ユナイテッド・シネマ豊洲、スクリーン2入口脇に掲示された『プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵』ポスター。
原題:“Escape from Pretoria” / 原作:ティム・ジェンキン『脱獄』(同時代社・刊) / 監督:フランシス・アナン / 脚本:フランシス・アナン、L・H・アダムス、カロル・グリフィス / 製作:デヴィッド・バロン、マーク・ブラニー、ゲイリー・ハミルトン、マイケル・カラム、ジャッキー・シェパード / 撮影監督:ジェフリー・ホール / プロダクション・デザイナー:スコット・バード / 編集:ニック・フェントン / 衣装:マーリオット・カー / キャスティング:ナーン・ロウランド / 音楽:デヴィッド・ハーシュフェルダー / 出演:ダニエル・ラドクリフ、ダニエル・ウェバー、イアン・ハート、マーク・レオナード・ウィンター、ネイサン・ペイジ、グラント・パイロ、レニー・ファース、リアム・アムール / 配給:アット・エンタテインメント
2020年イギリス、オーストラリア合作 / 上映時間:1時間46分 / 日本語字幕:安本煕生
2020年9月18日日本公開
公式サイト : http://www.at-e.co.jp/film/escape/
ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2020/10/06)
[粗筋]
アパルトヘイト体制が敷かれていた1978年の南アフリカで、アフリカ民族会議の一員として抗議活動を展開していたティム・ジェンキン(ダニエル・ラドクリフ)とスティーヴン・リー(ダニエル・ウェバー)は、爆発装置を用いたチラシ配布を行っていた最中に警察に発見され、逮捕されてしまった。
白人として政府の庇護を受けながら抗議活動をしていたことを法廷で糾弾され、爆発装置を制作したティムは懲役12年、協力したリーは懲役8年の判決を受けた。
ティムにもリーにも、刑期を全うするつもりは毛頭ない。自分たちの主張の正しさを主張し、活動を続ける仲間たちの励みとなるためにも、できる限り早く脱獄するつもりだった。
ふたりが収容されたブレトリア中央刑務所には、かつてネルソン・マンデラとも活動を共にしていたデニス・ゴールドバーグ(イアン・ハート)が投獄されていた。ゴールドバーグは他の思想犯たちの処遇に悪影響を及ぼさないよう“良き囚人”を通すべきだ、とティムたちを諭す。だがティムもリーも、ゴールドバーグの功績には敬意を表しながらも、脱獄計画について譲るつもりはなかった。
しかし、プレトリア刑務所は脱獄に対して厳重な警戒を敷いている。塀を越えることもトンネルを掘ることも出来ない。脱獄を決意したものの、何ら具体的な策が浮かばないまま時は過ぎていく。
やがてティムは、鍵に着目する。塀越えもトンネル掘りも出来ないなら、正規の入口を通るしかない。金属は入手も隠蔽も困難だが、刑務所内でも、木工作業の過程で木材の破片は入手出来る――すなわち、観察と試行錯誤を繰り返し、脱出に必要な鍵をすべて、木材を加工して作ろうというのだ。
レオナール・フォンテーヌ(マーク・レオナード・ウィンター)も仲間に加わり、ティムとリーは監視の目を盗んでの試行錯誤を繰り返す。攻略せねばならない鍵穴は多く、慎重を期した計画は、1年以上にも及ぶのだった――
[感想]
スタッフ一覧でも解る通り、実際の脱獄劇を、当人の回顧録をベースに映画化した作品である。エンドロールを見ると、“Story consultant”としてティム、リー、ゴールドバーグの名前もクレジットされているので、かなり克明に再現したと思われる。
しかし、そうした成立過程を考えると意外なほど、本篇の作りはストレートだ。ほぼ愚直なまでに、ひとつの脱獄計画について細かに描き通している。
むろん、事実を題材にしていればこそ、時代背景を疎かにはしていない。本篇の主人公であるティムたちが投獄された理由は、そもそもがアパルトヘイト体制への抗議活動にある。爆発装置を使用したとは言え、怪我人も出ていないと思われる犯行としてはあまりに重すぎる12年という量刑も、そもそも彼らの思想に対する制裁、という側面が強く、裁判官自身もそう明言している。そんな、あからさまな言論弾圧に対抗するべく、脱獄というかたちでメッセージを発信する、という信念が彼らを突き動かしている。
アパルトヘイト体制の影は、刑務所の中にもはっきりと影を落としている。ティムたちの収容された区画に黒人の姿はない。唯一、主人公が接点を持つのは、渾名で呼ばれてこき使われる下働きとして食堂に出入りしている黒人くらいだ。同じ政治犯であっても黒人は明確に区画が分けられ、劣悪な扱いを受けている、ということが窺える。
かのネルソン・マンデラとも活動を共にし、既に長いこと刑に服しているデニス・ゴールドバーグがティム達に軽率な振る舞いを窘めるのも、それが他の活動家へのより強い締め付けや、既に囚われた仲間たちの処遇の悪化に繋がることを危惧していたからだ。それほどにこの当時、アパルトヘイト体制は南アフリカに根を下ろし、対立する言論は抑圧されていたわけだ。
という具合に、読み解けばしっかりとアパルトヘイトの現実を織り込み、それが物語に反映されているのだが、恐らく観ているあいだそれを気に留めて、頭を悩ませるようなひとはあまりいないだろう。それが悪い、というわけではなく、むしろ本篇はそうやって観てしまっても構わない、と言えるほど、表面的にはシンプルな“脱獄映画”に徹している。
そのシンプルさは潔いほどで、他にルートがない、と悟り、鍵を複製して扉を開ける、という方法に活路を見出すと、ひたすらにそのプロセスだけを見せる。こうした映画にありがちな刑務所内でのトラブルや人間関係のドラマはスパイス程度に留め、鍵の観察や複製のための素材調達、監視の眼を掻い潜ってのテスト、といった、脱出に至るまでの試行錯誤やトラブルに焦点を当てて描き続ける。
簡単に方法が決まってしまうから、波乱が乏しく単調になりそうなところだが、本篇はこうした行為ひとつひとつが生み出すサスペンスを緻密に汲み取り、随所でヒリヒリとした緊張感の走るシーンを組み込んでいる。何をしているのか、どんなトラブルに遭遇しているのか、といった焦点が明快で、かつテンポよく表現されているから、実際には1年以上に及ぶ物語が非常にスピーディで、ほとんど退屈させない。
原作であるティム自身の回顧録では、彼がアパルトヘイト体制への抗議活動に身を染めていった経緯や、脱獄後の苦労も描かれていたというが、本篇これらを潔くカットしてしまった。それゆえに、当時の歴史的、政治的な問題をシリアスに掘り下げたようなものを求めると間違いなく失望するが、しかしこの時代背景をきっちりと活かしながら、あまり深く考えずとも楽しめる、エンタテインメントの好篇に仕上がっている。深遠な考察や深い余韻は味わえない代わり、鑑賞後のカタルシスはかなり爽快だ。
関連作品:
『ウーマン・イン・ブラック 亡霊の館』/『ネバーランド』
『アルカトラズからの脱出』/『裏切りのサーカス』/『グッド・シェパード』/『それでも夜は明ける』/『ノーカントリー』/『パニック・ルーム』/『パピヨン』/『ミュンヘン』
『大脱走』/『ショーシャンクの空に』/『板尾創路の脱獄王』
『アマンドラ!希望の歌』/『インビクタス/負けざる者たち』/『第9地区』/『ケープタウン』/『シュガーマン 奇跡に愛された男』
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