『異端の鳥』

TOHOシネマズシャンテが入っているビル1階外壁部分にあしらわれた『異端の鳥』キーヴィジュアル。
TOHOシネマズシャンテが入っているビル1階外壁部分にあしらわれた『異端の鳥』キーヴィジュアル。

原題:“Nabarvené ptáče” / 英題:“The Painted Bird” / 原作:イェジー・コシンスキ『ペインテッド・バード』(松籟社・刊) / 監督&脚本:ウァーツラフ・マルホウル / 製作:ヴァーツラフ・マルホウル、アレクサンドル・クシャエフ / 撮影監督:ウラジミール・スムットニー / プロダクション・デザイナー:ヤン・ヴラサック / 編集:リュデク・フーデック / 衣装:ヘレナ・ロヴナ / ヘアメイク:イヴォ・ストラングミュラー / 音響:パヴェル・レイホレツ / 出演:ペトル・コトラール、ニーナ・シュネヴィック、アラ・スコロヴァ、ウド・キアー、ミカエレ・ドレザロヴァ、レフ・ディブリク、イトカ・チュヴァンチャロヴァー、ステラン・スカルスガルド、ハーヴェイ・カイテル、ジュリアン・サンズ、ユリア・ヴァレントヴァ、バリー・ペッパー、ペトル・ヴァネク / 配給:Transformer
2019年チェコ、スロヴァキア、ウクライナ合作 / 上映時間:2時間49分 / 日本語字幕:岩辺いずみ / R15+
2020年10月9日日本公開
公式サイト : http://www.transformer.co.jp/m/itannotori/
TOHOシネマズシャンテにて初見(2020/10/13)


[粗筋]
 ヨーロッパを席巻したナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺は、少年(ペトル・コトラール)から家族を引き離した。両親は息子が生き延びられるよう、少年にとっては叔母にあたるマルタ(ニーナ・シュネヴィック)に預けられたのである。
 地元の少年たちに手ひどく扱われる少年に、マルタは家から遠く離れないように警告するが、ほどなくそのマルタが突如として他界した。彼女の遺体を発見したとき、驚いた拍子に少年が落としたランタンは家を炎に包み込み、彼から居場所を奪った。
 ひとりで両親のもとを目指した少年だったが、道中の集落で住民たちに追い詰められ、捕らえられてしまう。住民は少年を、呪い師のオルガ(アラ・スコロヴァ)に金で売り払った。相変わらず人々からは冷淡な眼差しを浴びせられていたが、少年は呪い師の助手として、しばらくその地に留まった。
 しかしあるとき、住民に脅された拍子に川に転落、少年は遠くまで流されてしまう。そんな彼を発見し、置いてくれたのは、粉屋のミレル(ウド・キアー)であった。
 ミレルは仕事ぶりは真面目で、少年を差別はしなかったが、異様な嫉妬深さで、妻にしばしば暴力を振るっていた。あるとき、ミレルは雇いの作男が妻に色目を使った、と思い込み、嫉妬から激しく暴行する。少年は、ここにいれば自分も無事では済まない、と悟り、粉屋のもとを去るのだった。
 少年はふたたび放浪する。彼の受難は、まだ果てしなく続くのだった――


