『キング・オブ・シーヴズ』

TOHOシネマズシャンテが入っているビル外壁にあしらわれた『キング・オブ・シーヴズ』キーヴィジュアル。
TOHOシネマズシャンテが入っているビル外壁にあしらわれた『キング・オブ・シーヴズ』キーヴィジュアル。

原題:“King of Thieves” / 原作:ダンカン・キャンベル、マーク・シール / 監督:ジェームズ・マーシュ / 脚本:ジョー・ペンホール / 製作:ティム・ヒーヴァン、エリック・フェルナー、アメリア・グランジャー、アリ・ジャーファー、ミシェル・ライト / 製作総指揮:ライザ・チェイシン、ディディエ・ルフェール、ダニー・パーキンス / 撮影監督:ダニー・コーエン / プロダクション・デザイナー:クリス・オッディ / 編集:ジンクス・ゴドフリー、ニック・ムーア / 衣装:コンソラータ・ボイル / キャスティング:ニナ・ゴールド / 音楽:ベンジャミン・ウォルフィッシュ / 出演:マイケル・ケイン、ジム・ブロードベント、トム・コートネイ、チャーリー・コックス、ポール・ホワイトハウス、レイ・ウィンストン、マイケル・ガンボン、フランチェスカ・アニス / ワーキング・タイトル製作 / 配給:kino films
2018年イギリス作品 / 上映時間:1時間48分 / 日本語字幕:鈴木恵美
2021年1月15日日本公開
公式サイト : https://kingofthieves.jp/
TOHOシネマズシャンテにて初見(2021/1/21)


[粗筋]
 2014年、ブライアン・リーダー(マイケル・ケイン)は、糟糠の妻リン(フランチェスカ・アニス)を失ったことですっかり意気消沈していた。かつてはイギリス全土にその名を轟かせた金庫破りだったが、晩年の妻に窘められていたこともあり、仲間たちには葬儀の席で仕事の話を持ち出さないように忠告する。
 事実上引退を宣言していたブライアンだったが、旧知の若いエンジニア、バジル(チャーリー・コックス)の提案に心を揺さぶられてしまう。イギリスにはハットンガーデンという宝石商の集まる地域があり、周辺の店舗はその一画に設置された金庫に、最上級の宝飾金やインゴットの類を一括で保管している。そのセキュリティの暗証を、人づてに入手することが可能だ、とバジルは言うのだ。金庫の扉は分厚いが、破り内部に潜入できれば、莫大な稼ぎが得られる。
 逡巡したが、最終的にブライアンはバジルの計画に乗ることを決めた。テリー・パーキンス(ジム・ブロードベント)にジョン・ケリー・コリンズ(トム・コートネイ)、ダニー・ジョーンズ(レイ・ウィンストン)ら、かねてからの悪党仲間たちに呼びかけ、更に人手を補うべくカール・ウッド(ポール・ホワイトハウス)も招き入れ、犯行に着手する。
 ブライアンたちが狙ったのは2015年、イースターの休暇に入った数日間。バジルが鍵と警報を解除し、ブライアンたちが侵入、分厚い壁にドリルで穴を穿ち、そこから侵入する作戦だった。
 しかし金庫室の壁は固く、1日では貫通に至らず、一同は連休、繰り返し現地へと足を運んだ。だがその途中、突如としてブライアンは、計画からの離脱を宣言した――


[感想]
 本篇は実際の事件をベースにしている。なにせ事件から映画化までの期間が短く、犯人像が完全に現実と一致しているわけではないようだが、実際に犯罪が行われた街でロケを実施、故人の背景ややり取りはともかく、事件の時系列や犯行が明らかになっていく過程もかなり現実に添っているようだ。
 しかしそれゆえに、こうしたクライム・ドラマでは期待してしまうような込み入った細工、スリリングな駆け引き、といった要素はない。なにせセキュリティは、専門知識のあるバジルがいるので簡単に突破できるし、いざ金庫の扉の前まで辿り着いたら、ドリルで時間をかけて穴を開けて潜入する、というシンプルな手段だ。しかも壁が厚く、潜入できる幅を確保するため3つの穴を開けねばならないので、作業は数日に及ぶが、そのあいだ警報の誤作動と警察の巡回が迫る、というピンチはあるが、それだけなのである。波乱が乏しく、被害の大きさに対して犯行の過程が平板なので、率直に言って物足りない印象を受けてしまう。
 だが本篇は、そうした犯行の独創性やテクニックよりも、ヴェテランの犯罪者達が自身の衰えや環境の変化を晒しながらも、それをイギリス人らしいユーモアで彩って大きな“仕事”に臨む、そのやり取り自体の味わいのほうにこそ魅力がある。
「なるべく事実に沿って描くがそれ故にコメディになるかも」といった主旨の言葉を監督は漏らしていたようだが、まさにその通りで、本篇の描写はスリリングというよりもコミカルだ。僅かな隙間から潜入する必要があるため、新たに迎え入れた仲間・カールに「尻を痩せさせろ」と言ってみたり、ドリルが派手に稼働しているその脇で、インシュリン注射を打って貰う者がいたり、見張りなのに居眠りしてしまう奴がいたり、と随所に滑稽な光景が繰り広げられる。そこには、悪党たちともいえど避けがたい“老い”というものの悲哀と、それを笑いに転化してしまう余裕が伺える。実際に、こうした世界で生きてきた人間なら、衰えを実感してもこんな風に振る舞うだろう、というリアリティが明確に感じられる。
 そして、金庫破りそのものよりりも、メンバー構成や分け前の問題でこじれていく犯行後の流れの方がなかなか興味深い。古い馴染みとはいえ寄せ集めに過ぎず、勝手に人員を増やされたことで対立したり、犯行グループの主導権を巡って暗闘を繰り広げたり、と犯行以前よりも不穏さを増していく。
 だがその一方で、ヴェテランならではの度胸で大胆に実行された犯罪が、捜査陣によって着々と丸裸にされていく様も並行して描かれる。潜入に際して下準備や偽装を重ねながらも、いまや街中に設置された監視カメラや、照会が容易な犯罪記録からあっさりとメンバーが特定されていく様は、そうした世の中の変化に対応しきれなかった彼らの愚かさ、自覚し切れていなかった衰えが露わで、そこにもまた哀愁が滲んでいる。
 故に本篇は、犯行の機知や意外性を楽しむのではなく、盗賊として生きてきた男たちの逞しさやしたたかさ、奥に秘めた危うさ、といった人間像の面白さをこそ味わうべき作品だろう。マイケル・ケインやジム・ブロードベントといったイギリスの名優達が揃っているのも、そういう魅力を体現するために不可欠だった。
 とは言い条、語り口のテンポの良さや洒脱なやり取りの割に、事件が単純であるためどうも牽引力に乏しい、という欠点はある。犯罪ものとしての醍醐味を期待するよりも、その世界に身を置く者たちを飄々と、或いは大胆に演じる名優達の姿をこそ堪能すべき作品だろう。


関連作品:
マン・オン・ワイヤー
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