垂里冴子のお見合いと推理

垂里冴子のお見合いと推理 『垂里冴子のお見合いと推理』

山口雅也

判型:四六判ハード

版元:集英社

発行:1996年6月30日

isbn:4087742032

本体価格:1456円

商品ページ:[bk1amazon]

『生ける屍の死』『キッド・ピストルズ』シリーズ、『日本殺人事件』(日本推理作家協会賞受賞)などで独創的かつ刺激的なミステリを供給し続ける山口雅也氏の新機軸を示す「お見合いミステリ」連作。既に続編『続・垂里冴子のお見合いと推理』も刊行され、ドラマ化もなされている。

 以下、収録各編の粗筋と感想を別途に記す。

○春の章 十三回目の不吉なお見合い

[粗筋] 垂里家の女達には、悉く縁談が失敗するという呪いがかけられている、らしい。実際、三十四になる長女・冴子の縁遠さを見ていると、その可能性も否定できないと家族は思うのだ。十三回目のお見合い、しかも当人は厄年という巡り合わせに、今回も失敗の予感を孕みつつ、垂里家は冴子のお見合いに臨む。今回のお相手は融資部門で活躍する銀行員、スポーツマンでもある如何にも堅実そうな人柄。けれど肝心の相手はお見合いの場にあって気もそぞろで、あるときいきなり席を立ったかと思うと、向こうの席にいたカップルと口論を始めたりする。不審を覚えた冴子の弟・京一と妹・空美は相手の身上調査に乗り出すが――

[感想] 顔見せの話であり、垂里一家の設定紹介の部分に紙幅が割かれてしまった為、肝心の謎が些か急ぎ足で語られてしまったように見えるのがやや不満。この一話があるとないとでは後続のエピソードへの理解度が全く異なるし、作者自身キャラクターと馴染む時期が必要であったろうから、その点無意味なエピソードではないにしても。

○夏の章 海に消ゆ

[粗筋] 冴子の次なるお相手は、白い制服に身を包んだ自衛官。しかしこの方も胡散臭い雰囲気を身に纏うのであった。会場となった海辺のホテルで、冴子よりも海の方に茫洋とした視線を向け、母親も態度に落ち着きを欠いている。そのうち相手はふい、と席を立ったまま戻らなかった。冴子の付き添いで来ていた母の好江と仲人の人見合子はホテルの従業員やブティックの店員に所在を訊ねて廻るが、彼は忽然とその姿をくらましていた。事情を聞いて激した空美自衛隊に連絡を取ったところ、思わぬ事実が発覚する。

[感想] これは正直なところ見え見えなトリックでした。すれたミステリ読みならばかなり早くに真相は看破できるだろうので、解決に至るまでの無駄のない展開を読みとっていただきたい。人物配置や筋運びは見事なのだ。

○秋の章 空美の改心

[粗筋] 空美が、付き合っていた米兵に振られた。その衝撃で俄に宗旨を変え、合子がまたぞろ冴子のために持ち込んだ縁談を横からかすめ取る。相手は、製薬会社の御曹司。玉の輿という語彙すら持ち合わせない空美だったが奮起し、普段は読書とは無縁なのに『お見合いの哲人』なる実用書に手を出したり。しかし元々「花より団子」の気性の持ち主であり教養の類とは縁遠い空美のこと、見合いが進むにつれどんどんと絶望を覚える。しまいに相手が急な不調を訴え、有耶無耶のうちにお見合いの席はお開きとなってしまった。追い打ちをかけるように、相手はその後、直前に亡くなった父を追うように息を引き取った。――だが、その裏にはどうもきな臭い現実があったようで……

[感想] これまた一番根本となるからくりは分かり易い。ただ、裏に潜む事情全てを見通すのは難しく、決着まで読み進めると、一連の心理的推移が伏線として暗示されていたことに気付き、感嘆させられる。謎ではなく、謎を読み解く過程に魅力を備えたエピソード。

○冬の章 冴子の運命

[粗筋] いつまで経っても縁づかない冴子に業を煮やした仲人・合子は、冴子に最も相応しい相手を見付けてきた。筆名を篠山荒野という、難解な幻想文学を著した小説家である。年明けに見合いの席が設けられ、常に暢気な冴子が自ら話を切り出したり合子を置いてきぼりに話が盛り上がったりと極めて順調にことは運ぶが、その向こうで空美と京一が暗躍していた。篠山の前歴には、家族との縁の薄さ、そして女性の死の影が付きまとっていた。普段はただ見合いのたびに厄介事に巻き込まれているだけだった冴子だが、今回限りは彼女の身が危ないと、妹弟は走り回る。京一たちの奔走の果てに、冴子が最後に導き出した真相は、暗く重たいものだった。

[感想] 本作品集の白眉はやはりこれとしたい。前掲の経緯を踏まえた上で、強烈な一撃を浴びせる一話である。明かされる真相そのものはお話として手垢の付いたものだが、冴子にそれを気付かせるための根拠の示し方や、この登場人物たちだからこそ出来る物語の繰り方が巧みで新鮮な驚きを感じさせてくれる。

[総評]

 全般に論理のアクロバットが主体であり、論拠や証拠の提示という点では不足している。また、謎自体もすっきりしすぎているせいか概ね真相が透けて見えているのもやや気に掛かる。しかし冴子・空美・京一に《孤高のハンター》人見合子といった主要キャラクターの個性的な造型と、パターンを形成しつつも魅力的な謎の設定が巧妙で、それをすっきりと解していく手捌きそのものに読み応えがあり、さほど不満と感じさせないのだ。常のような衒学趣味やガジェットへの拘りを抑え、軽く読み通せる仕上がりにしている辺りもいい。「お見合いミステリ」という惹句をさておいても、山口雅也氏の新しい方向性を示唆した点で重要な作品集と言えよう。

 ……一点、京一くんがどーも目立っていないのが不憫ではあった。既に刊行済みの続刊ではちゃんと活躍の場を与えて貰っているのだろうか。それが妙に気懸かりである。

他の判型

講談社ノベルス版 [bk1amazon]

講談社文庫版 [bk1amazon]

コメント

タイトルとURLをコピーしました