『グリーンマイル』

TOHOシネマズ日本橋、エレベーター正面に掲示された『グリーンマイル』上映当時の午前十時の映画祭13案内ポスター。
TOHOシネマズ日本橋、エレベーター正面に掲示された『グリーンマイル』上映当時の午前十時の映画祭13案内ポスター。

原題:“The Green Mile” / 原作:スティーブン・キング / 監督&脚本:フランク・ダラボン / 製作:フランク・ダラボン、デヴィッド・ヴァルデス / 撮影監督:デヴィッド・タッターサル / プロダクション・デザイナー:テレンス・マーシュ / 編集:リチャード・フランシス=ブルース / 衣装:ケイリン・ワグナー / キャスティング:マリ・フィン / 音楽:トーマス・ニューマン / 出演:トム・ハンクス、デヴィッド・モース、バリー・ペッパー、ジェフリー・デマン、ダグ・ハッチソン、マイケル・クラーク・ダンカン、サム・ロックウェル、マイケル・ジェッター、ボニー・ハンター、パトリシア・クラークソン、ゲイリー・シニーズ、グラハム・グリーン、ハリー・ディーン・スタントン、ウィリアム・サドラー、ダブス・グリア、イヴ・ブレント、ビル・マッキニー、ブライアン・リビー、ブレント・ブリスコー / 初公開時配給:GAGA-HUMAX / 映像ソフト日本最新盤発売元:NBC Universal Entertainment Japan
1999年アメリカ作品 / 上映時間:3時間8分 / 日本語字幕:戸田奈津子 / PG12
2000年3月25日日本公開
午前十時の映画祭13(2023/04/07~2024/03/28開催)上映作品
2018年3月27日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD VideoBlu-ray Disc]
NETFLIX作品ページ : https://www.netflix.com/watch/81281872
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2023/10/10)


[粗筋]
 1935年。ポール・エッシコム(トム・ハンクス)は死刑囚監房の看守主任として、コールド・マウンテン刑務所に勤めている。ここに運ばれるのは皆重罪人であり、そう遠くない将来、死を迎える運命にある。看守の仕事はそんな彼らの心のケアから、処刑場の準備、実際の執行に至るまで、すべてを執り行う。
 当時のエッジコムには幾つもの悩みがあった。ひとつは、州知事夫人の甥というコネを利用して看守となったパーシー・ウェットモア(ダグ・ハッチソン)が暴力的な振る舞いをし、囚人たちに対して気遣いを行わないことだ。特に、エデュアール・“デル”・ドラクロア(マイケル・ジェッター)に対して敵意を剥き出しにし、怒りに任せて指を叩き折るほどだった。
 また彼らのボスであるハル・ムーアズ所長(ジェームズ・クロムウェル)は、最愛の妻メリンダ(パトリシア・クラークソン)がこのところ深刻な頭痛に悩まされている、と打ち明ける。苦痛のあまり、品性のあった彼女からは想像もつかなかった悪態を穿くことすらあるという。レントゲンを用いた診察を控えナーバスになる所長を、エッジコムは友人として励ます。
 しかしエッジコム自身も、尿路感染症を患い、排泄のたびに襲いかかる激痛に悩んでいる。医師からの処方で一時的に鎮静化しても痛みがぶり返している。多忙のために通院を先送りにし続けているが、次第に耐え難い状態になりつつあった。
 その死刑囚監房に、新たな囚人が連行された。誰もが見上げるほどの巨漢ジョン・コーフィ(マイケル・クラーク・ダンカン)は、幼い姉妹に暴行を働いた挙句に殺害した罪で死刑判決を受けた。その体躯に看守たちは身構えるが、コーフィは思いのほか従順で、手のかからない囚人だった。
 だが、それから間もなく収容されたウィリアム・“ワイルド・ビル”・ウォートン(サム・ロックウェル)は問題児だった。精神病院から移送されたときは薬が効いた恍惚状態を装いながら、隙を突いて看守を襲撃、死刑囚監房は騒動となる。辛うじてワイルド・ピルは取り押さえられ拘束されるが、同僚を見送ったあと、エッジコムは局部の激痛で倒れる。
 そのとき、コーフィがエッジコムを呼び寄せると、予想もしなかった“奇跡”を起こす――


