『最後の決闘裁判』

ユナイテッド・シネマ豊洲、スクリーン9入口脇に掲示された『最後の決闘裁判』ポスター。
ユナイテッド・シネマ豊洲、スクリーン9入口脇に掲示された『最後の決闘裁判』ポスター。

原題:“The Last Duel” / 原作:エリック・ジェイガー / 監督:リドリー・スコット / 脚本:ニコール・ホロフセナー、マット・デイモン、ベン・アフレック / 製作:ベン・アフレック、マット・デイモン、ジェームズ・フリン、ジェニファー・フォックス、ニコール・ホロフセナー、リドリー・スコット、ケヴィン・J・ウォルシュ / 製作総指揮:マディソン・エインリー、ケヴィン・ハロラン、ドリュー・ヴィントン / 撮影監督:ダリウス・ウォルスキー / プロダクション・デザイナー:アーサー・マックス / 編集:クレア・シンプソン / 衣装:ジャンティ・イェーツ / キャスティング:ケイト・ローズ・ジェームズ / 音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ / 出演:マット・デイモン、アダム・ドライヴァー、ジュディ・カマー、ベン・アフレック、ハリエット・ウォルター、アレックス・ロウザー、マートン・ソーカス、ウィリアム・ヒューストン、オリヴァー・コットン / スコット・フリー/パール・ストリート製作 / 配給:Walt Disney Japan
2021年アメリカ、イギリス合作 / 上映時間:2時間32分 / 日本語字幕:松浦美奈 / PG12
2021年10月15日日本公開
公式サイト : https://www.20thcenturystudios.jp/movies/kettosaiban
ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2021/11/02)


[粗筋]
 1386年フランス、ノルマンディー。騎士のジャン・ド・カルージュ(マット・デイモン)の妻レディ・マルグリット(ジョディ・カマー)が、ジャンの旧友ジャック・ル・グリ(アダム・ドライヴァー)に強姦された、と訴え出た。
 事態の発端は、ジャンが百年戦争に従軍した当時に遡る。当時は極めて強い絆で結ばれていたジャンとジャックは共に出陣していたが、ジャンがイングランド軍の挑発に乗ってしまったことが原因で、フランス軍は撤退を余儀なくされる。お咎めはなかったが、ノルマンディーに新たな領主として赴任したピエール2世(ベン・アフレック)の心象を悪化させた。
 それに対しジャックは、もともと修道士を志して学んでいたため読み書きや経理に強く、領地の財政立て直しに貢献したため、ピエール2世の覚えが非常に良かった。そのため、ピエール2世は褒美として、ジャックに領地を与える。
 だがこの土地は本来、ロベール・ド・ティボヴィルの領地であった。父が急逝し領地を継いだジャンは早急に世継を設ける必要に駆られ、縁あってロベールの息女であったレディ・マルグリットを娶った。こちらも財政難であったジャンはその際、ロベールから持参金として領地の一部を譲り受けていたが、しかしその中でも肥沃な一帯は、ジャンが譲渡されるより先に、不足した税金の代わりとしてピエール2世が接収、そのうえでジャックに与えられていた。
 ジャンは国王シャルル6世(アレックス・ロウザー)に訴えるが、却下された。更に、ジャンの一家が祖父の代から受け継いでいた城砦の長官職までもジャックに与えるに及んで、ピエール2世の評価を巡って不穏な状態に陥っていたふたりの関係は、決定的に悪化する。
 やがてジャンはスコットランド戦線において功を挙げ、従騎士から騎士へと昇進する。その報奨を受け取るべく、ジャンがパリに赴いた1週間の留守に、事件は起きた――


