いわゆる《新本格》ブームに先駆け、愛好家を唸らせる本格ミステリを上梓していた著者が1982年に講談社ノベルスより発表、のちに徳間文庫に収録された作品の新装版。戦争の傷も癒えぬ昭和23年、京都の旧制第三高等学校に通う学生《リア王》が、下宿にある蔵の中で殺害された。鍵を所持していたうえ、不透明なアリバイしかなかった《ボン》にかけられた嫌疑を晴らすため、同級生達は奔走する――
名作『龍神池の小さな死体』に続いて復刊された、著者の代表作のひとつ。確かにこれはクオリティが高い。
やや意外なところから物語を起こし、急速に物語、そして事件の謎へと読者を惹き込んでいく手際の達者さ、そして並行して描かれる、この時代ならではの青春ドラマの妙味。謎ばかりではなく、離れた場所にいる恋愛の相手の思惑が掴めない行動にも振り回され、謎解きはなかなか進まないのに、しっかり読まされてしまう。
かなり早い段階で、ひとつの解決が示されるものの、スッキリとした印象を齎さない。《ボン》と級友、想い人の動向にも変化を窺わせたところで、物語は一気に時間を飛び超える。意外な経緯から、終戦間もない頃の殺人事件が蘇り、本当の解決へと物語は突き進んでいく。プロローグとも相通じる、新たな“事件”が既に発生したところからのアプローチから、新しい視点による、より鮮やかで鮮烈な謎解きに、ここから一気に読まされてしまう。実際、多忙ゆえちょこちょこと抓んで読み進めていたのに、ちょうど長距離移動で手持ち無沙汰の時間を利用して一気に進めるつもりでいたとはいえ、そこから止めることが出来ず、本書の半分衣裳はほぼ1日で読み終えてしまった。
緻密な密室トリックと、そこに密接に結びつく企みのドラマティックな衝撃もさることながら、そこに滲み出す、終戦間もない時代に生きた若者たちの青春群像がまるで目に染みるようだ。泥臭いリアルな生活感を纏いながらも、理想に手を伸ばそうとしていた若き日が、長い時を経て迎えた変化に、どうしようもない苦みを伴った郷愁が溢れてくる。新しい世代の、過去に対する容赦ない眼差しとの対比も印象的だ――ただ、それと同時に、いわゆる“新しい世代”が、当時の実情を充分に理解せず軽率に批判しがちなのは、何十年経とうと変わらないのだな、と、2度も元号を改めた2024年時点で眺めると、妙な感慨も覚えてしまう。
謎解きとして極めて怜悧な仕上がりでありながら、犯人との最後の対峙、そして1つのロマンスの切ない終焉が、嫋々たる余韻をもたらす。『龍神池の小さな死体』もそうだったが、長い間幻となっていたのが訝しく思える傑作である。
本書のあと、コンスタントに3作品が徳間文庫から復刊されたが、序盤ほどの評判を得られなかったのか、2023年8月の『葉山宝石館の惨劇』を最後に、2024年8月まで新たな復刊が成されていない。本書と同様、“ナンバースクール”の青春と謎解きを描いた連作のうち、第3作『金沢逢魔殺人事件』、第4作『我が青春に殺意あり』もそうだし、他にも顧みられなかった傑作はありそうなので、そのあたりも発掘してくれることを願いたい。
……ただ、そのときは出来れば、底本だけでなく、初刊年や版元についてのデータも付して欲しい。版元はともかく、初刊の時期が解らないと、作品がいったいどの年代の視点で描かれているのか把握しづらいのだ。いっそのこと、著作リストまるごと載せてしまえば、復刊されていない作品への関心も惹けると思うのだけど、どうだろう――そりゃまあ、Wikipediaとかでひととおり参照は出来るんだけど。
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