『オデュッセイア(2026・字幕・IMAX with Laser)』

TOHOシネマズ日比谷、コンセッション右側の壁面に飾られた『オデュッセイア(2026)』大型タペストリー……らしきもの。
TOHOシネマズ日比谷、コンセッション右側の壁面に飾られた『オデュッセイア(2026)』大型タペストリー……らしきもの。

原題:“The Odyssey” / 原作:ホメロス / 監督&脚本:クリストファー・ノーラン / 製作:クリストファー・ノーラン、エマ・トーマス / 製作総指揮:トーマス・ヘイスリップ / 共同製作:アンディ・トンプソン、ヘレン・メドラノ / 撮影監督:ホイテ・ヴァン・ホイテマ / プロダクション・デザイナー:ルース・デ・ヨンク / VFXスーパーヴァイザー:アンドリュー・ジャクソン / SFXスーパーヴァイザー:スコット・R・フィッシャー / 編集:ジェニファー・レイム / 衣装:エレン・マイロニック / メイクアップ・デザイナー:ルイサ・アベル / ヘア・デザイナー:グロリア・キャスニー / キャスティング:ジョン・パプシデラ / 音楽:ルドウィグ・ゴランソン / 出演:マット・デイモン、トム・ホランド、アン・ハサウェイ、ロバート・パティンソン、ルピタ・ニョンゴ、シャーリーズ・セロン、ゼンデイヤ、サマンサ・モートン、ジョン・レグイザモ、ジョン・バーンサル、ヒメーシュ・パテル、ビル・アーウィン、エリオット・ペイジ、ベニー・サフディ、コーリー・ホーキンズ、ミア・ゴス / 配給:Bitters End×ユニバーサル映画
2026年アメリカ作品 / 上映時間:2時間52分 / 日本語字幕:アンゼたかし / 字幕監修:藤村シシン
2026年9月11日日本公開
TOHOシネマズ日比谷にて初見(2026/9/11)


[粗筋]
 難攻不落で知られるトロイアの浜辺に、巨大な木馬が現れた。トロイアの衛兵たちが駆けつけると、敵対するイタケの鎧を纏った兵がいた。シノン(エリオット・ペイジ)と名乗ったイタケ兵は、衛兵たちに矢を射かけられながらも、これが供物であることを告げて息絶える。何物であれ、供物はアテネからの贈り物として受け入れる、という信仰によって、トロイアはこの巨大な木造を堅固な城門の中に運び込み、神殿の前に飾った。
 この、世に名高い“木馬作戦”により、イタケの王・オデュッセウス(マット・デイモン)率いる軍は堅い城門の内部に潜入し、日が暮れたのちに待機していた軍勢を招き入れて、トロイアを打ち破った。
 ――それから既に、数年が過ぎていた。
 トロイアの制圧までに10年を費やし、ようやく帰途に就いた軍勢は、別々のルートで祖国を目指していた。海は荒く戦士たちの帰途を阻み、故郷までは更に数年を要したが、それでも生き延びた者たちが祖国で歓待を受けるなか、オデュッセウスは一向に戻らなかった。
 国王不在のあいだにイタケは、その後釜に座るべく王妃ペネロペ(アン・ハサウェイ)に求婚する者が溢れていた。客はもてなすべき、というゼウスの掟により、アンティノオス(ロバート・パティンソン)を筆頭とする横暴な者も野放しになっている。
 オデュッセウスが出立したとき赤子だったテレマコス(トム・ホランド)はこの現状を憂え、父の行方を捜すことにした。テレマコスが訪ねたのは、メネラオス(ジョン・バーンサル)。妻ヘレネ(ルピタ・ニョンゴ)をトロイアの王子に奪われたことが、トロイア戦争の端緒ともなった人物だった。
 メネラオスはトロイアとの戦争の苦難とオデュッセウスの貢献をテレマコスに語るが、帰還することもまた苦難であったという。とりわけメネラオスの兄・アガメムノン(ベニー・サフディ)は、風を味方に付けるため実の娘を生贄に捧げていたが、帰還後、そのことを恨んだ妻・クリュタイムネストラ(ルピタ・ニョンゴ二役)によって裏切られ殺害された。メネラオスは妻を取り戻したが、そのヘレネも、癒やしがたい傷を負っていた。
 メネラオスはオデュッセウスとは異なる帰路を選んだため、その消息を正確には知らない。その頃、オデュッセウスの姿はカリュプソ(シャーリーズ・セロン)の住む孤島にあった――


