TOHOシネマズ日本橋、エレベーター正面に掲示された『蜘蛛巣城』上映当時の午前十時の映画祭12案内ポスター。
原作:ウィリアム・シェイクスピア『マクベス』 / 監督:黒澤明 / 脚本:小国英雄、橋本忍、菊島隆三、黒澤明 / 製作:黒澤明、本木荘二郎 / 撮影:中井朝一 / 美術:村木与四郎 / 美術監修:江崎孝坪 / 照明:岸田九一郎 / 特殊技術:東宝特殊技術部 / 音楽:佐藤勝 / 出演:三船敏郎、山田五十鈴、志村喬、久保明、太刀川洋一、千秋実、佐々木孝丸、清水元、高堂国典、上田吉二郎、浪花千栄子 / 配給:東宝
1957年日本作品 / 上映時間:1時間50分
1957年1月15日日本公開
午前十時の映画祭12(2022/04/01~2023/03/30開催)上映作品
2015年2月18日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video|Blu-ray Disc]
NETFLIX作品ページ : https://www.netflix.com/watch/81281872
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2022/11/22)
[粗筋]
蜘蛛巣城の城主・都築国丸(太刀川洋一)に対し、北の舘の主・藤堂が目論んだ謀反は、砦を守る鷲津武時(三船敏郎)と三木義明(千秋実)の奮闘によって制圧された。喜んだ都築は、ふたりを蜘蛛巣城へと召した。
だが武時たちは、どういうわけか、蜘蛛巣城の関門ともなっている《蜘蛛手の森》で道に迷う。通い慣れた往来で何故、と訝るふたりの前に、どこからともなく、この世の者とは思えぬ奇妙な妖婆(浪花千栄子)が現れる。ふたりの問いかけに妖婆は、武時は間もなく北の舘の主となり、蜘蛛巣城を手に入れるであろう、と予言する。そして義明もまた一の砦の大将に、そしてその子・義照(久保明)は蜘蛛巣城主となる、と予言し、姿を消す。
むろん真に受けなかったふたりだが、召し上げられた城で、都築から直々に、武時は北の舘を、義明は一の砦を委ねられ、驚愕する。
この状況で蜘蛛巣城を手中に収めるとなれば、謀反しかあり得ない。忠誠を誓っていた武時は躊躇するが、事情を聞いた妻・浅茅(山田五十鈴)は千載一遇の好機、と夫を鼓舞する。いまは戦国、下剋上は世の習い。武時とて、戦に乗り出したからには、野心はあった。しかもその晩、都築は北の舘に入り、床に就いている。これ以上の好機はなかった。
そして遂に武時は、自らの手を主の血で汚した。見張り番の兵に謀反者の汚名を被せ、都築の側近・小田倉則保(志村喬)らを追撃する。小田倉たちは蜘蛛巣城に戻るが、既に本丸に入っていた義明の兵は小田倉たちに矢を放ち追い払う。
すべては物の怪の予言通りだった。武時と浅茅には世継ぎはいない。武時は幼馴染みでもある義明の息子を養子に入れて、最終的に義明の子が蜘蛛巣城の主となる、という予言に沿って状況を整えようとする。だが、行動に移そうとした武時に、浅茅は「世継を身籠もった」と告げた――
[感想]
世界各国で繰り返し上演されるウィリアム・シェイクスピアの戯曲は、舞台以外のジャンルでも採り上げられている。オリジナルに沿った作品もあれば、『ウエスト・サイド・ストーリー(2021)』のように、時代を変えて脚色され、そちらのヴァージョンもまたスタンダードになるほどだ。
本篇はシェイクスピアの代表作のひとつ『マクベス』を、本邦の巨匠・黒澤明が日本の戦国時代を舞台にして脚色した作品である。
そもそもシェイクスピア作品、とりわけ名を残す傑作の凄みは、時代や国境を越え舞台を変えても通用する主題の普遍性にあり、それは前述した『ウエスト・サイド・ストーリー』でも明白なのだが、文明的に大きく異なる流れを持つ日本で、それも戦国時代であっても通用する、という発見がまず出色だ。本篇のクレジットにシェイクスピアの名はなく、もし知識がなければ、はなからオリジナルと認識しても不思議ではない。
そもそも転用の仕方が非常に上手いのである。戦国であればこそ、あり得る状況の変遷。主君に忠実であった鷲津に訪れる思いがけない立身出世と、預言という“後押し”。更には妻君の口にした“戦国は下剋上の世”という言葉。機会がもたらされ、なおかつこの時代ならではの“価値観”も鷲津を鼓舞し、彼を謀略へと駆り立てていく。神秘と欲望の絡みあう、ドラマとしての奥行きが凄まじい。
一見して現代の映画と比べ、長い間を設けた演出が印象的だが、どうやらこれらは《能》をモチーフにしているらしい。言われてみれば、間の取り方ばかりでなく、冒頭の低く唸るような謡い、鷲津武時や妻の浅茅、妖婆の表情にも能面の影響が窺える。シェイクスピアを雛形としているが、こうした伝統的な要素、表現との融合が絶妙で、翻案ながら本篇には日本であればこその情緒、風格が充分すぎるほどに備わっている。
惨劇をあえてじかに見せなかったり、表情を丹念に追ったり、と重厚な演出を見せる本篇だが、その情念が凝縮されたクライマックスの迫力は凄まじい。群衆がジリジリと迫り、蜘蛛巣城へと押し寄せる様もさりながら、圧巻なのは鷲津が矢を射かけられる場面だ。安全対策も講じながら、演じた三船敏郎には内緒で本物の矢も射ており、そこで見せる恐怖の表情には一切の嘘偽りがない――現代ではもはや許されぬ手法だし、撮影後に激昂した三船が黒澤明監督の家を襲った、という逸話も生まれているほどだが、その強烈な映像は間違いなく一見の価値がある。ただ、ヤの降り注ぐ様が壮絶なだけではない。そのシーンにおける大勢の振る舞い、カメラワークまで含めて、歴史的な名場面なのである。
本篇には、たとえば『七人の侍』や『椿三十郎(1962)』のような、ほとんどの人物の個性がきっちり確立され、それぞれに印象を残すような設定の緻密さは感じにくい――黒澤監督のことだから、詳細な設定を組んでいてもおかしくないが、少なくとも着眼はそこではあるまい。イギリスの中世に執筆された戯曲を日本の世界観、文化、伝統で翻案し肉付けし、日本的でありながらも世界に響くような、ひとりの人物の荘重で悽愴な悲劇を構築したことにある。プロローグと共鳴するラストシーンの生み出す無常観まで、神経の行き届いた傑作である。
関連作品:
『野良犬』/『羅生門』/『七人の侍』/『隠し砦の三悪人』/『用心棒』/『椿三十郎(1962)』/『天国と地獄』/『赤ひげ』
『姿三四郎』/『生きる』/『日本のいちばん長い日<4Kデジタルリマスター版>(1967)』/『砂の器』/『八甲田山<4Kデジタルリマスター版>』/『私は貝になりたい(2008)』
『男はつらいよ 知床慕情』/『東京暮色』/『ゴジラ(1954)』/『濡れ髪喧嘩旅』/『近松物語 4Kデジタル復元版』
『ロミオとジュリエット(1968)』/『ウエスト・サイド・ストーリー(2021)』/『ロミオ+ジュリエット』/『恋におちたシェイクスピア』/『もうひとりのシェイクスピア』/『荒野の七人』/『許されざる者(2013)』
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