大江戸怪談草紙 井戸端婢子(ぼっこ)

大江戸怪談草紙 井戸端婢子(ぼっこ) 『大江戸怪談草紙 井戸端婢子(ぼっこ)

平山夢明

判型:文庫判

レーベル:竹書房文庫

版元:竹書房

発行:2007年1月2日

isbn:481242965X

本体価格:571円

商品ページ:[bk1amazon]

「超」怖い話』シリーズの中心的人物として『新耳袋』と双璧を為す実話怪談の書き手となり、短篇『独白するメルカトル横ユニバーサル』で日本推理作家協会賞と『このミステリーがすごい!』第1位の栄冠に輝き、実話・創作双方でホラーの第一人者となった著者が、これまでとはやや趣を違え、新たに江戸時代の怪談に挑んだ作品集。往時の風習に基づく『放ち亀』、按摩が手に掴んだ物の意外な正体『横綱』、古い集落の悪意が怪異を導く『肉豆腐』、些細な冒険心が戦慄の悪夢につながる『小塚原』など、32編を収録する。

 著者の執筆する“実話怪談”には独特の癖がある。蒐集した話なのだからおおよそ平均化しそうなものだが、世の理に囚われぬ“怪”だけあって相手を選ぶものらしく、『新耳袋』と比べればその個性はそれぞれに明白だし、同じ『「超」怖い話』を支えてきた執筆者・加藤一氏と並べてさえ明白だ。

 ひとくちに言って“凄惨”“残虐”な著者の個性は、直接に採話したわけではなく、当時の文献をもとに江戸庶民の体験した“怪”を著者の言葉で再現した本書においても顕著だ。いや、そうして取捨選択を行っているぶん、より著者本来の志向が垣間見える内容になっていると言えよう。

 それ故に、舞台が江戸時代に移っているために固有名詞が馴染みの薄いものだったり、一部の表現を意図的に古めかしくするなどの工夫はあれど、読んで受ける印象は『「超」怖い話』と大きな差違はない。ただ、『東京伝説』のような怪異を含まない恐怖といった側面は削られ、取捨選択のあるぶん同じ“実話怪談”としても洗練された雰囲気を纏っている。相変わらず執筆時間がタイトだったと見え、おかしなところに改行が入っていたり安易な誤字が残っていたりと細かな欠点が散見されるが、大幅に気になるということはない。……というか、正直に言って愛読者としてはもう慣れた。

 時代ものを手懸けてさえ、人間の悪意とそれに対する仮借ない報復を描かせて一級であるあたり、やはりこれは著者の“業”なのだろう。『髪賽銭』『犬猿』『萎えずの客』『人独楽』あたりを読むと慄然とするが、他方、文献のかたちで留められている話に因っているためか、全体に“因果応報”の趣があって、惨たらしいながらカタルシスが生じているのが、体験談をぢかに募った『「超」怖い話』との違いと感じられる。

 こうして見ると著者の個性は、往時の人情味や信心の痕跡を抽出するのに向いているようだ。『怪異二題』『雨影』『遠い廊下』など、恐怖とは縁のない、まさしく“怪談”としか呼びようのないエピソードにおける筆致など、思いがけぬ瑞々しさがあって手触りは快い。

 前書きの記述から推しても、こういうスタイルの執筆は決して楽ではないようで、これまで以上に負担は大きいだろうと想像される。だがそれでも、出来れば続刊を期待したい、良質の怪談集であり、思いがけず正統派の“時代小説”であった。

 ただ一点、校正の甘さ以外に気に掛かったこととして、参考文献を明示していない点に異存を唱えておきたい。既存の文献を現代的かつ著者の個性を滲ませた文章で書き直すのはいいとしても、そうして引いた文献が何であるのか、きちんと明示しないのはあまりフェアな姿勢とは思えないし、そうした点に関心を抱く読者に対しても不親切ではなかろうか。各編がそれぞれどの文献の何の話に基づいているのか、などと細かく列記する必要まではないにしても、参考にした書物の題名ぐらいはある程度並べておくべきだと思う。続刊があるのなら、是非ともこの点は考慮していただきたい。

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