかなか特殊な現場を選んでいるのは、やはり吟味している故か。毎回若干それらしい出来事が確認されただけで終わり、というこのシリーズだが、常連的に同道しているI氏がとうとう本物を掴んだらしい、というのが収穫だろう――生憎とビデオ媒体に記録された怪奇現象だったため、誌上では真偽を確かめるべくもない、というのが残念だが。

 実話怪談および怪談評論とも言うべきこれ以降の箇所はほぼ例外なく読み応えがあるが、今回は特に福澤徹三氏『続・怪を訊く日々』冒頭の「食卓」というエピソードが秀逸である。もういい加減怪談のパターンなど出尽くした感があるのだが、このエピソードの怪異はパターンを一部なぞりながら更に厭な方向へと捻りを加えている。直接異様なものが目に映るわけではない、しかし間違いなく不気味な出来事という、希有な一篇である。その福澤氏の章の文字送りが一部狂っていたり、平山夢明氏のパートのフッターが『こめかみ草紙』ではなく『こめかみ草子』になったりしているのは……まあご愛敬、ということで。

 漫画パートもそれぞれ独自の観点から“怪談”を描き、なまじの漫画雑誌などより遥かに読み応えがあるが、今回は“妖精”という観点から綴った伊藤三巳華氏の作品がなかなか面白かった。“妖精”の目撃と居心地のよい空気、という点から怪異の発生する場所を分類する発想が興味深いのですが、それをこの方の絵柄でやっているのがまた不思議な印象を齎している。

 次から三十ページほどで第二特集として、さきごろ完結を迎えた『新耳袋』研究を行っている。ゆかりのある人々それぞれに十本ずつお気に入りのエピソードを選出してもらって百物語を構成してみる、という企画は発想は良かったものの、かなり選ばれる作品が被っているため百には達成していない気がするのがちょっと勿体ない。他人の意見を見計らいながら選ぶのもまた変なことなので致し方ない点ではあるが。この特集では、小学五・六年生に「いちばん怖かった話」を選んでもらい統計を取る、という企画が出色であるように思う。どうしても大人の観点や、怪談を読み慣れた見地から判断しがちなので、このくらいの読書にも世知にも目が眩んでいない年頃の評価がいちばん純粋なものかも知れない――翻って、この子たちが全員全十夜を通読しているともさすがに思えず、そういう点ではやや公平さに欠くとも思うのだが、子供達の文章で綴られた率直な感想がその弱点を補っている。もう『新耳袋』もそんなに怖く感じないなー、とお思いの方にはこの項を読んで初心を振り返っていただきたい。星野智氏製作の全巻インデックスは、分類が恣意的であるうえに、複数のカテゴリに該当しそうな話を無理矢理一箇所に押し込めているために、あまり役立てられそうにない。出来ればもっと充分な紙幅を得たうえで、更に丁寧に纏め直していただきたい。実際、全巻に跨る索引があると大変便利だと思うのだが。

 あちこちで難点は挙げたものの、怪談雑誌としては無論のこと、文芸誌としても充実した一冊であることに変わりはない。下手な怪談本三・四冊買うよりも、本書一冊買った方が間違いなくお得で経済的である。

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