『近畿地方のある場所について』

丸の内ピカデリー、スクリーン1側ロビーに掲示された『近畿地方のある場所について』大型タペストリー。
丸の内ピカデリー、スクリーン1側ロビーに掲示された『近畿地方のある場所について』大型タペストリー。

原作&脚本協力:背筋(KADOKAWA・刊) / 監督:白石晃士 / 脚本:白石晃士、大石哲也 / 企画&プロデューサー:櫛山慶 / プロデューサー:伊藤裕史 / 撮影:高木風太 / 照明:後閑健太 / 美術:安宅紀史、田中直純 / 編集:堀善介 / VFXスーパーヴァイザー:淺川翔大 / 録音:根本飛鳥 / 音響効果:大塚智子 / 音楽:ゲイリー芦屋、重森康平 / 主題歌:椎名林檎『白日のもと』 / 出演:菅野美穂、赤楚衛二、のせりん、菅野莉央、佐藤京、福井裕子、木村圭作、ドン・クサイ、夙川アトム、九十九黄助、久保山智夏、梁鐘譽、山田暖絆、末富真由 / 制作プロダクション:AXON / 配給:Warner Bros.
2025年日本作品 / 上映時間:1時間44分
2025年8月8日日本公開
公式サイト : https://wwws.warnerbros.co.jp/kinkimovie/
丸の内ピカデリーにて初見(2025/8/8) ※初日舞台挨拶つき上映


[粗筋]
《超不思議マガジン》の編集長、佐山武史(夙川アトム)が突如として失踪した。佐山は次号の特集記事をひとりで手懸けていたが、肝心の執筆データも、持ち去られたノートパソコンのなかにしか入っておらず、記事の詳細すら解らない。
 昨今の出版不況で売れ行きが伸び悩み、いつ廃刊になってもおかしくない危機的状況に、新しい記事を用意する余裕はないが、記事を落とせば廃刊の現実性が増す。副編集長の小澤悠生(赤楚衛二)は、佐山が整理しておいた資料から記事の内容を推測し仕上げるしかない、と考えた。小澤は、以前からたびたび世話になっていたフリーライターの瀬野千尋(菅野美穂)の協力を仰ぎ、地下資料室を拠点に、佐山が集めた資料を精査する。
 取材の過程で奇怪な目撃情報が残る女児の失踪事件に、新聞報道もされた合宿中の集団ヒステリー事件の現場を捉えた映像、ある団地の子供たちだけが熱中する奇妙な遊びの話など、集められた資料に一貫性はないが、検証していくうちに、それらが近畿地方のある土地の周囲に集中しており、事象にも繋がりがあることに気づく。
 次第に佐山の手懸けていた特集のあらましが見えてきたのと同時に、残された資料を精査する小澤の周囲でも不可解な現象が相次ぐようになる。果たしてあの土地にはいったい、何が隠されているのか――?

『近畿地方のある場所について』、丸の内ピカデリーで実施された初日舞台挨拶のフォトセッションにて撮影。左から白石晃士監督、菅野美穂、赤楚衛二。
『近畿地方のある場所について』、丸の内ピカデリーで実施された初日舞台挨拶のフォトセッションにて撮影。左から白石晃士監督、菅野美穂、赤楚衛二。


