TOHOシネマズ日本橋、スクリーン7入口脇に掲示された『フェイブルマンズ』チラシ。
原題:“The Fabelmans” / 監督:スティーヴン・スピルバーグ / 脚本:スティーヴン・スピルバーグ、トニー・クーシュナー / 製作:トニー・クーシュナー、クリスティ・マコスコ・クリーガー、スティーヴン・スピルバーグ / 製作総指揮:ジョシュ・マクラグレン、カーラ・ライジ / 撮影監督:ヤヌス・カミンスキー / プロダクション・デザイナー:リック・カーター / 編集:サラ・ブロシャー、マイケル・カーン / 衣装:マーク・ブリッジス / キャスティング:シンディ・トラン / 音楽:ジョン・ウィリアムズ / 出演:ミシェル・ウィリアムズ、ポール・ダノ、セス・ローゲン、ガブリエル・ラベル、マテオ・ゾリヤン、ジャド・ハーシュ、ジュリア・バターズ、バーディ・ボーリア、キーリー・カーステン、アリーナ・ブレイス、ジーニー・バーリン、ロビン・バートレット、クロエ・イースト、サム・レヒナー、オークス・フェグリー / 配給:東宝東和
2022年アメリカ作品 / 上映時間:2時間31分 / 日本語字幕:戸田奈津子 / PG12
第94回アカデミー賞作品・監督・オリジナル脚本・主演女優・助演男優・プロダクションデザイン・作曲部門候補作品
2023年3月3日日本公開
公式サイト : https://fabelmans-film.jp/
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2023/3/28)
[粗筋]
1952年、ニュージャージー。サミー・フェイブルマン(マテオ・ゾリヤン)は生まれて初めて映画を観た。巨人が出てくる、真っ暗な場所に閉じこめられる、という断片的な情報に怯えていたサミーに、電気技師の父バート(ポール・ダノ)とピアニストの母ミッツィ(ミシェル・ウィリアムズ)はその魅力を説いて、映画館に連れていった。
サミーは両親が想像する以上に、映画の世界に魅せられた。とりわけサミーの心を揺るがしたのは、走る列車を止めるために自動車で線路に進入し、衝突するシーンである。ユダヤ人であるフェイブルマン一家は、クリスマスを祝わない代わり、ハヌカーにプレゼントを渡す習わしになっており、サミーはそのプレゼントに列車の模型をおねだりすると、家族の寝静まった夜に、映画と同じシチュエーションを用意して、衝突するさまを眺めて悦に入る。
当然のように模型は壊れてしまったが、父が修理したあとで、サミーはふたたび列車の衝突を見たい衝動に駆られる。そこでミッツィはサミーに、ホームビデオ用のカメラを使わせる。それで撮影すれば、何度でも見返すことが出来る。サミーは様々なアングル、カット割りを駆使して、初めて観た映画さながらの衝突シーンを撮影した。
これを契機に、サミーは映画作りにのめり込んだ。ふたりの妹たちを巻き込んで、家のものを駆使してホラー映画を撮り、やがては友達も巻き込んで、より凝った撮影をするようになる。彼の撮影した西部劇は、家族や友達から大喝采を浴びるのだった。
バートがその技術を買われ、重工業の会社に転職すると、一家はアリゾナ州へと転居した。成長したサミー(ガブリエル・ラベル)は広大な大地を活かし、戦争映画まで撮るようになっていた。母も、アリゾナの風土が肌に合ったようで、以前よりも表情が活き活きとしている。
しかし、順調に見えるフェイブルマン一家の暮らしには、知らず知らずのうちに、歪みが生じ始めていた――
[感想]
もはや“生きる伝説”と化した感のあるスティーヴン・スピルバーグが、自らの少年期をベースに撮った本篇には、確かにスピルバーグ作品とのリンクが無数に感じられる作りとなっている。
いきなりニヤリとさせられるのは冒頭、初めて観た映画『地上最大のショウ』に影響を受けたサミーが、オモチャの列車を使って衝突事故のシーンを描くくだりだ。何よりも最初にスペクタクルに惹かれ、自ら撮影してしまうあたりに、スピルバーグが大抜擢されテレビ映画として撮影した傑作『激突!』を想起させずにおかない。そうして家族や友達を巻き込んだ映画作りが始まると、その題材やモチーフに、後年のスピルバーグの面影が確かに窺える。とりわけ、工夫を凝らして撮った戦争映画と、その演出手法には、既に『プライベート・ライアン』の片鱗がちらつく。むろん、幼い日のスピルバーグが本当にこういう手法で、このクオリティの作品を撮ったわけではないだろう――事実、スピルバーグ自身も、「当時撮ったものより出来がいい」と断言しているらしい――が、確かに彼自身を投影し、その原点であることを意識した作り方になっていることは間違いない。
では全篇が“映画を作る”ことの喜びに満ちあふれているのかというと、そうではない。初めて観た映画の列車衝突シーンに魅せられて、自ら映画撮影を始めたサミーだが、熱中するわりにその意義や、作るもののテーマに対しては無頓着だ。思いつくまま撮っているのは、それ以上の楽しみを知らないからで、たとえば情熱や、「どうしてもこれを描きたい」という使命感といったものは窺えない。ある時期からは、映画を撮ることで持てはやされるのを知ったから続けているような節すらある。
