『ゴースト・ドッグ』


『ゴースト・ドッグ』DVD(amazon商品ページにリンク)。

原題:“Ghost Dog : The Way of the Samurai” / 監督&脚本:ジム・ジャームッシュ / 製作:リチャード・グエイ、ジム・ジャームッシュ / 撮影監督:ロビー・ミュラー / プロダクション・デザイナー:テッド・バーナー / 編集:ジェイ・ラビノウィッツ / 衣装:ジョン・ダン / キャスティング:エレン・ルイス、ローラ・ローゼンタール / 音楽:RZA / 出演:フォレスト・ウィテカー、ジョン・トーメイ、クリフ・ゴーマン、ヘンリー・シルヴァ、イザーク・ド・バンコレ、RZA、ゲイリー・ファーマー、リチャード・ポートナウ、トリシア・ヴェッセイ、カミール・ウィンブッシュ / プライウッド製作 / 初公開時配給:フランス映画社 / 映像ソフト発売元:Paramount Japan
1999年アメリカ、ドイツ、フランス、日本合作 / 上映時間:1時間56分 / 日本語字幕:? / PG12
1999年11月27日日本公開
2009年9月25日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]
公式サイト : https://www.ghostdog.net/ ※閉鎖済
DVD Videoにて初見(2021/2/16)


[粗筋]
 ゴースト・ドッグ(フォレスト・ウィテカー)という、凄腕の暗殺者がいる。
『葉隠』を愛読し、日本文化や侍の精神に心酔している。それゆえに、かつて窮地を救ってくれたマフィアのルーイ(ジョン・トーメイ)だけを主君と定め、他の人間からの依頼は受けない。ルーイとの連絡も、ゴースト・ドッグが拠点を構える屋上から放つ伝書鳩に限定していた。
 その日もゴースト・ドッグはルーイの依頼に従い、黙々と任務を果たした。だがその現場に、指示にはない娘がいたことが、彼を思わぬかたちで追いつめる。
 ゴースト・ドッグの標的はハンサム・フランク(リチャード・ポートナウ)といい、マフィアの構成員だった。ボスであるレイ・ヴァーゴ(ヘンリー・シルヴァ)の娘ルイーズ(トリシア・ヴェッセイ)に手を出してしまったために始末されたが、ルーイがゴースト・ドッグに暗殺を指示したその時間、フランクはルイーズと一緒にいたのだ。
 一部始終を目撃された以上、フランクを殺害した者に落とし前をつけなければいけない。レイたちはゴースト・ドッグを殺すため、ルーイから情報を得ようとするが、彼は主と定めたルーイに対しても、正確な所在を教えていなかった。レイの命令を受けた部下はやむなく、“伝書鳩を飼っている黒人”を闇雲に探し始めるのだった……


