新宿武蔵野館のエレベーター正面に掲示された『ダークグラス』ポスター。
原題:“Occhiali neri” / 監督:ダリオ・アルジェント / 脚本:ダリオ・アルジェント、フランコ・フェリーニ / 製作:ノエミ・ドゥヴィド、ブラヒム・シウア、ヴァンサン・マラヴァル、ロランス・クレル、コンチータ・アイロルディ、ラウレンティーナ・グイドッティ / アソシエイト・プロデューサー:アーシア・アルジェント / 撮影監督:マッテオ・コッコ / プロダクション・デザイナー:マルチェッロ・ディ・カルロ / 編集:フローラ・ヴォルペリエーレ / 衣装:ルイジ・ボナンノ / 特殊メイク、人工装具、アニマトロン:セルジオ・スティヴァレッティ・スタジオ / 音楽:アルノー・ルボチーニ / 出演:イレニア・パストレッリ、アーシア・アルジェント、アンドレア・ケルペッリ、マリオ・ピレッロ、マリア・ロザリア・ルッソ、ジェンナーロ・イアッカリーノ、シンユー・チャン / 配給:Longride
2021年イタリア、フランス合作 / 上映時間:1時間25分 / 日本語字幕:杉本あり / PG12
2023年4月7日日本公開
公式サイト : https://longride.jp/darkglass/
新宿武蔵野館にて初見(2023/4/9)
[粗筋]
ローマで娼婦として多くの顧客を持つディアナ(イレニア・パストレッリ)を悲劇が襲った。乱暴な要求をする客の元から逃げ出した帰り、ディアナは白いバンに乗った男に追われる。ディアナは愛車で逃走するが、侵入した交差点で別の乗用車と衝突してしまった。
ディアナは一命を取り留めるも、脳の視力に関わる部分での出血が酷く、失明してしまう。ディアナを追ってきた男はその特徴が、最近ローマで3件立て続けに発生した娼婦殺しの犯人に似ており、4人目の犠牲者に選ばれた可能性がある、と事件の捜査をするアレアルディ警部(マリオ・ピレッロ)らから告げられる。
悲嘆に暮れるディアナだったが、視覚障害者協会から派遣された歩行訓練士・リータ(アーシア・アルジェント)の訓練を受け、斡旋された盲導犬ネレアとの絆を深めて、社会復帰への道を歩みはじめると、修道院に併設された保護施設を訪ねる。逃走する彼女に巻き込まれた乗用車に乗っていた中国人家族は、父親は即死、母親は昏睡状態に陥り、軽傷だった子供のチン(シンユー・チャン)がこの施設に引き取られていた。巻き添えにした罪悪感からゲーム機を買い与えると、最初は拒絶したチンだが、ディアナの気遣いを察して受け取る。
施設に居場所をなくしていたチンは、ディアナがシスターに託した名刺を頼りに、彼女のもとを訪ねてきた。どうしても戻りたくない、というチンの訴えに、ディアナはやむなく家に迎え入れる。
しかしその結果、ディアナには誘拐の嫌疑がかけられてしまった。警察の追及を逃れるべく、ディアナはチンの暮らしていたアパートに身を寄せるが――
[感想]
ダリオ・アルジェントといえば、ルカ・グァダニーノ監督によるリメイクが話題となった『サスペリア』をはじめとするオカルト・ホラーに、『サスペリア PART2』を代表とするスリラー、この2つの系統にほとんどの作品が分けられる。そしていずれも、鮮血を伴う惨劇の描写が強い印象を残す。
実に80代に入ってから製作された本篇は、そんなアルジェント作品でも原点と呼ぶべきスリラーに属する作品である。だが、少なくとも私がこれまでに観てきた作品と比較すると、妙に風合いが異なる。
最初にその印象をもたらすのはカーチェイスだ。こういう形での“脅威”の表現は、アルジェント作品では珍しい。その後の視力を喪ったディアナが少年チンに導かれて魔手を逃れようとするくだりにしても、サスペンスの見せ方を意識的に従来と違ったものにしたように映る。観客に緊迫感を与えながら、あえて肩透かしをして緩和を設けるような趣向は、アルジェント作品ではあまり覚えがない。
もうひとつ特異なのは、随所に心の交流、人の優しさが織り込まれていることだ。自身も光を失いながら、事件に巻き込まれ身寄りを失った少年を気遣い、施設から逃げてきたときも自分の家に留まることを許したディアナ。社会生活への復帰に懸命で収入のなかった彼女を、かつての客が招くくだりにも思いがけない温かみがある。しばしばドライな人間関係や、悪意のほうが色濃くなるアルジェント作品としては異質な感覚だ。
年齢を重ねて丸くなった、といささか意地の悪い見方も出来るが、この歳になってもまだ、初心に立ち返る感覚とともに、従来とは異なる描き方を模索する創作意欲の表出と捉えたい。原点であるジャッロの緊張感と残酷性を踏襲しながらも、そこに新しい味を添えよう、という発想があればこそ、この違いがあるのだろう。
率直に言えば、いささか謎解きの興趣は弱まっている。
もともと粗のある作風ではあったが、本篇は意外性、驚きの側面から見て物足りない。詳細には説明しないが、本篇の犯人が判明したとき、驚きよりも拍子抜けの印象を受けると思う。
なおかつ展開に不自然さが残る。映画においては、警察がリアリティに欠く行動をすることはしばしばあるが、本篇の場合は警察も犯人も、いまいち納得のしがたい動きをしている部分がある。それゆえに、本来は腑に落ちる、爽快感のある解明場面にも、収まりの悪さを感じる可能性が高い。もともとアルジェント監督作には同様の欠点はつきまとう傾向にあるが、今回は犯人像の物足りなさも手伝って、特に際立ってしまったようだ。
ただ、主人公が視力を喪っているからこそのサスペンスや、ダリオ・アルジェントならではの、凄惨ながらも蠱惑的な流血描写がもたらすおぞましいカタルシスは味わえる。他者や道具に頼らざるを得ないヒロインの逃避行は、従来にはない種類の緊張、恐怖を呼び、残虐描写にも新しい趣を加えている。
エピローグ部分にも窺える暖かみ、優しさもそうだが、これらはいずれも、以前のアルジェント作品にはあまり見えない発想であり、彼らしさを留めつつも異なった印象、余韻をも添えている。長年にわたって多くの観客に愛され、クリエイターからリスペクトされる名匠が、自らの作風の中でまた新しいアイディアに臨んでいることが喜ばしく、頼もしい。
決して超一流の名作とは言えない。だが、ダリオ・アルジェントという唯一無二の才能の魅力ははっきりと感じられる作品である。『サスペリア PART2』や初期作品のほうがより魅力的ではあるのは確かだが、アルジェント作品の入口としては充分に機能している――ただ、こんな心暖まる要素はあまりないよ、と注意書きを添える必要はあるだろうけれど。
関連作品:
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』/『歓びの
『いずれ絶望という名の闇』
『座頭市物語』/『ダニー・ザ・ドッグ』/『ブラインドネス』/『ザ・ウォーカー(2010)』/『ドント・ブリーズ』
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