シェルター 終末の殺人

シェルター 終末の殺人 『シェルター 終末の殺人』

三津田信三

判型:四六判仮フランス装

レーベル:ミステリ・フロンティア

版元:東京創元社

発行:2004年5月25日

isbn:4488017061

本体価格:1700円

商品ページ:[bk1amazon]

  目醒めたとき、私――三津田信三はシェルターの内部にいた。東京創元社に依頼された作品を取材するため訪れた地で突如放射線量率計が上昇する異常事態に遭遇、追われるようにシェルターに逃げ込んだ際、したたか頭を打ち付け倒れていたのだ。中にいたのは私を含めて六名――いずれもシェルターを内包した迷路を見学していた人々であり、それが初対面のはずだった。だがシェルター内部に籠もって三日目、ひとりが密閉された室内で首を吊った姿で発見されると、ひとり、またひとりと殺されていく。外部の様子さえ窺い知れず、他に生存者がいるのかも解らない極限状況で、なぜ殺人事件が発生するのか?――

 なんとゆー罪な本であることか。特にp80から10ページ以上にわたって繰り広げられるミステリ映画・イタリアンホラーなどに関する論議の魅力的なことといったら。この一節だけで非常に幸せな気分を味わいました。

 それ以外にも、全体を通してある種のマニアに訴えかける素材が詰め込まれている。無論、最たるものは本格ミステリ、それも密室殺人ものに対する愛着だ。状況そのものが極限的な密室であるのに、更にその中で密室が構成され自殺としか思えない殺人事件が発生する。序盤は視点人物である三津田と星影という登場人物のあいだでだけディスカッションが行われるが、その議論の内容は見事なまでに正統的な本格ミステリの手順を踏んでいる。映画ほど綿密に作例を持ち出すことはしていないが、ミステリ愛好家であればあるほど頷ける点が多い考察が繰り広げられる。

 反面、イタリアン・ホラーやミステリものに興味が乏しいほど琴線に触れるものがない、という危険があるようにも感じた。完全なる密閉状況であり、そこにいる人々とビデオ室に揃えられた映画類ぐらいしか描写するものがないためだが、それだけに思いっ切り読者を選んでいると言えよう。このことは、強烈なクライマックスについても言える。

 個人的には、序盤の記述に疑問を感じてしまったことと、インターネット某所での書き込みとを合わせた結果、かなり早い段階で狙いに気づいてしまったのだが、そのアイディアを支えるために繊細な伏線が張られていることには感心した。だが、極端であると同時に決して特異な着想ではないために、却って人によって評価は割れるように思う。

 読者それぞれの好き嫌いは分かれるだろうが、実に周到な計算の行き届いたミステリであることは間違いない――ただ個人的に惜しいと思うのは、頻出する密室トリックが全般に軽すぎること。実効性にも疑問を感じることが多かったが、ミステリのトリックは一種の様式美なので多少実現が困難であるくらいは問題とは考えない。ただ出来れば、様式美であればもう少しバリエーションは欲しかった――物語の展開からすると、そうするのもまた難しいとは承知しているのだけど。

 前述の通り、本書の読みどころのひとつはイタリアン・ホラー映画の蘊蓄が続く一節である。その切り出しにはマリオ・バーヴァとダリオ・アルジェント作品がいちばんいい箇所に揃えられ、他に無数のホラーやサスペンス映画の作品名が有名無名問わず並べ立てられた棚の様子を2ページほど費やして徹底的に綴られる。

 で、そのうちダリオ・アルジェントの作品名を連ねた一節には、きっちり『デスサイト』の名前が見える。いま読めば不思議には感じないが、しかし冷静に考えるとちょっとおかしい。何故なら、これの日本での発売は2004年07月に入ってから、しかもあくまで邦題であり、英題は『The Card Player』だったはず。だがしかし、本書の発行日は05月25日、店頭に並んだのも同時期である。いったいいつ情報を仕込んでいたのか、いやそれ以上にこの物語はいったいいつの出来事なのか。

 たまたま読んでいる最中、著者にお会いする機会があったので(ていうか、本当はそれまでに読み終えられたら〜などと思っていたのですが間に合わず)確認したところ――校了後、本当にギリギリのタイミングで差し替えたのだそうです。が、たぶんこの頃はまだ情報が錯綜していたせいで、本当は『デス・サイト』とナカグロ入りであるべきところが抜けており、それがとても悔しそうなご様子でした。重版がかかれば直るところではありましょうが、これはこれで面白いと思ったり……色んな意味で。この妙味を堪能したい方は書店に走りましょう。

 もひとつついでに、ネタバレ気味のひとりごと。

 映画アイデンティティー』とネタ被っているのも事実ですが、仕掛けに対する伏線張り方本書のほうが格段に上です。私はむしろ岡嶋二人クラインの壺』を連想しました。

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