『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』

TOHOシネマズ日本橋、スクリーン1入口脇に掲示された『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』チラシ。
TOHOシネマズ日本橋、スクリーン1入口脇に掲示された『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』チラシ。

原作:『元カレは天才詐欺師 ~38師機動隊~』 / 監督:上田慎一郎 / 脚本:上田慎一郎、岩下悠子 / 企画プロデュース:伊藤主税 / 撮影:山本周平 / 照明:鳥内宏二 / 装飾:前屋敷恵介 / 編集:上田慎一郎、江藤佑太 / 衣装:松本人美 / 監督補佐:ふくだみゆき / 音響効果:柴崎憲治 / 音楽:鈴木伸宏、伊藤翔磨 / 主題歌:KERENMI『名前を忘れたままのあの日の鼓動 feat. 峯田和伸』 / 出演:内野聖陽、岡田将生、川栄李奈、森川葵、後藤剛範、上川周作、鈴木聖奈、真矢ミキ、皆川猿時、神野三鈴、吹越満、小澤征悦 / 配給:NAKACHIKA PICTURES×JR西日本コミュニケーションズ
2024年日本作品 / 上映時間:2時間
2024年11月22日日本公開
2025年7月25日映像ソフト日本盤発売 [DVD通常版DVD豪華版Blu-ray豪華版]
公式サイト : https://angrysquad.jp/ ※閉鎖済
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2024/12/5)


[粗筋]
 税務署に勤務する熊沢二郎(内野聖陽)は小心者のお人好しで、出世の気配はまったくない。部下の望月さくら(川栄李奈)は不正に対して厳しいが、熊沢は税金が減るような助言をしてしまう有様だった。
 大企業のトップである橘大和(小澤征悦)は、慈善事業にも多く投資しているが、その一方で多額の脱税をしている可能性が濃厚だったが、なかなか尻尾を出さず税務署も手出し出来ない。正義感の強いさくらは、熊沢を伴い潜入したパーティの席上で食ってかかるが、暴力を振るわれた、と橘に言いがかりをつけられ、追い払われてしまった。
 数日後、熊沢は上司の安西(吹越満)に高級クラブへと呼び出される。そこで待ち受けていた橘に、謝罪を要求され、諦念まで大人しくしているよう釘を刺された。熊沢は屈辱的な仕打ちを受けながらも、場を丸く収めるために謝罪する。
 だが、さくらは謝罪を拒んだ結果、国税局への栄転の内示を取り消されてしまう。熊沢は、橘が手を回したことを察し、橘の元へ赴くと、意外にも橘はあっさりと、処分が取り消される約束をした。橘はかつて、執拗につきまとった税務署員を追いつめた結果、後味の悪い結果を招いた、と話し、後腐れのない結末を選択したのだという。
 橘のもとを出た熊沢はその脚で、ある人物を訪ねる。彼の名は氷室マコト(岡田将生)。
 そもそも、再会するつもりのない相手だった。熊沢家の愛車が突如として動かなくなり、妻にせっつかれて中古車を探していたところ、熊沢は氷室に金だけ騙し取られた。熊沢が幼馴染みの刑事・八木晋平(皆川猿時)に頼んで追跡したところ、氷室の方から接触してきて、金を返すと共に、お詫びとして、橘から脱税した金を巻き上げる策を提供する、と言われていた。
 真面目で気弱な性分の熊沢に、そんな選択肢はなかったはずだが、橘との面会を経て一世一代の賭けに出る。かくして公務員と、氷室を筆頭とする詐欺師、犯罪者たちが結託した、だましのゲームが始まった――


