江戸川乱歩、横溝正史らと同時代に活動し、詩作や編集にも携わった著者が生前、最後に著した短篇集に、未収録作品を多数追加のうえ復刻。酒場の女が語った夢の哀切窮まる顛末《エルドラドオ》、旅の空で出会ったフランス人が語る奇妙な事件を描いた《シャンプオオル氏事件の顛末》、学問に没頭した男の恋物語《書狂》など計32篇に、初刊時に星新一が寄せた解説も収録。
同時に復刻された『みすてりい』と比較すると、題名通りに郷愁都、幻想的な風味を増した印象があるが、しかし作風の多彩さのなかに、文章の美しさと詩情が通底している。『みすてりい』の余韻を惜しむように少しずつ読み進めてきたが、1冊読み終えてもなおまだ浸っていたい心持ちになる。
読んでいて気づくのは、日常から非日常に、不意に跳躍するようなエピソードが多いことだ。店舗物件を探していて奇妙な事態に巻き込まれる《三行広告》、夢を見せてやろうという言葉に誘い出され不可思議な経験をする《夢見る》や、『みすてりい』に収録された《その家》や《猟奇商人》といった作品にも同様の趣向が含まれていたが、この日常からの遊離が、著者の抱き続けた幻想、郷愁の原点なのかも知れない。
そういう意味で象徴的なのは、《怪談京土産》かも知れない。僅か7ページとはいえ改行が一切なく、異様に字面の密度が高い作品だが、展開としては解りやすく、そして情緒に富んだ秀逸な怪談だ。しかしこの作品、編集後記によれば、著者自身の体験を下敷きにしている可能性があるらしい。果たしてどの範囲までが体験で、どこからが想像なのかは解らないが、仮にすべてが事実だったとしても興味深い。戦争を経てままならなくなる現実に翻弄された著者の経験が、あり得ないところで目撃した“幻影”が、もともと備えていた価値観、感性と結びついて、こうした作品を多く書かせたのかも知れない――たぶん強引な考え方だが、40年以上に及ぶ長期間にわたって発表した短篇を網羅した中で透き見えるこうした作家性が、読む側の想像を更に逞しくさせる。
巻頭の《大いなる者の戯れ》が代表するように、散文詩にも近い、突き抜けた幻想小説がある一方で、多くの作品に怜悧な論理性も窺える作品が多い。皮肉な目線で世界を眺めながらも、そこに浪漫や郷愁を見出す意識は、いったん魅入られると忘れがたい。『みすてりい』と揃えて手許に置いて、折に触れ読み返したくなる作品集だと思う。
あまりに多彩で、質の評価や好みはひとによって大きく分かれそうだが、個人的には、もともと怪談を好んでいるせいもあって、《怪談京土産》を第一に推したくなる。この作品にも通じる哀切さを備えた《エルドラドオ》、人間の欲望と業の深さを容赦なく抉る《復活の霊液》、快楽の極致を垣間見るような《吸血鬼》などが、読み終えた直後では印象深いが、また時を置いて読み返したら、別の作品が際立って映るのかも知れない。
|
コメント