TOHOシネマズ上野、スクリーン8入口脇に掲示された『竜とそばかすの姫』チラシ。
原作、監督&脚本:細田守 / 作画監督:青山浩行 / CG作画監督:山下高明 / Cgキャラクターデザイン:Jin Kim、秋屋蜻一 / CGディレクター:堀部亮、下澤洋平 / 美術監督:池信孝 / プロダクションデザイン:上條安里、Eric Wong / 色彩設計:三笠修 / 撮影監督:李周美、上遠野学、町田啓 / 編集:西山茂 / 衣装:伊賀大介、森永邦彦、篠崎恵美 / 音楽監督&音楽:岩﨑太整 / 音楽:Ludwig Forssel、坂東祐大 / メインテーマ:millennium parade × Belle『U』 / 声の出演:中村佳穂、成田凌、染谷将太、玉城ティナ、幾田りら、森山良子、清水ミチコ、坂本冬美、岩崎良美、中尾幸世、森川智之、宮野真守、島本須美、役所広司、石黒賢、ermhoi、HANA、佐藤健 / 企画&制作:スタジオ地図 / 配給:東宝
2021年日本作品 / 上映時間:2時間1分
2021年7月16日日本公開
公式サイト : https://ryu-to-sobakasu-no-hime.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2021/7/17)
[粗筋]
5人の賢者の手によって創造され、いまや5億のアカウントを要する、ネットワーク上の広大な仮想空間《U》。生体情報に基づき自動生成される《As》として、もう一つの人生を歩むことの出来る、夢の世界である。
ある日、この仮想空間に彗星の如く現れた歌姫・Belle。そばかすのある、個性的な風貌と独特の歌声で一躍、《U》のスターとなる一方、誹謗中傷も多く、その正体が何者なのか、関心の的となっていた。
その素顔は、高知ののどかな街に暮らす、内藤鈴(中村佳穂)という女子高校生だった。有名人どころか、陰キャで通り、親友と呼べるのもヒロちゃんこと別役弘香(幾田りら)くらいしかいない。幼少期、増水により中州に取り残された子供を救う代わりに母(島本須美)が犠牲になって以来、大好きだったのに歌うことも出来なくなってしまった。
だが、生体情報をベースに人物像を再構築する《U》のなかでなら、歌うことが出来た。喜びのあまり、自分の歌をアカペラで歌っていたが、それがネット上ならではのかたちで拡散されてしまう。見知らぬ誰かが彼女の曲を編曲し、彼女の《As》を思い思いの華麗な衣裳で彩り、瞬く間に鈴は《Belle》として、神秘のディーヴァに祭りあげられてしまう。
現実の鈴は、相変わらず陰キャのままだった。ネットでは歌えるようになったが、亡き母も参加していた合唱団の稽古には小声でしか参加出来ず、幼い頃に「守ってやる」と言ってくれた幼馴染みの久武忍(成田凌)は、いまでは人気のバスケ部員で、鈴が迂闊に接近しようものなら途端に周囲がザワつく。
それでもネット内の《Belle》の歌声はユーザーから熱望され、《U》でも最大規模のライブが実施されることになった。しかし、彼女が歌い始めた途端、会場のドームがにわかに破られる。飛び込んできたのは《竜》(佐藤健)と、それを追うジャスティンを中心とするネット内の自警団であった。
あちこちで争いを仕掛け、多くのアカウントを凍結させた化物《竜》は、その正体について各所で議論が巻き起こっている。鈴もまた、ヒロちゃんとともに《竜》の正体を探りはじめる――
[感想]
まるで、細田守監督作品の印象的モチーフをコラージュしたような――と思ったら、実際に細田作品の集大成的な意味合いも含めて企画されたらしい。故に、『サマーウォーズ』的な仮想空間が用いられているのも、消極的で想いを寄せる相手との触れあい方が解らない、といったシチュエーション、必ず物語と絡んでくる“家族”という要素。『おおかみこどもの雨と雪』や『バケモノの子』にも通じる、排除される者のヴィジュアルや社会との関係性を、《竜》というモチーフを介して盛り込んでいる。
その一方で、従来には見られなかった趣向もある。特に明瞭なのは、“歌に重きを置いている点だ。