[感想]
 低予算、単館公開から、話題を呼んで全国公開となり、フランスでリメイクまでされた『カメラを止めるな!』の上田慎一郎監督の、2024年に発表した作品である。
 いちおう、韓国産のドラマ『元カレは天才詐欺師 ~38師機動隊~』が原案となっているが、果たしてどの程度、原作を踏襲しているのかは、原作未鑑賞の私には解らない。ただ、恐らく、相当大幅に脚色を施したのではないか、と推測は出来る。
 大きなポイントとして、氷室の発案、舵取りによって実施する詐欺の計画が、日本で実際に発生した詐欺事件をモデルにしているのが明白だ、という点だ。この事件は『地面師たち』のタイトルにてNetflixでリミテッド・ドラマシリーズとして配信され、一時期大きな話題となった――モデルが一緒、と知って、まだ公開を控えた段階だった上田監督は少なからず動揺したのではなかろうか。
 もうひとつ着目すべきは、内野聖陽演じる主人公、熊沢二郎である。早い段階から映画に携わった内野は、作品のクオリティを上げるため、この主人公の人物像を繰り返しブラッシュアップしていったという。本人の弁から推測するに、最初の脚本で提案されたキャラクターからはだいぶ変化が生じているはずで、たとえこの熊沢に原型となるキャラクターがいたとしても、相当にかけ離れたキャラクターになっていると思われる。この2点で、原作があることを明示しつつも、きちんと1本の映画として確立されたのではなかろうか。
 見たことのない原作ドラマをイメージするよりも、本篇を解りやすくイメージ出来るのは、現代日本を舞台とした『スティング』であり、『オーシャンズ11』だ、と表現することだと思う――後者でさえもはや公開から20年以上経過しているので、伝わらない方も増えたかも知れないが、言ってみれば軽快なコンゲーム――“欺し”のドラマだ。ギリギリの状況で相手を罠にかける緊張感もある一方、会話や描写にユーモアがある。
 公務員が詐欺師の協力を得て、巨額の脱税を働く経営者から税金を徴収する、という大前提のアイディアだけでもユーモラスだが、そこに至る過程がまた、辛い背景を孕みつつも笑いを誘う。買い物や料理の傍ら、片手間で熊沢を翻弄する氷室の様子が、腹立たしいのに笑えるのだ。並行して進む、傲慢な経営者・橘の言動が苛立ちを誘うだけに、この氷室の人を食った振る舞いが物語に緩急も添えている。
 氷室の誘いに応じるかたちで、熊沢が詐欺の計画に加わってからは、時間を費やした準備と、臨機応変の対応を求められる“仕掛け”の面白さで、しばしばニヤリとさせつつも緊張感に満ちた展開が続く。慣れない芝居と、予想できない展開に動揺を見せつつも奮闘する熊沢と、それぞれにクセのある仲間たちが彼ららしい“活躍”を見せる。計画序盤で次々に協力者を追加していくさまに、どこまで機能するのか、という心配をしてしまったが、完全に杞憂だった。
 しかし、海千山千の橘もただ無警戒に欺されるわけではない。それこそ、現実に発生した土地売買の詐欺を念頭にした用心深さと、巧妙な立ち回りを見せ、見守る観客をヒリヒリとさせる。小澤征悦が体現する橘大和という人物の、軽妙だが尊大で人を人とも思わぬキャラクター性が、自然と観客に熊沢たちの計画が成功することを願わせてしまう。堂々たる悪役ぶりが、サスペンスの昂揚感を増し、強い牽引力として機能する。
 着実に積み上げたものが爆発するかのようなクライマックスは圧巻だ。細かいことは省くが、観客のハラハラドキドキは確実に最高潮に達する。そして間違いなく確実に、繰り返し衝撃を味わうはずだ。
 勘のいい人なら直前に色々なことに気づいて、察することが出来る部分もあるが、それはつまり、しっかりと伏線を張り巡らせている証だ。見抜いている人でも納得出来るレベルだし、気づかなかった人なら、何回も驚きを味わえる。
 しかもそのうえで添えられるエピローグにもひねりを加えているのがいい。それまでとは違う角度の趣向だが、驚きと爽快感を更に増している。
 企画の始まりから公開まで6年を費やした、という監督のコメントからすると、『カメラを止めるな!』のヒットが契機となって立ち上がったものなのかも知れない。本篇がそこまで時間を要した背景には、決して大ヒットの余勢を駆って絞り出した荒削りなものにはしたくなかった、という考えもあったのではないか。個人的には他にも、『カメラを止めるな!』にまつわる出来事が影響しているのでは、と思える部分があったのだが、憶測が過ぎるので詳しくは記さない。
 ただ、あの企みと遊び心に満ち、そして何より娯楽性を重んじた傑作が、決してただのまぐれではなかったことを、本篇は証明しているように思う。個人的には、『カメラを止めるな!』より本篇の方を評価する。なにせ、タイトルの出し方から気が利いているのだ。


関連作品:
カメラを止めるな!
キャメラを止めるな!
十三人の刺客』/『ドライブ・マイ・カー』/『天外者(てんがらもん)』/『騙し絵の牙』/『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』/『銀の匙 Silver Spoon』/『一度死んでみた
スティング』/『オーシャンズ11』/『コンフィデンス』/『アメリカン・ハッスル』/『コンフィデンスマンJP ロマンス編』/『コンフィデンスマンJP プリンセス編』/『コンフィデンスマンJP 英雄編

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