J・P・ホーガン/池央耿[訳]『星を継ぐもの【新版】』

J・P・ホーガン/池央耿[訳]『星を継ぐもの【新版】(Amazon.co.jp商品ページにリンク) 『星を継ぐもの【新版】
J・P・ホーガン/池央耿[訳]
判型:文庫判
レーベル:創元SF文庫
版元:東京創元社
発行:1980年5月23日
新版発行:2023年7月7日
isbn:9784488663315
価格:880円
商品ページ:[amazon楽天BOOK☆WALKER(電子書籍)]
2025年12月16日読了

 月面調査隊が発掘したのは、深紅の宇宙服を纏った屍体。生物的にホモ・サピエンスとしか考えられないそれは、だが死後5万年を経過していた。特殊なスコープの開発者、専門家として“チャーリー”と名付けられた屍体の研究調査に携わったヴィクター・ハント博士は、やがて更なる謎と対峙することになる――ハードSFの巨匠のデビュー作であり、SFミステリの歴史的名作。
 長年読まねば読まねば、と思いつつも、なかなかきっかけが掴めずにいた作品である。なんなら旧版をけっこう昔に購入していたりするが、他のものを優先するうちに埋もれてしまったので、新版が刊行されたのを契機に、ようやく読む気になった次第である――それでも、邦訳未刊だった本篇を端緒とするシリーズの第5作『ミネルヴァ計画』が刊行されてから更に1年を経てしまったのだが。
 しかし、いざ読み始めると、先が楽しみで堪らず、もし時間と気持ちに余裕があれば、1日で読み終えてしまっても不思議のない面白さだった。
 1977年の時点から想像する近未来、人類が到底して間もないはずの月面に、どう見ても人類としか思えない5万年前の屍体が眠っていた、という魅力的な謎。高度な科学記述で作られ、地球に存在するどの言語とも一致しない文字で綴られた記録といった“遺留品”から、“遺体”の素性を推理し解き明かしていく知的スリル。特殊な科学技術も多数用いられる一方、卑近な発想からでも理解しやすいロジックで組み立てられる部分も多数あり、推理が実感しやすい。
 粗筋で綴ったあとにも、科学や歴史の常識を覆すような新たな発見があり、多くの専門家達が頭を悩ませるが、それでも基本は手懸かりを結びつけ、矛盾のない事実を炙り出していく推理ドラマとして展開していく。だから、終盤で本篇の専門家達が辿り着く結論も、その気になれば先取りすることも出来る。それを指して、安易だとか見え透いているとかいう批判はお門違いだ。きちんと物語の中の、読者でも実感しやすいロジックで推理出来るからこそ同じ結論に辿り着ける、というのは、ミステリとして優秀な証だ。
 小説としては不満もある。主人公のハント以外のキャラクターにあまり頓着しておらず、出てきてはあっさり消えていったり、あっという間に立場が薄まったりする。“チャーリー”の来歴について、いささか凝り固まった解釈に執着しハントを悩ませる生物学者クリスチャン・ダンチェッカーは、初登場時と終盤手前、そしてクライマックスで微妙にブレている印象がある。劇中で2年以上経過しているので、関係性や相手への理解は変わっていくもの、と捉えても、若干芯が通っていないように映ることは気になる。
 しかし、こんなのは謎の魅力と過程の面白さ、そして結末の衝撃に比べれば、大した問題ではない。本篇は、現実の延長上に想像を羽ばたかせるSFの醍醐味と、明確に謎が紐解かれるミステリとしての面白さがみっちり詰まっている。
 現実は著者の想像よりだいぶ科学的に遅れを取っており、物語と遥かに乖離してしまった。けれど、それで本篇の魅力が薄れるわけではない。恐らく今後もファンに愛され、新しい読者を惹きつける、マスターピースとして語り継がれる作品となると思う――既に初刊から45年経過し、100刷を超えて新装版が発売されてなお部数を重ねており、私がそんなこと思うまでもなく、充分にマスターピースなんだけど。

 ……当初、続篇『ガニメデの優しい巨人』については間を置いてから読むつもりでいたのだけど、妙に気持ちが収まらず、とりあえずプロローグを読んでしまった。本書と同様に謎めいた、そしてまた異なる驚きが待ち受けていそうな期待を煽る導入で、早くも読み進めたくなっている――いちおう、読みたいものが他にもあるので、しっかり取り組むのは後回しにしますが、果たしてどこまで我慢できるかどうか。


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