
TOHOシネマズシャンテ、階段踊り場の壁面に掲示された、『マンハッタン(1979)』上映当時の午前十時の映画祭16案内ポスター。
原題:“Manhattan” / 監督:ウディ・アレン / 脚本:ウディ・アレン、マーシャル・ブリックマン / 製作:チャールズ・H・ジョフェ、ジャック・ロリンズ / 製作総指揮:ロバート・グリーンハット / 撮影監督:ゴードン・ウィリス / プロダクション・デザイナー:メル・ボーン / 編集:スーザン・E・モース / 衣装:アルバート・ウォルスキー / キャスティング:ジュリエット・テイラー / 使用楽曲:ジョージ・ガーシュイン『ラプソディ・イン・ブルー』ほか、アマデウス・モーツァルト『交響曲第40番ト短調 K.550:第1楽章(モルト・アレグロ)』 / 出演:ウディ・アレン、ダイアン・キートン、マリエル・ヘミングウェイ、マイケル・マーフィ、メリル・ストリープ、アニー・バーン、カレン・ルドヴィグ、マイケル・オドノヒュー / 初公開時配給:ユナイテッド・アーティスツ / 映像ソフト日本最新盤発売元:Happinet
1979年アメリカ作品 / 上映時間:1時間36分 / 日本語字幕:佐藤一公
1980年2月23日本公開
午前十時の映画祭16(2026/04/03~2027/03/18開催)上映作品
2014年7月2日映像ソフト日本最新盤発売
TOHOシネマズシャンテにて初見(2026/7/6)
[粗筋]
アイザック(ウディ・アレン)は作家だが、ヒット作はなく、目下、テレビ番組の台本を書いて収入を得ている。二度に亘る離婚で、2人の元妻に子供の養育費を支払いつつ、トレイシー(マリエル・ヘミングウェイ)という17歳の恋人と交際していた。
しかし近頃、にわかに困った事態が持ち上がっていた。2度目の結婚相手だったジル(メリル・ストリープ)が、アイザックとの離婚の経緯をも含む暴露本の出版を計画しているのである。同性の恋人を作って家を出て行ったジルに対して、アイザックはいささか外聞をはばかる行動に及んでおり、それが世間に知られることを恐れたアイザックは制止を試みるが、ジルは聞く耳を持たない。
いずれ出版するつもりの小説の売上げにも関わる、と悩むアイザックに、友人である編集者のエール(マイケル・マーフィ)は、作品が評判なら気にする必要はない、と笑い飛ばす。しかしエール自身も、妻エミリー(アン・バーン)と良好な関係を築いているにも拘わらず、最近知り合った芸術家のメリー(ダイアン・キートン)という女性に恋心を抱いていることに悩んでいた。
アイザックはトレイシーと共にメリーの個展を鑑賞し、そこでエールから初めてメリーを紹介される。知的だが、著名な文学者や映画監督を批判するメリーの口吻にアイザックは反感を抱いた。
そんななか、アイザックはテレビ番組収録の現場で、自分が台本に籠めた毒を抜かれた状態で撮影が進んでいることに腹を立て、衝動的に仕事を辞してしまう。すぐに後悔したが、撤回するのは自尊心に拘わる。やむなくアイザックは現在暮らしているアパートを引き払い、切り詰めた生活を始めるのだった。
エールは依然として妻と愛人メリーとのあいだで揺れ動いている。あるときアイザックは、メリーに散歩に誘われ、相談を受けた。メリーの側は、エールと妻との関係を壊すことまでは望んでおらず、エールの強すぎる愛情を重荷に感じ始めていた。そしてアイザックは、いざ冷静に会話を交わしてみると、意外にも気の合うメリーに心を許すようになる。
煩悶の挙句に、メリーと訣別することにしたエールは、アイザックが彼女に好意を抱いたことを知り、自分に代わり彼女と付き合うことを勧める。アイザックは、友人の勧めに従い、メリーと交際を始めた――
[感想]
のちに訳あってアメリカを離れることになるウディ・アレンだが、かつてはニューヨークを舞台にした、洒落た語り口で大人の恋愛を撮る監督、というイメージだった。本篇はまさに、そういうイメージが最も強い時代の作品である。