むしろ本篇から読み取れるのは、映画で表現する、という行為の厄介さだ。特にそれは2つの場面で如実に顕れる――詳述は控えるが、映画、カメラというものが、撮影者も被写体も想像のしない形で、ある意味では真実を暴き、ある意味では現実を誇張してしまう、というその描き方は、映画の力を示すという以上に、先妻に扱うべきものだ、という意識が窺える。現在のスピルバーグ監督はさながら“映画の申し子”のように映るが、本篇に監督自身の記憶が反映されている、というのを鵜呑みにするなら、映画というものに対して抱く、畏怖とも警戒心とも言えるものがその背後にはあるのかも、と考えさせる描写だ。
しかしそのことを抜きにしても、本篇における家族の事情、社会背景の扱い方は少々特異だ。
父の出世に伴い、サミーはアメリカ各地を転々とするのだが、土地によってユダヤ人の扱いが大きく異なる。最初、サミーにとっては“クリスマスに家を飾ってない”程度の認識だったが、成長し、生活圏が変わるほどに、ユダヤ人に対する風当たりは変化し、最も多感な時期に最悪の迫害を受ける。客観的には、あまりにも無神経な思い込みに過ぎないのだが、既に成立した偏見に投げ込まれると人は弱い。ましてまだ若いうちなら、その影響を顕著に受ける。劇中で描かれているのは1950年代から60年代だが、これほどの差別が色濃く残っていた、という描写は衝撃的だ。
そしてもうひとつのポイント、家族の事情については、やはりあまり深く語らない方がいいだろう。ただ、いささか特異な人間関係と変遷にも拘わらず、誰かの印象がひたすらに悪くなるような表現を避けているのに驚かされる。もし他の作り手が同様なシチュエーションを与えられたなら、誰かしらに悪感情を抱く見せ方になりそうなところを、本篇は絶妙なところで抑制している。
恐らくはそれでも、誰かを悪者に捉えてしまう観客は少なからずいるはずだ。ただそれは観客が自身の価値観、昨今の判断基準で評価しているだけに過ぎない。本篇の語り手は、どうしても誰かを憎むことの出来ない、というのが切ないほどに伝わってくる。むろん、ほとんどが事実に沿っているならそれはスピルバーグ自身の心情なのだろうが、そうでなかったとしても本篇の表現は繊細で優しい。
本篇は、この当時の様相を巧みに切り取りながら、そこを理想郷にも悪意の巣窟にもしていない。たぶんスピルバーグにとって、本当に創作の原点にある記憶、体験を、高度な抑制と大胆な脚色で物語として成立させた、まさにスピルバーグの経験とスキルが集約された作品なのだと思う。ファンならば必見、そうでない人も、あえて本篇から鑑賞して『激突』や『E.T.』、『プライベート・ライアン』といった代表作に接していく、というかたちで楽しむのもまた一興だろう。
……それにしても、私が本篇を観ていていちばん度胆を抜かれたのは、ほぼラストシーンにあたるひと幕なのだが、あれは果たして実体験なのか、それともスピルバーグの夢や想いを籠めたものだったのか。個人的には前者であって欲しいが、たとえ後者だとしても、そこに籠めたユーモアや、登場人物への敬意、そしてこの時代の映画界への郷愁や憧れが微笑ましく思える。本篇はスピルバーグがキャリア終盤に至って自らの原点を作品として昇華させる、という意図もあっただろうが、実はこのワンシーンを描くことを正当化したいだけだった――なんて妄想もしたくなる。そのくらいインパクトがあって、微笑ましいのだ。ここで“あの人”を演じている役者の選び方にもニヤリとさせられる。
関連作品:
『激突!』/『JAWS/ジョーズ』/『未知との遭遇 ファイナル・カット版』/『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』/『E.T. 20周年アニバーサリー特別版』/『プライベート・ライアン』/『A. I. [Artificial Intelligence]』/『マイノリティ・リポート』/『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』/『ターミナル』/『宇宙戦争』/『ミュンヘン』/『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』/『戦火の馬』/『リンカーン』/『ブリッジ・オブ・スパイ』/『ウエスト・サイド・ストーリー(2021)』
『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』/『THE BATMAN-ザ・バットマン-』/『50/50 フィフティ・フィフティ』/『ペントハウス』/『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』/『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』/『ワンダーストラック(2017)』/『それぞれのシネマ ~カンヌ国際映画祭60周年記念製作映画~』
『オール・ザット・ジャズ』/『ベルファスト』
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