TOHOシネマズ上野、スクリーン1入口脇に掲示された『一度も撃ってません』チラシ。
企画&監督:阪本順治 / 脚本:丸山昇一 / プロデューサー:榎望、菅野和佳奈 / 製作総指揮:木下直哉 / 撮影:儀間眞吾 / 照明:宗賢次郎 / 美術:原田満生 / 編集:普嶋信一 / 衣装:岩﨑文男 / メイク:豊川京子 / スクリプター:今村治子 / 音楽:安川午朗 / 出演:石橋蓮司、大楠道代、岸部一徳、桃井かおり、佐藤浩市、豊川悦司、江口洋介、妻夫木聡、新崎人生、井上真央、柄本明、寛 一 郎、前田亜季、渋川清彦、小野武彦、柄本佑、濱田マリ、堀部圭亮、原田麻由 / 制作:プロダクション・キノ / 配給:kino films
2020年日本作品 / 上映時間:1時間40分
2020年7月3日日本公開
公式サイト : http://eiga-ichidomo.com/
TOHOシネマズ上野にて初見(2020/07/30)
[粗筋]
東京には伝説のヒットマンが存在する。依頼を受けて的確に“仕事”をこなし、場合によっては他殺であることも悟らせず対象を始末する。間もなく定年退職する予定の編集者・児玉(佐藤浩市)が新人の五木(寛 一 郎)に語ったところによれば、それは児玉が五木に担当を引き継がせようとしている売れない作家・市川進(石橋蓮司)のもう一つの顔らしい、という。
市川はかつて純文学でデビューするも、その後は鳴かず飛ばず、やがて“御前零児”という筆名を用いてハードボイルド小説を執筆し始めた。いまひとつ物足りない出来映え故に児玉はずっとボツにし続けているが、しかしその作中で描かれる殺人の様子がやたらと克明で、しかも実際に起きた事件に酷似しているのだ。
事実、市川は元ヤメ検弁護士・石田(岸部一徳)の仲介により、暗殺をしている――が、実は市川自身は手を下していない。昼間は鉄工所に勤務する今西(妻夫木聡)が依頼を遂行、市川は今西が実際に体験したことを取材し、それを小説に採り入れているだけだった。黒ずくめの服でダンディに決め、夜の街を徘徊しているが、本質はただの臆病な高齢者に過ぎなかった。
度重なるボツにもめげず執筆を続ける市川だったが、ちかごろ急速に時の流れを感じ始めていた。馴染みのモデルガンショップは店長が亡くなり、漢方薬局の店主は郷里である中国に帰ってしまった。市川や石田が行きつけのバー《Y》も、マスターであるポパイ(新崎人生)が高齢になった両親のために地元に戻ることを決意し、間もなく閉店することが決まっている。
しかし、市川の危機は、彼の予想もしないところから襲いかかってきた。書斎を封印し、何を書いているのか打ち明けもせず、夜な夜な徘徊している夫に、市川の妻・弥生(大楠道代)が疑いの目を向けていたのだ――
[感想]
石橋蓮司が“伝説のヒットマンだけど実は一回も引き金を引いたことがない小説家”を演じる、という前提だけで、“面白い”のはほぼ確定していた、と断言したい。そのくらい、秀逸な着想である。
もちろん、監督が阪本順治、脚本は『探偵物語』から同監督の『行きずりの街』まで、長年ハードボイルドを手懸けてきた丸山昇一という“職人”のコンビなので、実に細部まで気配りが行き届いており、世界観の完成度が著しい。
本質にメスを入れていくと、本篇の主人公・市川進の立場はだいぶしんどい。純文学の作家としてデビューしたが売れず、その後、傾倒するハードボイルドを服装から実践、本物の暗殺者に犯行時の段取りや生の感覚を取材して作品に盛り込む――という、物書きの端くれに言わせてもらえれば最高すぎるお膳立てをしているのに、けっきょく作品は発表に至らない。真面目な妻の収入に頼りながら、日々“取材”に明け暮れ、ハードボイルドを気取り続ける。その部分に光を当ててしまうと、この人物に嫌悪感を抱くひともたぶんある。