導入こそ『サマーウォーズ』を彷彿とさせるが、そこから本篇の主人公・鈴のアバターである《Belle》の歌に入っていく。3DCGならではの縦横無尽のカメラワークと、繊細で幻想的なギミックにより彩られたくだりは、いきなり観ている者の心を鷲づかみにする。決して洗練されていないが、独自の雰囲気を湛えた《Belle》=中村佳穂の歌声とも相俟って、本篇ならではの世界観を瞬くうちに形成する。
この《Belle》が魅せる華やかさと、それを受け入れるネット社会のかまびすしさが、主人公・鈴の実像と露骨なまでに対比されてしまう。友達は少なく注目を浴びることもなく、幼馴染みの忍に想いを寄せていても、告白するどころか、ちょっと会話しただけで騒動になるほど、傍目には縁がない。彼女がそんな風になった背景も絡めながら、《Belle》という存在が急速に大きくなっていくさまを、パッチワーク的な編集で描いていく。
しかし、率直に言うと、本篇におけるもうひとりのタイトルロールである《竜》に、《Belle》が関心を抱くくだりは、いささかしっくり来ない。初登場の時点から、独善的な正義を振りかざす一団に追われるさまが違和感をもたらし、自然と観客を《竜》に肩入れさせるが、この流れだけでは何故《Belle》こと鈴が《竜》に何を感じたのか、が伝わりにくい。
ただそれは、物語を追うほどに明確になっていく。追っ手をかわしながら、背中に刻まれた無数の傷痕に苦しめられる《竜》。《Belle》に対し、拒絶と許容の狭間で揺れる《竜》のもとへと導く、クリオネの姿をした謎の《As》。こうした要素が、終盤で紐解かれる《竜》の正体と結びついていくと、なぜ鈴が《竜》に関心を抱いたのかが次第に解っていく。
こう記したものの、その謎解きの醍醐味に期待してしまうとたぶん肩透かしを食う。いまここで触れた要素のなかにも、劇中でははっきりと説明していない部分があるため、漫然と観ていると、いつの間にか正体が判明して、急速にクライマックスに突入してしまった、というふうに感じるかも知れない。
本篇には『おおかみこどもの雨と雪』以降の細田作品にある、思考や構成の偏りも見受けられる。ただ、やもするとマイナスにも受け取られるそうした偏りが、本篇では絶妙なバランスで個性、魅力として昇華されている、と感じた――やはり観ているあいだは引っかかりを覚えて、観終わってからも減点につながる可能性はあるが、上質の興奮とカタルシスを味わえるひとも多いだろう。
これまでの細田監督作品の要素を引用しつつ、表現的な冒険、お遊びにも事欠かない。歌の扱いもそうだし、クライマックスの趣向もそのひとつだが、個人的にいちばんニヤリとさせられたのは、鈴が忍との関係について、周囲から反感を買ったくだりの表現だ。完全に比喩のみを用いているのだが、これはネットワーク社会を題材としているからこそ活きてくる発想だろう。見せ方はコミカルだが、翻って、ネット社会も範囲の狭いコミュニティも、本質的には似通っている、という象徴とも取れる。
実のところこの物語は、ラストシーンまで辿り着いても解決していないことはたくさんある――たとえば《竜》の正体を巡る問題はまだまだ根が深いだろうし、それ以上にこのあと、主人公の鈴自身がたぶん大変なことになる。だが本篇は、そうした問題もいずれは乗り越えられるだろう、という予感をもたらす。この予感は、きっと観るひとの多くを鼓舞し、勇気づける。
前作『未来のミライ』で作家性を強く確立した監督が、その一歩先に向かおうとしていることを実感させる、やはり集大成と言うに相応しい作品である。たぶん細田守という監督は、本篇を境に、新たな章へ突入したのだろう。
関連作品:
『時をかける少女(2006)』/『サマーウォーズ』/『おおかみこどもの雨と雪』/『バケモノの子』/『未来のミライ』
『翔んで埼玉』/『寄生獣 完結編』/『惡の華』/『箱入り息子の恋』/『幕が上がる』/『ズートピア』/『
『白ゆき姫殺人事件』/『天気の子』/『SNS 少女たちの10日間』
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