夜光曲 薬師寺涼子の怪奇事件簿

夜光曲 薬師寺涼子の怪奇事件簿 『夜光曲 薬師寺涼子の怪奇事件簿

田中芳樹

判型:新書判

レーベル:NON NOVEL
版元:祥伝社

発行:平成17年02月20日

isbn:439620793X

本体価格:819円

商品ページ:[bk1amazon]

 地位と権力と富と絶世の美貌とを兼ね備えつつ協調性と寛容さは一切持ち合わせない最凶の魔女・薬師寺涼子の活躍を描くシリーズ第六作、NON NOVELでの初お目見え。

 まだ夏には早い五月、新宿御苑の樹々が一夜にして枯れ果てるという怪事件が発生した。息を吐く暇もなく、旧華族の邸宅をもとにした玉泉園という庭園で人喰いボタルが出没し人間を襲い、更にホタル撲滅の方針演説中だった都知事の会見を大量のネズミがぶち壊しにする。テロの可能性が示唆されたために捜査は公安部の管轄となったが、こんな愉快……いやいや危険な事件を薬師寺涼子が放っておくはずがない。職場での部下である泉田準一郎に私的な部下マリアンヌやリュシエンヌを伴って調査に乗り出す――

 よほど作者の作風に馴染んだのか、しばらく前までは考えられなかったハイペースで新作が発表されている薬師寺涼子シリーズである、が今回いつにも増して悪ノリが過ぎているような気がする。実在の権力者や著名人をデフォルメしたような登場人物が無数に登場するのはいつものことながら、今回は特にそうした人々が右往左往し巻き込まれ自滅する光景が繰り返す。本筋以上に作者がそうした無様な姿を描き出すのを楽しんでいるのが窺われて、悪趣味さはヒロインである涼子に匹敵する。

 ある意味滑稽さで小悪人たちが魅力を振りまくのに対して、怪奇現象や最後に登場する化物の類が概ね精彩を欠いているのが物足りない。振り返ってみるとこのシリーズの面白さというのは、俗悪な連中をお涼様が触れる端から蹴散らしていく様にあるのであり、そこに怪物が介入するのは権力なり欲望なりのあからさまな暗喩だと思われる。そうしてみると今回のような“暴走”は必然の帰結と言えるのだが、しかしあくまで“怪奇事件簿”なのだからもっと“超自然”に活躍して欲しい、という嫌味は拭えない……涼子やジャッキー若林氏含め人間のほうがよっぽど“怪奇”だ、と言われたら返す言葉はないのだけど。

 もうひとつ、今回は勢いが勝ちすぎ、規定の枠内で様々な要素を取りこもうとしたせいで展開がギクシャクした印象がある。涼子自身の行動も含め先が見えないストーリーはそれ自体牽引力があるのだけど、説明不足や牽強付会――お涼の傑出した直感力を受け入れるにしても――が多すぎてなんともモヤモヤとした気分を味わわされた。レギュラー陣の行動にも、室町由紀子嬢のようにある一面が引き立っている場合もある一方で、期待されるような言動があまりなかったのも残念。こと、涼子が泉田警部補のネクタイを引っ張るシーンや、気のある様子をさりげなく見せつけるところが少ないように思った。

 が、それでもトータルではいつも通りの“薬師寺涼子”であり、シリーズに幕を引く気配が一切ないのは却って喜ばしい。聞くところではいま著者は久々にノっているそうなので、この調子で矢継ぎ早にシリーズ新作が登場することを期待しましょう。……他に書いて欲しいシリーズがたっくさんあるのも事実ですけど、ね。

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