仁木悦子『猫は知っていた〈新装版〉』

仁木悦子『猫は知っていた〈新装版〉』(Amazon.co.jp商品ページにリンク) 『猫は知っていた〈新装版〉』
仁木悦子
判型:文庫判
レーベル:講談社文庫
版元:講談社
発行:2022年10月14日
isbn:9784065288214
価格:770円
商品ページ:[amazon楽天BOOK☆WALKER(電子書籍)]
2025年11月12日読了

 一般公募の新人賞に体裁を新たにした第3回江戸川乱歩賞受賞作の新装版。仁木雄太郎と悦子の兄妹が個人経営の病院に下宿を始めた直後、同日にふたりの人物が失踪した。間もなく病院裏手の防空壕跡に隠れていた抜け穴でそのひとり、病院の経営者・箱崎兼彦の義母にあたる桑田ちえが他殺体となって発見され、残るひとり、入院患者であった平坂勝也の犯行が疑われるようになる。だが、やがて新たな犠牲者が現れ、事件は連続殺人の様相を呈した。事件を調べ始めた仁木兄妹がやがて辿り着く真相とは――?
 本書の刊行時点で、発表から65年を数えているというのに、読みやすいことにまず驚かされる。病院経営の衛生や情報管理の問題、当然のように残る防空壕、何よりも会話に見えるジェンダー意識の違いに時代を感じるが、たぶん当時の知識が乏しくとも理解はしやすい。この圧倒的なリーダビリティだけでも賞賛に値する。受賞後すぐにベストセラーとなった背景には、作者が受賞時点ではベッドから出ることも大変な障害があった(その後、手術により車椅子での生活が可能なレベルになったという)という話題性も寄与していただろうが、シンプルに読みやすく、そして面白い作品だった、というのも大きいだろう。
 ミステリとしての構造も実に堅実だ。ほぼ同時に行方をくらました老婦人と入院患者、ひとりが遺体となって発見されると、事件が連続する。ちょうど直前に下宿することになった兄妹が勝手に探偵よろしく探り回る中で、更に事態は動き、クライマックスには謎がしっかりと紐付けられる。
 トリックや動機が如何にも古い作品で一種類型的なのだが、本篇が未だにその輝きを失っていないのは、解決したときに腑に落ちる伏線が随所にちりばめられているからだろう。単純に、ひとまず謎は謎として棚上げにされた描写もあるが、読者が何気なく見過ごしていた描写にもきちんと意味があること気づく爽快感は古びていない。
 複数の死者が出る凄惨な事件にも拘わらず、語り口は終始軽快なのも特徴だろう。語り手となる悦子も探偵役の雄太郎も事態の深刻さを理解はしている様子だが、その感覚と語り口のバランスがうまく、ほとんど意識させずに読まされてしまう――もちろん、繊細な人には引っかかる可能性もあるだろうが、そういう方にはむしろ、本篇のビターな結末と余韻がなおさらしっくりくるかも知れない。
“日本のアガサ・クリスティ”とも呼ばれた著者だが、その資質はこのデビュー作でも明白だ。読みやすい平明な文体と軽快な語り口、それでいて優れた人間洞察が謎を解きほぐしていく手管は、確かにクリスティに通じるものを感じる。
 昨今ではミステリ愛好家、評論家のあいだでのみ知られた存在になっているように思うが、もっと読まれていい作家ではなかろうか。これを機に復刊が続くことを期待したい……が、私がこれを書いている時点で本書の復刊から3年が経っており、更なる復刊の情報は確認出来ない。きっと誰かが働きかけてくれてる、と信じたいけれど。


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