[感想]
 クリストファー・ノーラン監督が神話を採り上げた――と書くと意外性があるようにも一瞬思えるが、考えてみれば監督は、ミステリ、サスペンス、アメコミヒーロー、SF、戦争に伝記、と映画の定番を網羅してきた感がある。近年はあまりインパクトのある作品が誕生していない“神話”というジャンルだが、『十戒』『ベン・ハー』のように、映画史に名を刻んだ名作も存在するだけに、既に当代屈指の名匠となった感のあるノーラン監督が挑む価値のあるジャンルであるのは確かだと思う。
 神々が未だその存在を人々に近く感じさせていた世界の出来事であるため、超現実的な出来事が幾つも起き、何なら冥府にまで足を踏み入れるような物語だが、本篇はその上で実感的な地に足の着いた表現となっている。
 木馬作戦において、木馬像の中に潜んだ兵士たちの苦しみはもとより、長い戦いと旅路を経た者たちの味わった辛酸、そして迷いの果てにふたたび家路を目指すまでのオデュッセウスの迷いなど、ひとつひとつの出来事がリアルな感覚と感情で描き出されている。オデュッセウスとその息子テレマコスを中心に、複数の視点で描かれる作品だが、そのリアリティに随所で感情移入してしまうはずだ。
 実際に舞台となった地区の地図を確認すると、移動に何年もかかる位置関係とは考え難いが、そもそも技術の水準が現代とまるで異なる。そして、その旅程には魔の領域、神々の領域が横たわる。現代と同じ感覚で距離や時間を捉えるべきではない。恐らく、トロイアとの戦争のために、地球を何周もするような感覚があったはずだ。
 互いに連絡も取れず、テレマコスやイタケの民は王がいつ帰還するのかはおろか、そもそもの生死を確かめる術すらない。一方のオデュッセウスもまた、家族や国民が己を待っている、という確信は持てない状態だ。その焦燥、苦悩もまた、現代と質は異なるだろう。
 本篇はそういう感覚的隔たりを埋めるだけの力強さ、説得力が備わっている。CGに依存せず、可能な限り実写でそのヴィジョンを再現しようとするノーラン監督の姿勢が、この圧倒的説得力を生み出している。
 神の現し身が目前に現れることも、冥府の淵で死者と再会することもいまでは考えがたいことだが、丹念な描写を経た本篇にあっては真に迫っている。そして、そこから生まれる問いかけもまた、私たちがいま生きる世界でも無縁のものではない。
 感じ取るメッセージは人様々だろうが、個人的に特に感じたのは、戦争というものの危うさだ。
 わざわざ何年もかけて海を渡り戦いに赴くのだから、彼らにとって譲れないものがあるのだろう。戦士としての誇りであったり、国民の安寧であったり、そうしたものが切実だった時代であり世界観でもあるため、単純に現代と比較は出来ない。しかし、その代償は本質的に、神話と隣接したこの物語のなかでも、現代でも同じなのだ。
 オデュッセウスは長く遠く果てしのない帰途のなかで、想像を絶する大自然の脅威、或いは神の御業に遭遇し、壮絶な経験をするが、やがてその随所に、戦争というものが残した深い傷跡をも見出す。戦いによって滅ぼした人々ばかりではなく、名誉で報いたはずの自軍の兵にさえも負担を強いていた、という事実は、超自然の現象以上にオデュッセウスを打ちのめす。
 だがそれでも、或いは、だからこそオデュッセウスは故郷を目指す。その先には、妻ペネロペと息子テレマコスが直面する困難が待ち受けており、更なる戦いが待っているのだが、仮にそれを知っていたとしても、オデュッセウスは故郷を目指しただろう。苦境の家族を救うためばかりではなく、彼や国のために深傷を負い命を捧げた者たちに報いるために、王は帰還しなくてはならない。
 本篇はホメロスによる原典で綴られた出来事を、基本的には逸脱せずに描いているようだ。しかしその上で、幻想的、超現実的な出来事に、現代社会にも通じる普遍的な主題を付加している。思いがけない場面で投げかける問いかけが観客の心を揺さぶり、オデュッセウスの決断と行動が胸を震わせる。神話との調和を保ちながら、ひたすらリアルに、実感的に表現したことが、その主題の重み、衝撃を増している。
 クリストファー・ノーラン監督は『フォロウイング』で長篇映画監督としてデビューして以来、作品に常にミステリ、サスペンス的な趣向と表現を織り込んでいる。アカデミー賞主要7部門に輝いた『オッペンハイマー』でさえ、異なる時間軸での描写を平行して綴っていくことでサスペンスを生み出していたが、本篇にはその趣はやや薄い――オデュッセウスがカリュプソ(シャーリーズ・セロン)のもとに留まっていたあいだ、記憶が曖昧になっている、という描写で、謎を演出はしているが、どちらかと言えばこれは、展開をドラマティックに見せるための構成による技、と捉えるべきだろう。だが、だからと言って作品の牽引力は劣らないどころか、力強さを増している。
 『オッペンハイマー』によりひとつの極みを見せた監督だからこそ生み出した、新たな神話と呼ぶに相応しい傑作だと思う。


関連作品:
『メメント』/『インソムニア(2002)』/『バットマン・ビギンズ』/『ダークナイト』/『インセプション』/『ダークナイト ライジング』/『インターステラー』/『ダンケルク』/『TENET テネット』/『オッペンハイマー』
『最後の決闘裁判』/『オデッセイ(2015)』/『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』/『ロックダウン(2021)』/『THE BATMAN-ザ・バットマン-』/『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』/『ヤング≒アダルト』/『ジョン・カーター』/『キック・アス ジャスティス・フォーエバー』/『フォードvsフェラーリ』/『イエスタデイ』/『レディ・イン・ザ・ウォーター』/『X-MEN:フューチャー&パスト』/『キングコング:髑髏島の巨神』/『サスペリア(2018)』
『トロイ』//『ベン・ハー(1959)』/『ベン・ハー(2016)』/『ベオウルフ/呪われし勇者』/『タイタンの戦い』/『タイタンの逆襲』/『インモータルズ-神々の戦い-』

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