ナハトイェーガー〜菩提樹荘の闇狩姫〜

ナハトイェーガー〜菩提樹荘の闇狩姫〜 『ナハトイェーガー〜菩提樹荘の闇狩姫〜』

涼元悠一

判型:文庫判

レーベル:GA文庫

版元:Soft Bank Creative

発行:2006年12月31日

isbn:4797337745

本体価格:620円

商品ページ:[bk1amazon]

 白河恵那は学校帰りの夕暮れ、立ち寄った“秘密の場所”で、まるで西洋人形のように現実離れのした美少女と遭遇する。彼女――フレイヤとの出逢いが、病院長の娘とはいえ凡庸な感性の持ち主である恵那を、奇怪な非日常の世界へと導いていく……

 ……あまりに話が途中すぎて感想の書きようがありません。

 本書は『あいつはダンディー・ライオン』『青猫の街』を発表したのち沈黙、その間ゲームシナリオに関わるようになった著者久々の小説単行本である。一時期御本人のサイトで第一話のみ掲載していたが、好評を受けて単行本化の運びとなったようだ。私はいずれ書籍になるだろうと予測して読むのを控えていた――わけではなく、PC画面で小説を読むのがどうにも億劫だったため躊躇しているうちに発売が公表されたので、こうして刊行を待って読んだのである。

 著者は非常に丹念な下調べや素材選びを行ったうえで執筆にかかるのが性分と見え、異国でのプロローグにドイツ語を中心とした独特の語彙、時計にまつわる蘊蓄に終盤で意味を持つ弓道の作法などなど、雑学の鏤め方が尋常でなく細かい。衒学的とさえ形容したくなるそうした描写が、物語の焦点となるフレイヤの超越的な佇まい、そして異界めく物語の気配を強め、正当化している。このあたりの手管に職人的なものが窺える。

 ただ、著者の活動について予備知識があるからこそ尚更なのだろうが、どうも作り方が“美少女ゲーム”めいているのが全体に気に掛かる。テキストウインドウに合わせたような、短いセンテンスと多めの改行による文体はテンポを形成して、雑学をふんだんに織り交ぜた晦渋とも取れる文章を読みやすくしている点、ライトノベルという枠で発表された本書には似つかわしいのだが、展開自体もコマンド選択式のアドヴェンチャー・ゲーム風に、まるでランダムに配置されたイベントを回収して結末を捜し出していくに似たスタイルを取っており、少なくとも本書1冊のみで判断する限り、イベントが散漫すぎてひと筋の“物語”の体を成していない印象だ。純粋に、“空気”だけを描き出したいのならそれでもいいが、本書のようにふんだんな知識によって構築された背景があるような作品では、もどかしさだけが終始付きまとう。

 読者の意表を衝くことを最優先したかのような話運びにしても、人物それぞれの役割がころころと入れ替わりすぎて、どうも恣意が濃すぎるように感じられるのが難だ。特に第二幕でキーマンとなるある人物など、ここで現れた目的自体が不明で、読み終わっても気持ちのなかでどこに位置づけていいのか解りにくい。メインであるはずのフレイヤをも食うほどの存在感を示しながらこの格好では、ますます話としての焦点がぼけたままで、読者としては宙ぶらりんの気分を味わわされる。

 要するに本書は、かなり壮大に組み立てられた物語の“序章”なのだろう。それは敢えて『あとがき』のあとに『幕間』を持ってきた構成からも窺い知れる。ならばやはり、物語としてどうこうするのはこの時点では控えるほかない。とりあえず、とっとと次の巻を出してくれー、と願うのみだ。

 ――という真面目な読み方を抜きにしたほうが、本書のみであれば楽しめるかも知れない。恵那とその級友達の構成する微温的で心地好い雰囲気に、あまりに常軌を逸したフレイヤたちが絡む面白さ。歪な百合空間を描きつつ、フレイヤの従者ヒルダに正統派メイドに対するこだわりを鏤めて、更に随所でディープなフェティシズム論考をさり気なく交えてくる小癪な技も駆使してくる。あちこちでその趣味に共鳴できる人間ほど、本筋以外のところでニヤニヤさせられることが多い仕上がりとなっている。

 物語としてのカタルシスは今後の展開に期待するとして、ひとまず本書だけならば、“萌え”要素の坩堝と化してグロテスク一歩手前の豪華絢爛さを誇る人物設定と細かなモチーフの妙を堪能するのがいい読み方だろうと思う。

 そういう屈折した読み方で終わらせないためにも、しつこいようだが早く続編を上梓していただきたい。もう“幻の作家”に戻るのは勘弁してください。ほんとに。

コメント

  1. 冬野 より:

    > “幻の作家”
    そういえば「ラスト一章を書く前に事故死してれば、未完の名作で後世に語り継がれたかもしれないのに」とか言われちゃった、酷い周囲の隣人をお持ちの作家さんもいましたな。

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