『ゴースト・ドッグ』本篇映像より引用。
『ゴースト・ドッグ』本篇映像より引用。


[感想]
 原題には“the way of the sanurai”がつくまさにその通りの映画、と言っていい。
 劇中、日本人は登場しない。本篇における“サムライ”は、タイトルロールであるゴースト・ドッグその人だ。どういうきっかけがあったのか、武士道の指南書として知られる『葉隠』を愛読し、拠点とする屋上にお手製の神棚を作って祈りを捧げている。主君のために尽くす、という意識をはじめ、『葉隠』のなかで説かれる武士としての心得を守って生きる姿は、確かに“サムライ”なのだ。『葉隠』は日本語ではなく英訳版、神棚はありものを寄せ集めた不格好な代物で、トレーニングの中で披露する刀捌きも我流の印象が色濃いが、それこそが自分のスタイルと信じ貫く姿は、確かに“サムライ”に見える。
 ゴースト・ドッグが暮らしているのは黒人の多い地域で、彼自身も黒人文化にどっぷりと浸かっていることは、交流する近隣の人びとや、彼が仕事の移動中にカーステレオで聴く音楽からも窺える。だからなのか、独自の価値観、信念を持って行動するゴースト・ドッグだが、彼が所属するコミュニティからは浮いていない。彼がそういう人物だ、ということは、完全に許容されているように映る。
 逆に、映画の中で描かれる事件で初めてその正体を知ったマフィアの面々は、強い違和感を示す。そこには、アメリカという国家が未だ――本篇の発表から20年以上経た今もまだ――内包する“分断”が象徴されているようにも読み解ける。所属するコミュニティの中では、ゴースト・ドッグのスタイルは個性であり、敬意を持って受け止めている様子すら窺えるが、接点が僅かしかないマフィアの面々にとってはあまりに異質なのだろう。
 こういう風に読み解いていくとだいぶ重苦しく感じてしまうが、しかし本篇の語り口は基本的に洒脱で軽快だ。ゴースト・ドッグの決して揺るがず、完成された佇まいもさることながら、マフィア側の、剣呑でありながら滑稽な振る舞いもその軽さに貢献している。
 本篇のマフィアは、『ゴッドファーザー』で描かれる重厚感とは程遠く、だいぶ情けない。ボスの娘の行動が管理できてない、なんてのはどうでもいい方で、しょっちゅうテレビアニメを観ていたり、ゴースト・ドッグを殺すはずがろくに相手を確かめもせず引き金を引いてしまう部下、挙句は財政難で、使っているアジトの家賃ですら支払を滞らせている。DVDに収録された未公開シーンでは、手を出した事業がことごとく赤字を重ねていて、会計士から破産を勧められる、なんてひと幕まで描かれていて、およそ威厳というものがない。
 しかし、そんな連中と並べられているからこそ、ゴースト・ドッグという人物の毅然たる様が際立っている、とも言える。もしマフィアたちがふてぶてしい悪党であれば、本篇はただ暗く荒々しい味わいになっていたかも知れない。彼らが間抜けで、どこか愛すべき人物として描かれているから、ゴースト・ドッグという男の生き様が引き立っている。
 ただ個人的に残念なのは、このマフィアたち以上に信念を持ったプロフェッショナルであるゴースト・ドッグの鮮やかな仕事ぶりのなかで、“日本かぶれ”という設定があまり活きていない点だ。終盤、叛逆に出るゴースト・ドッグは実に鮮やかに敵を始末していくが、折角トレーニングしていた剣術を用いる場面はない。銃器の扱いにチャンバラの影響は窺えるが、ここまで“異国のサムライ”というキャラクターを強調するのなら、見せ場として刀も使わせて欲しかった。
 生きる時代も場所も間違えてしまったかのような本篇の主人公が辿る末路は、やはり滑稽で、同時に物悲しい。しかしその一方で、不思議な快さもある。彼が理想とする武士道にはあまりにも似つかわしくない世界だが、そんな中でも信念を貫いた姿は、憐れであっても潔く、とても清々しい。
 私が鑑賞したジム・ジャームッシュ監督の長篇はこれで3つ目だが、どの作品も、ユニークでどこかしら逸脱している。或いは、そうした破調の生き方を描き出すことを好んでいるのかも知れない。そんな中にあって、無理に日本に寄せることなく、日本人にも共感できる水準の“サムライ”をアメリカの文化の中で描いてしまった本篇は、そのスタイルの頂点に位置する1本なのではなかろうか――断言するためには、他の作品も観てみなければいけないけれど。


関連作品:
10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス』/『リミッツ・オブ・コントロール』/『デッド・ドント・ダイ
バード(1988)』/『ラストキング・オブ・スコットランド』/『裏切り者』/『オール・ザット・ジャズ』/『キャノンボール2』/『スケルトン・キー』/『アメリカン・ギャングスター』/『アダプテーション』/『パーフェクト・ストレンジャー』/『ガーゴイル
羅生門』/『ゴッドファーザー』/『アメリカン・グラフィティ』/『パルプ・フィクション』/『ウルヴァリン:SAMURAI

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