『ミナリ』

TOHOシネマズ新宿、スクリーン11入口脇に掲示された『ミナリ』チラシ。
TOHOシネマズ新宿、スクリーン11入口脇に掲示された『ミナリ』チラシ。

原題:“Minari” / 監督&脚本:リー・アイザック・チョン / 製作:デデ・ガードナー、ジェレミー・クライナー、クリスティーナ・オー / 製作総指揮:スティーヴン・ユァン、ブラッド・ピット、ジョシュア・バコヴ / 撮影監督:ラクラン・ミルン / プロダクション・デザイナー:ヨン・オク・リー / 編集:ハリー・ユーン / 衣装:スザンナ・ソン / キャスティング:ジュリア・キム / 音楽:エミール・モッセリ / 出演:スティーヴン・ユァン、ハン・イェリ、アラン・キム、ネイル・ケイト・チョー、ユン・ヨジョン、ウィル・パットン / プランB製作 / 配給:GAGA
2020年アメリカ作品 / 上映時間:1時間56分 / 日本語字幕:根本理恵
2021年3月19日日本公開
公式サイト : https://gaga.ne.jp/minari/
TOHOシネマズ新宿にて初見(2021/3/30)


[粗筋]
 1980年代のアメリカ、アーカンソー州の広大な土地に、ジェイコブ(スティーヴン・ユァン)は家族とともに引っ越した。ガーデンを造り、都市で暮らす韓国系移民の口に合う韓国の野菜を供給して成功するのが、彼の悲願だった。
 だが、妻のモニカ(ハン・イェリ)は浮かない顔をしている。万事勝手にことを進める夫は、土地の購入も転居も、自分に相談もなく決められたことに不満を抱えていた。しかも、雑草で覆われた土地にあった新居は、ステップもないトレーラーハウスだった。雨が降れば天井から水が漏れ、ハリケーンが来れば避難も考えなければいけない。まして、息子のデヴィッド(アラン・キム)は心臓に問題を抱え、いつ何が起こるか解らないというのに、病院まで自動車で1時間はかかるこの新居に長居をするつもりはなかった。
 夫婦は当面の生活費を稼ぐため、カリフォルニアで暮らしていたときと同様に孵卵場でヒヨコの仕分けの仕事に就いた。万一のことを考えて堅実に収入を得たいモニカに対し、相変わらずジェイコブは何の相談もなく重機を購入したり、と身勝手に振る舞っている。とうとう激しい言い争いになったふたりは、ひとつの妥協案に漕ぎ着ける。
 ほどなく一家に、モニカの母(ユン・ヨジョン)が越してきた。共働きの夫婦に代わってふたりの子供、アン(ネイル・ケイト・チョー)とデヴィッドの面倒を見てもらい、しばしば衝突する夫婦の緩衝材になってもらうのが狙いだった。
 だが、このとき初めて祖母に接したデヴィッドは、容易に心を許さなかった。デヴィッドの知らない韓国の文化や匂いを持ち込む彼女に対し、抵抗を覚えていたのだった……


[感想]
 たとえ家族であっても、ものの見方も考え方も一緒にはならない。影響を受ける子供であっても、学校教育や友達との交流、誰にでもある反抗期を経て親とは異なる価値観を身につけていくものだし、ましてもともと他人であった夫婦なら尚更だ。
 本篇は冒頭から、夫婦の考えの違いが露骨に表現される。父親は子供に成功する姿を見せなければならない、という信念のもと、ジェイコブは挑戦を繰り返す。他方、妻のモニカは身体に不安のあるデヴィッドのことを考えると、病院まで遠い田舎町に定住することは望ましくない。そのうえ、直接描写はしていないが、自分のガーデンを営む、という計画を、ジェイコブが相談もなく実行に移したことも不満のようだ。
 恐らく、一家の経済状況や我が子の体調も背景とした意見の対立が幾度もあっただろうことは、ふたりが猛烈な口論を始めたとき、子供たちが“喧嘩しないで”と書いた紙飛行機を幾つも飛ばして気づいてもらおうとするくだりから察しがつく。本篇は監督自身の半生をベースにしている、というが、こういうあたりにその体験が盛り込まれているのでは、と思わせる説得力を伴った描写だ。
 説得力、という意味では、途中から一家に加わる祖母の人物像も実に巧みだ。若くしてアメリカに渡って生活してきたジェイコブやモニカと異なり、祖母は韓国の文化、習慣を引きずったまま彼らの中に加わる。実の娘モニカとさえもしばしば食い違いを見せるが、子供たち、とりわけ生まれて初めて祖母と接するデヴィッドが抱く違和感は大きかったはずだ。堅いものを自分の歯で咀嚼してからデヴィッドに与えようとしたり、花札をするときやたらと口が悪くなったり、更に薬と称してデヴィッドの口に合わないものを毎日飲ませようとしたり、まるで意識的にデヴィッドの不興を買おうとしているようにさえ映る。祖母は祖母なりにデヴィッドに思いやりを持って接しているのだが、それが巧く伝わらない。文化や価値観の違いが軋轢を生む序盤の流れは、まさにそうした苦労を体験してきた監督ならではの語り口だろう。
 丁寧に描かれているため、特定の誰かに感情移入するひとも多いだろうが、対立する双方の考え方いずれも理解できるはずだ。だからこそ本篇は、うまく行かないことがもどかしく、そこで右往左往するさまがどこか微笑ましい。終始大変なことずくめなのに、妙に力強く温かみを感じるのは、根っこにある善意、優しさが滲んでいるからだろう。
 ジェイコブとモニカの夫婦の難しさは、対立の果てに離別を決意したとしても、ひとりで生活を支えるだけの基盤を持ち合わせてないことだ。もしモニカが充分な収入を得られる仕事を持っていたなら、早くに夫と距離を取っていても不思議ではない。またジェイコブも、早い段階で事業を軌道に乗せ、人を雇うようになっていたら、妻が子供と共に離れて暮らすのもよしとしていたかも知れない。しかし現実には人手も資金も足りず、それゆえに夫婦は寄り添っているほかない。ふたりの関係には愛情もあるのだが、その心理的な拘束がモニカの心をささくれ立たせ、ジェイコブの劣等感を膨らませていく。序盤はそれでも微笑ましさを留めていたふたりの諍いや小競り合いが、却って冷淡さを帯びていくのが痛々しい。
 事態の突破口は思わぬかたちでもたらされる。少々ご都合主義めいている、と感じるひともいるかも知れないが、その種は文字通り、祖母によって播かれている。たぶんこの終盤で、観客は誰よりもデヴィッドに感情移入するはずだ。戸惑いと、切なさと、溢れるような昂揚感が、激しさから穏やかさへと収束するクライマックスに漲っている。
 タイトルの《ミナリ》は韓国語で《セリ》を意味するという。水場と土さえあれば色々な場所に根付き、富めるひとも貧しいひとも食べられる。終わってみると、実に象徴的な存在なのだ。
 とても現実的なのに、いい意味で重すぎない。むしろその余韻は、観る者の肩を少し軽くしてくれる。観終わってしばらく、その感覚に説明をつけるのが難しいけれど、「いい映画だ」と思える、ちょっと不思議な作品である。


関連作品:
プロフェシー
ROMA/ローマ』/『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』/『パラサイト 半地下の家族

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