[感想]
 フランス中世版『羅生門』、と捉えるのが一番シンプルな理解の仕方だろう。
『羅生門』との違いは、真実が“藪の中”に消えていくかのような構成だったのに対し、本篇では明確に“真実”と謳ったパートがあり、いちおうはそこに真相が明示されている、と捉えられる形になっている。
 しかしそれは決して表現の後退ではなく、強調したかった題材の違いによるものだろう。見栄や自尊心、羞恥心、憐れみとが交錯して迷宮化していく『羅生門』に対し、本篇は中世社会における、貴族階級の過剰すぎるまでの自己評価の高さと実像の食い違い、そしてそのなかで“所有物”も同然に虐げられる女性の苦しみを剔出することに焦点が当てられている。
 最初、ジャンの目線で描かれる出来事は、いささか高慢だが誇り高い騎士が、友情に裏切られ、愛する妻を汚された怒りに命を賭ける、いかにも中世的なドラマを思わせる。しかし、ジャンが王に訴え出て決闘による裁判が行われる運びとなった段階で、物語は端緒まで遡り、こんどはジャックの立場から綴られていく。
 ここから作品は不可解な展開を見せる。同じ場面を描きながら、ジャン目線のときとすべてが微妙に食い違っているのだ。ジャン目線では、ジャックは領主に取り入ってジャンが得るべき資産を奪ったかのように映るが、ジャック自身の立場では、あくまで領主に対する忠誠として、財政再建に貢献した結果の恩賞として与えられた、という表現になっている。そして、焦点となるマルグリットとの関係についても、まるで印象が異なっている。ジャック目線では、ジャックこそ英雄的なのだ。
 だが、最後にマルグリットの視点において改めて語り直された全容は、まるで異なる――本篇はミステリー的に描いているため、さすがにこれ以上の詳述は避けるが、ひとつ言えるのは、本篇の焦点は中世的な道徳の欺瞞によって締め付けられた人びとにある、ということだ。
 一方は所有物として女性を扱い、もう一方は身勝手な思い込みで情を通じたと決めこんでいる。肥大しすぎた自尊心同士の、証明しようのない対立を、命を賭した決闘で裁く、という展開はあまりにも自己陶酔的で、道化じみている。だが、傷つき血を流し、泥だらけになりながらも戦い続ける様は壮絶で、笑えはしない。
 時期的に、本篇の製作意図にいわゆる“#me too”運動の影響を見てしまうのは致し方ないが、その観点で見るのは恐らく間違っている。その観点で観てしまうと、本篇は解決がなく、あまりにも歯痒い結末だ。本篇はあくまで、現代とは異なる、この時代の価値観にもてあそばれた者たちの悲劇として観るべきだろう。
 むろん最大の被害者は、政治の道具にされ、領地や持参金の付属物のように扱われ、挙句は男たちのプライドによって肉体までも蹂躙されたレディ・マルグリットだ。しかし、家名や栄誉を過大に重要視する価値観のなかで、英雄願望を肥大させ自らの身を滅ぼしていく男たちもまた、時代の犠牲者と言える。
 重厚で奥行きのある、見応えのあるヴィジュアルを構築する技に長けたリドリー・スコット監督による映像はひたすらにリアルで、かつ美しい。泥まみれでも傷だらけでも、年月に煤けた城郭であっても、計算された構図とライティングで表現される中世の空間は芸術的な佇まいだ。しかし、だからこそ人びとが露わにする情動、自己顕示欲の醜悪さが強調される。
 どうしても時節柄、女性の権利の観点から鑑賞してしまうが、本篇はあくまでも、現代に達してようやく描き得た、新しい中世のドラマとして鑑賞するべきだ。構想自体は、歴史上最後に、公式に行われた決闘、という観点から始まっていたかも知れないが、この物語は、自らの血筋に誇りを抱くほどに、その名誉に束縛されるジレンマに苦しみ、最期まで苛まれた人びとの悲劇なのだ。だからこそ、本篇のエピローグに見せる、ある人物の表情は忘れがたいまでに空虚なのだ。もし教訓や啓発を求めるのなら、作品そのものではなく、そこから生まれる思索に求めるべきだろう。


関連作品:
キングダム・オブ・ヘブン』/『ロビン・フッド(2010)
エイリアン』/『ブラック・レイン』/『ブラックホーク・ダウン』/『マッチスティック・メン』/『アメリカン・ギャングスター』/『ワールド・オブ・ライズ』/『プロメテウス』/『悪の法則』/『エクソダス:神と王』/『オデッセイ』/『ゲティ家の身代金』/『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』/『ザ・タウン』/『プロミスト・ランド
フォードvsフェラーリ』/『デッド・ドント・ダイ』/『ジャスティス・リーグ』/『ロケットマン』/『ラビング 愛という名前のふたり』/『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム』/『ワンダーウーマン1984』/『9人の翻訳家 囚われたベストセラー
羅生門』/『燃ゆる女の肖像』/『女王陛下のお気に入り

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