[感想]
 原作は2023年、Web小説投稿サイト《カクヨム》に発表されるや話題を呼び、完結後に書籍化、ベストセラーとなった作品の実写映画化である。ちょうど本篇の発表される前後から、現実と虚構の境目を曖昧にするようなフェイク・ドキュメンタリー的手法のホラー作品が媒体を問わず発表されるようになっており、原作にはそのトップランナーのような趣があっただけに、映画化は必然でもあったように思える。
 そもそも、原作者は本篇を執筆する上で、白石晃士監督の傑作『ノロイ』を念頭に置いていたらしい。監督がそれまで手懸けていた『ほんとにあった!呪いのビデオ』シリーズの手法を踏襲し、リアルな取材映像のみならず、タレントが実名で登場する架空のバラエティ番組の映像なども挿入することで、さも現実の出来事かと思わせるようにした作品である。公開当時は監督名くらいが公表されていただけで、公式サイトでも劇中で主に採り上げられるライターを実際に存在していたかのように描くことで、更に彼我の境を曖昧にしていたので、どこまでが本当か解らない怖さを作品の外でも演出していた。まさしく近年のフェイク・ドキュメンタリー的手法を大きく先取りしていた作品で、本篇に起用されるのは必然だった、とさえ思える。
 ただその一方で、個人的には不安も抱いていた。『ノロイ』以後、というかその前後くらいから、白石監督は暴力性やグロテスクな表現を意識的に取り込み、人間の闇に顔をどっぷりと漬け込むような作品を多く手がけるようになる。それはフェイク・ドキュメンタリー的な手法と融合し、監督の代表作とも言える『コワすぎ!』シリーズへと結実していくのだが、しかしこうした作品群の怖さ、面白さというのは、『ノロイ』を理想として磨き上げられた原作の目指す方向性とは異なっている。果たして完成された作品が、原作に惹かれて劇場に足を運ぶ観客の求めるものに合致するか、は匙加減次第ではないか、と思っていた。
 だから本篇の仕上がりは、実のところ私には予想通りであるとも言え、不安がいささか的中してしまう格好ともなった。
 序盤はかなり、原作の理想的な映像化となっている。資料を精査する、物語の視点部分にあたるパートは、二人の編集者を軸とするドラマの形式となったが、彼らが確認する資料はすべて映像媒体である。当時発生した事件を取材するワイドショーの映像、奇妙な出来事を記録した怪奇ドキュメンタリーめいたパート、そしてある団地の子供たちが楽しむ風変わりな遊びを取材したバラエティ番組と思しい映像など、それぞれの雰囲気を再現しつつ、原作でも登場する要素を巧みに実写として汲み取っている。とりわけ、原作では匿名掲示板のスレ主が心霊スポットに突入して、その都度意見を求めるのに、掲示板の参加者たちが応えていく、という実況版の体裁で進行していく部分を、画面上にコメントが流れていくニコ生の動画という体裁にして、その臨場感とギミックを実写に昇華したくだりは、映像への翻案として素晴らしかった。生配信、というお約束故に、原作にあった怖さの一部を取り漏らした感があるのは惜しいが、発想としては正しい。
 問題は終盤に差し掛かり、小澤と瀬野が自ら取材に動き始めてから、結末までの描写だろう。こういう趣向にしたからこその衝撃、恐怖は確かにアイディアとして盛り込まれ、この設定のテーマと魅力を拡張することには成功している、と思うが、ただどうしても、原作に惹かれたひと、あのスタイルだからこその恐怖に魅せられていたひとには、しっくり来ない可能性が高い。特に、小澤たちが探し出したある人物と家族の行動の露骨な怖さ、そしてクライマックスの現実離れした映像表現は、だいぶ評価が極端に分かれるのではなかろうか。
 実のところ、個人的に予想していたのも、こういうタイプの脚色だった。
 クライマックスの展開、語り口は、やや抑えめにされているが、まさしく白石晃士監督の作風そのものなのだ。あのくだりで思い出すのは、取材者自体をキャラクター化して、ただ怪異に怯えているばかりではない視点人物の痛快なドラマにした《コワすぎ!》シリーズや、4Dを採り入れて劇中の出来事を観客も疑似体感出来るアトラクションにした『ボクソール★ライドショー』のような、設定や表現手法を拡張して、恐怖を興奮のエンタテインメントに変換していく思想である。
 前述した、評価が分かれそうな要素も、その点では非常に白石監督らしいし、原作の世界観、描写からはみ出していない、という意味で、監督の作風の完成ぶりを窺わせるものだ。だから、白石監督作品に接してきたひとや、この映画版で作品世界に触れ、素直に楽しめたひとには納得や満足感を与える。
 だがそれでも、原作はじめ昨今主流となるフェイク・ドキュメンタリー手法のホラーに惹かれて足を運んだひとにとっては確実に納得のいかないものだろうし、冒頭で既にドキュメンタリーに擬していない表現があり、その後も中心となるパートはすべてドラマ形式で綴っているとは言い条、序盤の怖さを演出したドキュメンタリー部分にこそ魅力を感じていたひとには、終盤はトーンが乖離しており、表現手法も怖さの質も一変したように思えるはずだ。それをダイナミックな趣向、と肯定的に捉えるひとも確実にいるだろうけれど、誰もがそう捉えないこともたぶん間違いない。
 もともとホラーというのは難しいジャンルである。なにを恐怖と捉えるか、もひとによって解釈、判断が異なるし、自身が恐怖を感じなければ否定的な感想を抱くひとも、テーマとして、物語として恐怖を突き詰めていることを評価の基準にして、自分が怖いかどうか、は切り分けて鑑賞出来るひともいる。ホラー映画の名作、と呼ばれていても、「怖くないじゃん」と一蹴してしまうケースが多いのも、そうした評価軸のズレが露骨に出てしまうジャンルゆえである。事実、昨今のブームから鑑みれば、名作として再評価されて然るべき白石監督の『ノロイ』にも、「登場人物が喚いているだけ」という感想を少なからず目にした覚えがある――きちんと評価するひとがいて、他ならぬ本篇の原作者や、近年人気を博す各種ホラー作品に影響を及ぼしているあたり、公開当時から高く評価していた私自身は鼻が高いが、「もっと早く認めてくれても……」という思いもたぶん、ずっと抱き続ける。
 本篇は作られるべくして作られたのは確かだし、もともと監督に強い影響を受けた原作者が、この方向性を許容したこともごく自然であり、完成された作品は、決して監督の趣味嗜好のみに走らない、バランス感覚も窺える、作風の円熟ぶりを示す里程標的な1本に仕上がっているのも間違いない。ただ、シンプルに原作の表現手法を映像に転換しなかったことで、どうしても評価が分かれる作品になってしまったのも否めないところだ――それを、たぶんある程度承知の上でやってしまうのも白石監督の逞しさであり、この監督らしさであるから、何作も観てきたものとしては複雑なところなのだが。


関連作品:
ほんとにあった!呪いのビデオ THE MOVIE』/『ほんとにあった!呪いのビデオ THE MOVIE2』/『呪霊 THE MOVIE 黒呪霊』/『ノロイ』/『口裂け女』/『裏ホラー』/『オカルト』/『グロテスク』/『シロメ』/『戦慄怪奇ファイル コワすぎ! 史上最恐の劇場版』/『戦慄怪奇ファイル コワすぎ! 【最終章】』/『ある優しき殺人者の記録』/『ボクソール★ライドショー 恐怖の廃校脱出!』/『鬼談百景』/『貞子vs伽椰子』/『地獄少女』/『降霊 KOUREI
ベイマックス
残穢 -住んではいけない部屋-』/『劇場版 稲川怪談 かたりべ』/『アポロ18』/『グレイヴ・エンカウンターズ』/『グレイヴ・エンカウンターズ2』/『デビル・インサイド』/『シークレット・マツシタ 怨霊屋敷』/『アントラム 史上最も呪われた映画』/『マウント・ナビ』/『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア

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