[感想]
 この作品、不思議な言語で撮影されている。《スラヴィック・エスペラント語》と言って、スラヴ語圏のひとびとがコミュニケーションを取りやすいよう、意図的に作られた人工言語を用いているという。どこか特定の舞台を設定することで、特定のイメージを植えつけたり、劇中の出来事で的外れな批判が現地に向くことを避けたかったようだ。
 そんな危惧を予め抱いてしまうのが、本篇が始まってさほど経たずに納得がいく。それほどに、本篇で主人公となる少年に対するひとびとの接し方は人道に悖るものだ。思い込みで悪魔と罵り鋤でつつき回し、罰として肥溜めに放り込む。保護する者も現れるが、身元の知れない流浪の子を引き取るような人間はみなどこか歪んでいる。危険を察して距離を置き、虐待や陵辱に遭って逃げる、ということを繰り返していく。
 原作は盗作疑惑があったり、著者自身の体験を元にしている、と言われたりそうでないと否定されたり、理解や評価がくるくると入れ替わっているらしい。しかし仮に事実であれ、虚構であるなら尚更に、場所を特定して描くことに大きなリスクのつきまとう内容であるのは確かだ。だからこそ、言語を通常は使われない人工言語にし、どうしても外せないナチスによる大量虐殺の事実やロシア軍の侵入、といった部分を除いて、舞台を特定しない描き方にしたのだろう。
 しかし、そうすることにより、本篇は特定の時代と場所で起きたこと、というイメージを与えず、一種の普遍性を孕むことに成功した。ここで描かれるような迫害や虐待が、決して特定の地域、環境、人間関係においてだけ起きるものではなく、どこでも起きていることのような印象をもたらす。
 事実、本篇で描かれるような悲劇を、地域的、時代的背景に起因するものとは決めつけがたい。異物への恐怖が排除へ向かい、弱者に対して絶対的な主導権を暴力や性衝動のかたちで吐き出すケースは決して稀ではなく、何ならいま、長年戦争に直面することのなかった日本においてもしばしば起きている。そして、その被害者が本篇の少年のような子どもたちになるのも、まるで珍しくない。
 それを厭と言うほど悟らせるのは他でもない、本篇のタイトルを象徴する鳥売りレッフ(レフ・ディブリク)との場面だろう。英題“The Painted Bird”の出所であると思われるこのシーンは、少年に自らの境遇を痛感させると共に、やもすると見落としがちな現実を観客に突きつける。
 生き物は、異質なものを排除しようとするのだ。たとえそれがあとから強制的に塗られた色であっても、現実の脅威にはなり得ないとしても。なまじ人間は思考できるだけに、予防という意識からこの差異がもたらす危険を多く見積もりかねない。災害や戦争ならいささか過剰な用心を求められても仕方ないかも知れないが、それが人間、こと子供に向いたときの悲劇を、本篇は複数に分けられた章立てを活かし、隅々まで描き出そうとするかのようだ。
 興味深いのは、そんな少年でも一時的に匿う人間が出てくるのだが、それがいずれも共同体からは逸脱した存在である、という点だ。放浪を始めた直後に彼を引き取る呪い師は、共同体の中で自らの立ち位置は確保しているが、他方で必要とされないときは距離を置かれる存在でもある。だから彼女の庇護下にあっても、自らの能力や立ち位置を証明出来ていない少年は、余所でと同様に忌避され、嘲りもされる。
 そのあとに登場する保護者たちも、異常な猜疑心の持ち主であったり、共同体からは受け入れられない恋人がいたり、挙句は少年を欲望のはけ口にする者もいる。それどころか、少年を意識的に守ろうとするのが兵士だというのが皮肉だ。むろん彼らもまたそれぞれの所属する軍の中で浮いた存在であることも仄めかされているが、その安易にひとくくりに出来ない人間性の発露こそ、その闇の深さを象徴している。
 本篇の闇の深さは、しかし少年の最終的な変化にこそ如実だ。冒頭、犬を守ろうとし、落ちてきた鳥の姿に涙していた少年は、終盤にさしかかるとまるで別人のようになっている。終盤のふたつのシークエンスで彼が見せた振る舞いは観る者を慄然とさせ、最終章のその表情には言いようのない悲しさ、虚しさを味わうはずだ。最後に見せる、ある行動に曙光は差しているが、それでも観終わったあとの虚無感、ひとというものの闇が重く覆い被さってくる感覚は消えない。
 全篇をモノトーンで撮影し、エンドロールを除いて音楽すら用いていない本篇は終始、凜とした美しい静寂が支配している。それゆえに、序盤の家が燃える音や、少年が身を潜めて聞く男女の艶めかしい息づかいが際立ち、印象的な場面はより鮮烈なインパクトを残す。章立てを細かく設定し、魔を緻密に計算することで、長尺を感じさせず退屈もさせない構成もまた見事だ。映画としてあまりにも端正に仕上がっているからこそ尚更に、本篇の描き出す闇は濃密なのだ。
 いわゆる“ホロコースト”を背景とし、この時代、この東欧周辺であってこそ成立する物語ではあるが、そこで描かれる人間の罪業はいつの時代、どんな場所でも存在しうる、ということを、本篇は舞台を匿名にし、端正で静謐な映像によって強調する。だからこそ本篇は心を震わせ、忘れがたい。


関連作品:
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