TOHOシネマズ上野、スクリーン2入口に掲示された『オリエント急行殺人事件(2017)』チラシ。
原題:“Murder on the Orient Express” / 原作:アガサ・クリスティ / 監督:ケネス・ブラナー / 脚本:マイケル・グリーン / 製作:ケネス・ブラナー、マーク・ゴードン、ジュディ・ホフランド、サイモン・キンバーグ、マイケル・シェイファー、リドリー・スコット / 製作総指揮:マシュー・ジェンキンス、ジェームズ・プリチャード、アディティア・スード、ヒラリー・ストロング / 撮影監督:ハリス・ザンバーラウコス / プロダクション・デザイナー:ジム・クレイ / 編集:ミック・オードスリー / 衣装:アレクサンドラ・バーン / キャスティング:ルーシー・ビーヴァン / 音楽:パトリック・ドイル / 出演:ケネス・ブラナー、トム・ベイトマン、ペネロペ・クルス、ウィレム・デフォー、ジョニー・デップ、ジュディ・デンチ、ジョシュ・ジャッド、マーワン・ケンザリ、デレク・ジャコビ、レスリー・オドム・ジュニア、ミシェル・ファイファー、デイジー・リドリー / 初公開時配給:20世紀フォックス / 映像ソフト最新盤発売元:Walt Disney Japan
2017年アメリカ作品 / 上映時間:1時間54分 / 日本語字幕:松浦美奈 / PG12
2017年12月8日日本公開
2018年12月5日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video|Blu-ray Disc]
公式サイト : http://www.foxmovies-jp.com/orient-movie/ ※閉鎖済
TOHOシネマズ上野にて初見(2018/01/12)
[粗筋]
元警察官であり、いまは自ら“灰色の脳細胞”と呼ぶ聡明な頭脳で難事件を解き明かす名探偵としてその名を轟かせるエルキュール・ポアロは、エルサレムで遭遇した事件を解決すると、頭脳と心を癒すべく、ロンドンに戻り休暇を取るはずだった。
しかし、ロンドンに向かう途中、寄港したイスタンブールで、ポアロは英国領事館の使者から一通の電報を渡された。そのために、船での予定を切り替え、オリエント急行に乗車する。
オリエント急行はイスタンブールからパリまでを繋ぐ長距離列車である。ポアロが乗車した一等車には、ポアロを除けば13人の客が乗り込んでいた。なかで、特にその存在が目立っていたのは、エドワード・ラチェット(ジョニー・デップ)である。美術商というが、仕事を始めたばかりで審美眼の持ち合わせがないことを自認しており、猜疑心が強く常に拳銃を携帯している。ラチェットは食堂車でポアロに接触し、何者かに狙われているため警護して欲しい、と依頼してきた。ポアロは驕り高ぶったラチェットの言動を批判し、依頼を拒絶する。
翌日早朝、列車は雪崩に見舞われた。幸いに一部の車輌が脱輪しかけただけで済んだが、堆積した雪に阻まれ立ち往生を余儀なくされる。そしてそんななか、更なる災いが判明した。ラチェットの個室に食事を運んだ乗務員の呼びかけに反応がなく、異様な気配にポアロが扉をこじ開けると、ラチェットが変わり果てた姿で息絶えていた。
オリエント急行の乗務員で、ポアロの旧友であるブーク(トム・ベイトマン)は早急に事態を収拾するべく、ポアロに事件の解明を依頼する。やむなく捜査に着手したポアロは、現場検証の過程でラチェットのもう一つの顔を暴いた。
被害者の本当の名前はカセッティ――2年前に発生した、高名なパイロットであるアームストロング大佐の幼い娘を誘拐、殺害した疑いを持たれた人物である。ショックにより大佐の妻は早産し赤子と共に亡くなり、大佐はポアロに調査を依頼したが、その矢先に拳銃自殺してしまった。
被害者を恨む者は間違いなく大勢存在する。そして、何者も立ち入れなかった列車内に、必ず犯人はいる。ポアロは乗客たちを訊問し、手懸かりを検証し、一歩ずつ真相に迫っていった――
[感想]
原作は未だにミステリーの世界において存在感を発揮し続けるアガサ・クリスティの代表作のひとつである。代表作、と呼ばれるくらいだから、当然ながら既に何度か映像化が実現しており、うち1974年のものは当時のスターばかりを揃え、クオリティの面でも映画史に名を残すまでとなっている。