[感想]
 劇場公開時には決してヒットとは言えなかったが、のちに映像ソフト版やテレビ放映で高く支持され、2023年にもなるともはや古典に並ぶ名作のように扱われている傑作『ショーシャンクの空に』のスティーブン・キング原作、フランク・ダラボン監督という組み合わせによる2作目の映画である。
 原作が短篇であった『ショーシャンクの空に』に対し、本篇は長篇、しかも初回刊行当時は6分冊だった――ただし、1冊1冊はかなり薄かったはずで、のちに復刊された際に2分冊までまとめられた、が、いずれにしてもキングらしい大作である。短篇の鮮やかなアイディアを、付随するドラマによって膨らませていく、短篇の映画化と異なり、巧みな整理と圧縮が必要となる。
 だが、よほどこの監督はキング作品を愛しているか、愛されているかのどちらかなのだろう。圧縮したがゆえの不自然さ、ぎこちなさなどいっさい感じさせない、古典めいた風格さえ漂わせた傑作に仕上がっている。
『ショーシャンクの空に』がひたすら囚人側の視点で描かれているのに対し、本篇は看守、しかも死刑囚監房が舞台となっている。囚人に対して冷酷で傲慢な看守ばかりだったあちらに対し、間もなく死を迎える囚人たちに相対する主人公ポールをはじめとする看守の態度は、新人を除けば極めて穏やかだ。他人に危険を及ぼさなければ、多少の自由は認めるそのスタンスは、誰よりも死に直面した者たちに対する優しさの表れであり、それが物語のトーンをも支配している。新人の看守や、性根の腐った囚人によって血腥い事態が引き起こされるくだりもあるが、本篇は『ショーシャンク~』よりも静かで快い。
 だがその一方で、過酷な現実を描いている、という点では変わりない。それぞれの事情で罪を犯し、取り返しのつかない状況に陥ってしまった囚人でさえ、多くは望んで凶行に及んだわけではないのだ。彼らを犯罪へと駆り立てた社会の闇は、対峙する看守たちの心をもしばしば苛む。本質が善良である囚人に刑を執行するとき、立ち会う被害者の係累が向ける憎悪とも、や物見高い野次馬たちの好奇心とも、異なる眼差しで看守たちは見つめている。
 そして、その苦悩と、悟りとも諦念ともつかぬ想いを何よりも象徴するのが、死刑囚ジョン・コーフィだ。少女を無惨に殺したかどで死刑を言い渡されたこの男は、しかしその経歴と、周囲を圧倒する巨躯に似合わず、看守の言葉に対して従順であり、静かすぎるほどに穏やかだ。決して多くを語らないその佇まいは、居るだけで視線を惹き、その来歴に関心を抱かせる。実はコーフィこそがこの物語の中核であることが明確になるのは、この長い物語の中盤にもなるのだが、登場時点からそれが察せられるのは、演じているマイケル・クラーク・ダンカンの恵まれた容姿と、説得力のある表現があってのことだ。真面目に、彼の存在がなければ本篇はここまでの説得力、優れた情感は生まれなかったかも知れない。
 コーフィの特異な能力が明確となり、ファンタジー的な性格を強く帯び始めたのちも、物語を貫く優しさと、人間ドラマの奥行きは深まっていく。スリリングで昂揚感をもたらすくだりで緩急をつけたのち、明かされていく秘密と、それゆえの決断がじりじりと胸に迫ってくる。看守にとっては、劇中でも描かれた職務に過ぎなかったはずのクライマックスの、壮絶さと神々しさが溶けあうような美しさは、積み上げられたドラマがあってこそ成り立つ。様々なことを知り、背負い込んでしまった人びとの表情は、胸を打つものがある。
 ただし、物語はそこでは終わらない。観客が忘れかかっていた、作品としての構造そのものに、もうひとつのドラマが秘められている。この、コーフィが辿った運命とはある意味で対極に位置するもうひとつのドラマの出現が、実は本篇のもっとも特異で、貴重な部分かも知れない。コーフィを中心に綴られた世界の不条理は、ファンタジーならではのドラマとして本篇を昇華させている。
 作品としての衝撃、完成度、いずれにおいても『ショーシャンクの空に』のほうが上であり、古典として存在感を発揮させるのは間違いないように思われる。しかし、似た舞台と近しい主題を備えながら、新たな情感を生みだした本篇もまた名作であり、恐らくは『ショーシャンクの空に』とともに、新たな観客に親しまれ愛されていく作品になるはずだ。

 フランク・ダラボン監督によるスティーブン・キング作品の映画化はこのあと更にもう1本、『ミスト』が製作され、それで打ち止めとなった。『ミスト』以降、ダラボン監督による映画作品がないのは、日本でも一大ブームを巻き起こしたドラマシリーズ『ウォーキング・デッド』のショーランナーを務め、その余裕がなかった、というのが大きそうだが、別の一因として、『ミスト』に対する反発が予想以上に強かった、というのもあるかも知れない。
 実のところ、『ミスト』はジャンル的にも内容的にも、『ショーシャンクの空に』や本篇よりも遥かに、モダン・ホラーの第一人者であるスティーブン・キングらしい作品である。しかも、原作は短篇であり、曖昧なまま締めくくられた物語だが、映画では小説にはない結末を加え、ホラーとしての強度を増した仕上がりだった。先行2作で監督を信頼していた原作者も、その出来映えに太鼓判を捺している。
 だが、如何せん、『ショーシャンクの空に』や本篇とはあまりにもイメージが違いすぎた。あの感動をふたたび、と安易に手を出した観客を戦慄させ、結末でドン引きさせてしまった。他方で、ホラーとして楽しんだ観客であってもあの結末は評価が割れがちで、結果としてキング原作×ダラボン監督のコラボレーションが途絶えてしまった印象がある。前述の通り、実際にはダラボン監督は『ウォーキング・デッド』という大ヒットドラマを抱えていたわけで、長い空白がそのまま、このコラボの良好な関係が終わったことを意味してはいるまい。
『ショーシャンクの空に』から『ミスト』に至る振り幅は、このコラボレーションの相性の良さゆえだろう。2022年のシーズン11をもって『ウォーキング・デッド』は完結しているので、そう遠くない将来、またキング×ダラボンの新作が拝めるかも知れない。


関連作品:
ショーシャンクの空に』/『ミスト
キャリー(1976)』/『キャリー(2013)』/『シャイニング 北米公開版〈デジタル・リマスター版〉』/『ドクター・スリープ』/『スタンド・バイ・ミー』/『ドリームキャッチャー』/『シークレット・ウィンドウ』/『1408号室
プライベート・ライアン』/『ザ・ロック』/『I am Sam』/『デアデビル』/『ザ・プロフェッショナル』/『ジュラシック・パークIII』/『レインマン』/『ダーティハリー5』/『フォレスト・ガンプ/一期一会』/『ダンス・ウィズ・ウルブズ』/『エイリアン』/『愛についてのキンゼイ・レポート』/『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART3』/『ザ・シークレット・サービス』/マルホランド・ドライブ
ゴジラ(1954)』/『アラバマ物語』/『カッコーの巣の上で』/『私は貝になりたい(2008)

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