鑑賞してみると、確かにすべてがファッショナブルだ。あえてモノクロで描き出すマンハッタンの風景は、色味がなくとも伝わるほどに鮮やかで魅力的だ。
だがその一方で、最初はナレーションのみで登場し、やがて画面に姿を現すウディ・アレン監督自らが演じるアイザックたちの言動は、率直に言えばいささか不器用だ。
いちおう作家ではあるが、新作をなかなか発表出来ず、テレビの放送作家として糊口を凌ぐアイザックは、2度の離婚を経験し、2人目の妻には少々恥ずかしい別れの経緯を暴露本にまとめられそうで動揺している。一方で現在、交際しているのは25歳も年下の高校生だ。一途に想いを寄せてくれることを喜びながらも、彼女にとって自分は通り過ぎるだけの存在、と割り切ろうとする姿勢は、大人らしく見せているようでいて、煮え切らない印象をもたらす。
不器用さはアイザックの友人も同様だ。エールは妻エミリーと良好な関係を築き、「愛している」と断言できるほどなのに、知り合った芸術家のエリーに恋心を抱いてしまう。相手も離婚は望んでいないから、と妻には内緒で交際を始めるが、想いが募り気持ちは揺れる。大人らしく割り切った恋愛をしようという素振りはあるが、結局振り回されているのだ。
この2人がいちばん顕著だが、周囲の人々も多かれ少なかれ、動揺し、平静を失っている。大人ならではの事情が多々絡んでいるとは言い条、みんな決して、他人の感情をすべて慮ることは出来ていないし、自分自身ですらコントロールできていない。本篇はウイットに富む会話と、艶めかしいユーモアに紛れて、大人を自認する人々の本質的な不器用さ、幼児性を皮肉っているようにも捉えられる。
アイザックやエール、メリーの終盤にかけての動揺ぶりは、生活様式の洗練ぶりが霞む――というより、もはや繕いきれなくなっているのも窺えるほどだが、本質がそうした人々に対する皮肉として捉えると、着地までのふらつきがいっそ鮮やかに思えるほどだ。身勝手な彼らに一見、翻弄されているだけに映る登場人物が、極めて冷静に、鋭いひと言を投げてくるのが痛快ですらある。こと、物語の最後を締めくくるのが“あの人”というのが効いている。
いまもときおり“大人の恋愛”なんてフレーズを耳にすることはあるが、実は大抵気取っているだけで、誰もが同じ価値観のもと、割り切って恋愛など出来るはずがない。青臭い自分にみっともなく足掻いていたのが、その無様さを若干取り繕っているだけに過ぎない。本篇は、社会生活を重ね人間関係が入り乱れた大人ならではの複雑さを織り込みつつも、結局感情に振り回される大人たちのみっともなさを、シニカルだが優しい眼差しで見つめ、巧みに描き出している。結果として上質なラヴ・コメディに仕上がっているのは間違いない。
一方で、本篇のシチュエーションや、その顛末を、主演と監督をかねたウディ・アレンの私生活に関する情報と重ねて鑑賞すると、色々と興味深い点にも気づくのだけど――少々泥臭くなりすぎるし、私自身、調べきっていないところも多いので、これ以上の言及は控えたい。気になる方は各自、お調べいただきたい。
関連作品:
『誘惑のアフロディーテ』/『マッチポイント』/『さよなら、さよならハリウッド』/『タロットカード殺人事件』/『それでも恋するバルセロナ』/『人生万歳!』/『ミッドナイト・イン・パリ』/『ジャージー・ボーイズ』
『ジゴロ・イン・ニューヨーク』/『ゴッドファーザー PART II』/『アート・オブ・ウォー』/『クレイマー、クレイマー』/『ウォール街』
『風と共に去りぬ』/『カサブランカ』/『2001年宇宙の旅』/『ティファニーで朝食を』/『A. I. [Artificial Intelligence]』/『おとなのけんか』


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