47年振りに劇場用映画として製作された本篇も、そのひそみに倣うように、現代のオールスター・キャストを揃えている。オスカー女優のジュディ・デンチから『スター・ウォーズ』新3部作の中心人物を演じて注目を集めるデイジー・リドリーまで、知名度の高い名優から渋めの名脇役、フレッシュな若手と絶妙な配分でちりばめている。この豪華な顔ぶれが一堂に会しているさまが観られるだけでも、本篇には一見の価値がある、と言っていい。
むろん、ただ安易にオールスターを揃えただけではない。きちんとミステリとして整理し、映画的な外連味も添えた、見応えのある作品に仕上がっている。
いわゆるミステリの黄金時代と呼ばれる時期の作品は、謎解きとしての質が高いが故に、容疑者や関係者への聴取や訊問、現場検証といった描写が主体となり、謎解きそのものに没頭出来るひとでないと楽しみにくい。まして映像にすると、原作通りではテンポが悪く退屈になりかねない。
本篇は、プロローグでポアロという探偵の個性を際立たせると、多士済々な関係者の登場を小気味良く点綴して、物語の舞台であるオリエント急行へと観客を滑らかに導いていく。列車内を立体的に動き回るカメラと、安易に証言を羅列せず、変化を付けて筋道をつけていくことで、事件手前や事件後の情報収集のくだりに起きがちな中弛みも小さくしている――それでも、緻密な原作を背負っているが故に情報量が多く、漫然と観ていると理解が追いつかない難点はある。さすがに“殺人事件”と冠した作品を、自分で情報を整理せず鑑賞するタイプのひとが観ることはあるまいが、それでもハードルになる可能性はある。
他方で、原作の読者や、より純粋で説得力のある謎解きを欲していると引っかかる点もある。特に、謎解きの中心となる探偵役ポアロの、映画独自の肉付けは気になるかも知れない。オリジナルよりも強めのこだわりや、プライヴェートな部分の描写もあるが、途中で思いがけず行動的な側面を見せるのもちょっと驚かされてしまう。いずれも映画として、キャラクターの掘り下げや見せ場を作るための脚色であるのは解るが、なにせ発表後90年近く経過しながら未だにスタンダードとして親しまれ、新訳も繰り返されている名作なので、様々な受け止め方があるだろう。演じているケネス・ブラナーが原作の“小柄で卵形の頭”という表現に一致しないことも、気にするひとはいるに違いない。
しかし個人的には、本篇のポアロの解釈、描き方は決して原作の持つポアロ像を大きく逸脱はしていない、と考える。戦争を経験している元警察官、という基本は押さえているし、その経歴を考慮すれば、文章の印象より活動的でも頷ける。特徴のある性格や、特に印象的なヒゲを踏襲するなど、オリジナルへの敬意もきちんと感じる。
監督も兼任したケネス・ブラナーは、シェイクスピアも演じる舞台俳優の側面もある。それゆえにか、現実として考えると不自然な構図があることも否めない。とりわけクライマックス、容疑者が長机に横一列で座っている場面などは正直、失笑させられてしまう。そうなる必然的な成り行きも、早い段階から描かれてはいるのだが、こういう図を見せたかった、という意図があからさまだ。
しかし、その芝居じみた外連味もまた本篇の魅力だ。列車内などの限られた空間で、映像に動きをつけつつ多くの描写を採り入れ、そこに映像的な華やかさを添えている、という意味では、本篇のやり方が現代の理想だろう。
きちんと原作の肝を押さえ、ミステリとしての体裁を整えながら、大画面で鑑賞するに値するだけのゴージャスさを堪能させてくれる。“オールスター”という表現に相応しい、映画という名のハレの昂りを実感させてくれる1本である。
関連作品:
『オリエント急行殺人事件(1974)』/『情婦(1957)』/『華麗なるアリバイ』/『サボタージュ(2014)』/『アガサ・クリスティー ねじれた家』
『スルース』/『マイティ・ソー』/『ワルキューレ』/『悪の法則』/『グランド・ブダペスト・ホテル』/『トランセンデンス』/『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』/『ベン・ハー(2016)』/『もうひとりのシェイクスピア』
『ゴスフォード・パーク』/『フライトプラン』/『15時17分、パリ行き』/『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』
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