しかし本篇は、そういう社会的に照らして浮かび上がる“醜さ”を、意識的に映さないようにしている。その一方で、妻に対しても他人に対しても基本は声を荒らげず、常連だったガンショップの店主の死を悼んだり、《Y》のマスターの病を気遣って漢方薬を届けたり、という気遣いが出来る人物である側面を描く。日中は傍目にも疲れた老人なのに、夜は(たぶん相当頑張って)ダンディな立ち居振る舞いを貫き、なるべく格好いい物言いが出来るように努力を怠らない。本篇で見える市川進という人物は、非常に愛すべき人物なのだ。
そんな人物だから、わりと法に触れる行為をしている――実際に手を下していないとは言い条、依頼を受けているのは市川自身だ――にも拘わらず、不思議と後ろめたさがない。市川が予め標的を探り、制裁を受けるに相応しい人物に限っているふしもあり、それが勧善懲悪ものの空気も作っているのも奏功している。
だがこの作品、市川に限らず、キャラクターが立っており、しかもリアリティを損なっていない。市川の事情を知りつつ、敢えてそのやり口に付き合って仲介をしている元ヤメ検弁護士・石田に、ふたりの長年の旧友で夜な夜な《Y》に出入りする元ミュージカル女優のひかる(桃井かおり)、このふたりは特に、それぞれの個性の際立ち方も秀逸だが、市川との絡みが素晴らしい。もともと演じている三者、及び市川の妻を演じた大楠道代は、原田芳雄を中心に長年公私ともに交流が深かった、ということもあり、あからさまなアドリブらしいやり取りにも不自然さがなく、非常にのびのびとしている。彼らのやり取りだけずっと観ていたい気分にすらなる。
他のキャラクターたちも、きちんと練りこまれているので、やけに殺し屋と一般人との距離が近い世界観の奇妙さを感じさせない説得力が備わっている。その市川が殺人の依頼を託している本物の殺し屋・今西は昼間の顔と殺し屋としての顔にうまく折り合いをつけた人物像が成り立っているし、実はけっこう重要なキーマンである《Y》のマスター・ポパイも、台詞は少ないが立ち居振る舞いにその設定に合ったディテールが緻密に織り込まれていて、終盤のある出来事での言動に力を加えている。定年を迎える編集者・児玉や市川の担当を引き継ぐ五木の、出版業界内にある世代差を巧みに反映した描写もリアリティがあるし、最終的に市川を危機に陥れる暗黒街のひとびとの関わりかたもナチュラルだ。
警察がろくに機能していなかったり、自身が犯行に携わらない市川への疑問を抱く者が少ない、という不自然はあるのだが、それを他の部分のリアリティと人物像、表現の魅力で補い、最後まで魅せてしまう。展開そのものをおさらいすると、実は派手さなど皆無だし、結末も拍子抜けの感があるのに、その物足りなさを凌駕するくらいに本篇はその佇まいが魅力的なのだ。
物語の随所に市川を筆頭とする登場人物たちの“老い”をくっきりと織り込み、大きなトラブルこそ決着したが、日常が急激に変わっていく兆候もちりばめている。しかし、それを承知のうえで、最後までハードボイルドを気取る市川は滑稽で、しかし愛らしく、いっそ本物の“男”の香気さえ漂わせている。
この世代の俳優たちの交流と信頼関係、という背景があって初めて成り立つ、優秀なコメディにして、ある意味では本物の“ハードボイルド”である。そう装い続けることの滑稽さや苦労も見せながら、ラストシーンまで“ハードボイルド”を貫くなんて、時代外れもいいところだが、そこがいい。
関連作品:
『行きずりの街』/『闇の子供たち』/『座頭市 THE LAST』/『大鹿村騒動記』
『犬鳴村』/『舞妓はレディ』/『終戦のエンペラー』/『誰も守ってくれない』/『必死剣鳥刺し』/『GOEMON』/『来る』/『白ゆき姫殺人事件』/『万引き家族』/『いぬやしき』/『鍵泥棒のメソッド』/『内村さまぁ~ず THE MOVIE エンジェル』/『ソフトボーイ』
『探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点』/『許されざる者(2013)』/『第三の男』/『チャイナタウン』/『ロング・グッドバイ』/『ゴーン・ベイビー・ゴーン』/『ウィンターズ・ボーン』/『スペンサー・コンフィデンシャル』
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