『クロノス〈HDリマスター版〉』


『クロノス〈HDリマスター版〉』のAmazon Prime Video作品ページ。

原題:“La Invencion de Cronos” / 英題:“Cronos” / 監督&脚本:ギレルモ・デル・トロ / 製作:アルトゥール・ゴルソン、ベルサ・ナヴァロ / 撮影監督:ギレルモ・ナヴァロ / プロダクション・デザイナー:トリータ・フィゲロ / 編集:ラウール・ダヴァロス / 衣装:ジェノヴェーヴァ・ペティピエール / 音楽:ハヴィエル・アルヴァレス / 出演:フェデリコ・ルッピ、ロン・パールマン、クラウディオ・ブルック、タマラ・サナス、マルガリータ・イザベル、ダニエル・ヒメネス・カチョ / 初公開時配給:ONLY HEARTS Co, Ltd. / 映像ソフト日本最新盤発売元:TC Entertainment
1993年メキシコ作品 / 上映時間:1時間32分 / 日本語字幕:?
1998年2月13日日本公開
2016年7月6日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazonPrime Video]
Amazon Prime Videoにて初見(2021/2/18)


[粗筋]
 錬金術師のウベルト・フルカネリは宗教裁判所の追求を逃れるため、海を越えメキシコへと渡る。時計師として生計を立てながら研究を続け、遂にフルカネリは永遠の命を手に入れるための装置――《クロノス》の開発に成功する。
 それから400年後、天井の崩落事故に巻き込まれた被害者のなかに、まるで大理石のような肌を持つ男がいた。破片に心臓を貫かれた男は、「時は永遠なり」という不思議な言葉を遺して息絶える。その後、男の家は捜索されたが、具体的な事実はなにひとつ公表されなかった。そこにあったはずの《クロノス》の存在も含めて。
 更に時は流れた。21世紀を間際に控えたメキシコで古物商を経営するヘスス・グリス(フェデリコ・ルッピ)は、ボロボロになった天使の像を仕入れる。孫娘のアウロラ(タマラ・サナス)と戯れているとき、その像からにわかに虫が湧き出してきた。不審に思ったヘススが像を調べてみると、台座の空洞のなかに、懐中時計のような装飾品を見つける。
 ほどなく天使像はやたらと金払いのいい男に買い取られていったが、ヘススは装飾品は手許に残した。アウロラを傍らに、装飾品を調べていると、突然現れた突起物に手を刺される。その晩、ヘススは猛烈な喉の渇きに苛まれ、そして、刺されたその痛みをふたたび渇望していることを感じる。
 一方、天使像を買い取った男――アンヘル(ロン・パールマン)は、叔父(クラウディオ・ブルック)に打擲されていた。病に全身を蝕まれ余命幾許もない叔父は、フルカネリの開発した《クロノス》の行方を求めており、それがヘススの店に納品されたことを探り出していたのだ。像のなかに《クロノス》がなかったために激昂した叔父の命令で、アンヘルはヘススの店を荒らし、現場に自身の名刺を残していく。
 名刺に導かれてアンヘル達の会社を訪れたヘススは、自分の身に起きたことの意味を初めて知る。彼は知らないうちに、《クロノス》の力で、不死の身体を手に入れていたのだ――


『クロノス』予告篇映像より引用。
『クロノス』予告篇映像より引用。


[感想]
 クリエイターの個性は処女作に詰まっている、とよく言われる。絶対にそう、とまでは言い切れない、と個人的には考えているが、少なくともギレルモ・デル・トロ監督の出世作となった本篇が、のちにオスカーにまで輝くこの監督の作風を凝縮した内容であることは間違いない。
 とにかく、デル・トロ監督を象徴する要素は、既にあらかた詰まっている。古式ゆかしい怪奇映画の系譜を感じさせる装飾過多な美術に、突如として割り込む蟲や内臓、流血といったグロテスクなモチーフ。クリーチャーへの愛情を描写に鏤めながら、その存在そのものが宿す悲哀を浮き彫りにしていく描き方も、そこに我欲や衝動を優先する際立った悪党を人間側に用意して対比させる手法も、すべて本篇のなかで使われている。
 ただし、さすがに最初期の作品だけあって、作りはだいぶ荒々しい。怪奇映画的な美術は、脈絡を考えずに押し込まれている感があるし、主人公・ヘススの変容していく過程がいささか急激なので、人間性を逸脱していく恐怖、その悲哀が充分に表現し切れていない嫌味がある。また、ロン・パールマン演じるアンヘルの凶暴さも、あまりに理性や打算を無視しすぎており、物語を予測不能に翻弄する力はあるものの、歪な印象を与える一因にもなっている。
 ひとつひとつの要素を検証してみれば、このように仕上がりの甘さが散見されるが、しかしそれが不快感や不満に繋がらないのは、それらのモチーフに対する憧憬、それをかたちに出来る喜びが溢れているからだろう。観客の嗜好におもねって盛り込むのではなく、自分はこういうものが好きなのだ、という想いを素直にかたちにした美術、キャラクター、物語は、グロテスクでありながら終始愛らしい――まあ、そこまで言えるのは、多かれ少なかれ監督と近しい嗜好があるからこそで、蟲も流血も好きではない、というひとからすれば、不快感の方が色濃いだろうけれど。
 それにしても、根本的に“怪奇映画”の文脈で描かれながらも、本篇の漂わせる情感は素晴らしい。そもそも優れた“怪奇映画”は、登場するクリーチャーに想いを寄せ、自らの生きる世界に馴染むことが出来ない苦しみや、意に染まぬ事態に巻き込まれていく哀しみを織り込んでいることも多いのだが、デル・トロ監督の作品はこの情感が深く、素直に伝わってくる。本篇の場合、何も知らぬまま《クロノス》の針を受けてしまったヘススの、最初の動揺から、若返るというポジティヴな変化への戸惑いと喜び、そして次第に強くなっていく血への渇望と、その行き着く先に対する哀しみ。
 デル・トロ監督作品では少年少女が物語の鍵を握ることも多いが、本篇でもこうした語り口、解りやすさに、主人公ヘススの孫娘アウロラが貢献している。最初からヘススの変化を見守り、苦しむ彼に寄り添ったこの心優しい孫娘の存在が、やもするとそのまま闇に消えかねなかったヘススの存在を繋ぎ止め、そして最後の哀切で優しい結末へと誘っている。彼女がいなければ、この後味もあり得なかった。
 仕上がりは決して洗練されていない。しかし、本篇にはデル・トロ監督の評価を着実に高めていった傑作『デビルズ・バックボーン』や『パンズ・ラビリンス』、そして最高の栄誉へと繋がった『シェイプ・オブ・ウォーター』の萌芽が確かに見受けられる。怪奇映画への愛着、クリーチャーに対する優しい眼差しを一貫して持ち続ける監督の、原点に相応しい作品なのだ。長篇初監督作品にしてここまで自らの個性をしっかりと確立し、愛すべき作品に仕立てているのだから、やはり最初からこの監督はただ者ではなかったのだろう。


関連作品:
デビルズ・バックボーン』/『ヘルボーイ』/『ヘルボーイ/ゴールデン・アーミー』/『パンズ・ラビリンス』/『パシフィック・リム』/『クリムゾン・ピーク』/『シェイプ・オブ・ウォーター
薔薇の名前』/『007/消されたライセンス』/『バッド・エデュケーション
アンダーワールド(2003)』/『スペル』/『ぼくのエリ 200歳の少女』/『ダーク・シャドウ』/『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア

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