『鉄道員(ぽっぽや)』


原作:浅田次郎 / 監督:降旗康男 / 脚本:岩間芳樹、降旗康男 / 製作:高岩淡 / 撮影:木村大作 / 照明:渡辺三雄 / 美術:福澤勝広 / 編集:西東清明 / VFXスーパーヴァイザー:根岸誠 / 録音:紅谷愃一 / 音楽:国吉良一 / 主題歌:坂本美雨『鉄道員』 / 出演:高倉健、大竹しのぶ、広末涼子、吉岡秀隆、安藤政信、志村けん、奈良岡朋子、田中好子、小林稔侍、平田満、板東英二、きたろう、本田博太郎、木下ほうか、田中要次、石橋蓮司 / 配給&映像ソフト発売元:東映
1999年日本作品 / 上映時間:1時間52分
1999年6月5日日本公開
2017年10月25日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
劇場にて初見(1999/6/12)
DVD Videoにて再鑑賞(2019/10/22)


[粗筋]
 北海道の広大な原野を横断する幌舞線はかつて炭坑で栄えていた。しかし閉山して以来、利用者は減少の一途を辿り、間もなく廃線となることが決まっている。
 幌舞駅で駅長を務める佐藤乙松(高倉健)は父親の代から鉄道員ひと筋の武骨な男だった。運転士時代からの同僚で、現在は幌舞線の起点である美寄駅駅長を務める杉浦仙次(小林稔侍)は退職後、リゾートホテルに横滑りで転属できることになったが、未だに身の振り方を考えていない乙松を心配している。仙次の息子でJRの管理職に就く秀男(吉岡秀隆)も手を尽くしているが、先行きが不透明な状況が続いていた。
 乙松には家族がいない。長いこと連れ添った妻・静枝(大竹しのぶ)は長患いののち2年前にこの世を去った。ふたりのあいだにはいちどだけ娘が生まれたが、隙間風だらけの駅舎暮らしが祟ったのか、乳飲み子のうちに亡くなっている。雪子が死んだときも静枝が死んだときも乙松は勤務しており、いずれも看取ることが出来なかったことを、乙松は内心で悔やみ続けていた。
 かつては坑夫たちで賑わっていた幌舞の駅前もすっかり寂れてしまった。駅前にあるだるま食堂を営んでいた加藤ムネ(奈良岡朋子)も、養子の敏行(安藤政信)が美寄でイタリアン・レストランを開くのを契機に店じまいを決めた。
 年が明け、いよいよ廃線まで僅かとなった幌舞駅に、小さな客が訪ねてきた――


[感想]
 駅と冬景色、という取り合わせは、同じ降旗康男監督、高倉健主演による『駅 STATION』と相通じるものがある。夫婦や親子、といったモチーフの扱いにも近しさがあり、あとから振り返ると危うく混ざってしまいそうになる。
 だが、『駅 STATION』は刑事ドラマの枠の中で家族や職務に対する姿勢を描き、リアルであることと共にその凛々しさを表現しいたのに対し、本篇はファンタジーの中で、真っ当に生きようとする者の不器用さ、誠実さを見せようとした作品と感じる。
 どんな作品でも常に感情を露わにしない役柄を演じることの多い高倉健だが、本篇は特にその変化が窺えない。劇中、序盤にて幼い娘を失ったときも、病弱な妻を亡くしたときも、決して表情を乱さず自らの職務を果たしている。
 だが、何も感じていないわけではない。友人との会話や、家族を乗せた列車を見送るときの振る舞いや後ろ姿に哀しみを滲ませ、家族に寄り添うことの出来ない己の不甲斐なさを嘆くかのような寂寥がまとわりつく。凍てつくような雪国の光景が、そうした乙松の心境を象徴するかのようだ。
 物語は20年近くにまたがる乙松の半生を、周辺のひとびととの関わりを軸として織りあげている。娘を早く亡くし、子のない乙松夫妻は、炭鉱の事故により孤児となった子供・敏行を引き取ることを考えるが、身体の弱い妻・静枝への配慮で断念する。しかし、食堂の女将によって育てられることになったあとも敏行には心を配り、身内のように接している。そんな姿からも、乙松が幼くして死んだ娘への悔恨、その苦しみを背負わせてしまった妻への罪悪感が色濃く滲み出す。そして、どんな事態であっても鉄道員としての職務を離れなかった乙松は、友人のように別業種に移ることもなく、糟糠の妻を亡くしてからも鉄道員であり続ける道を選ぶ。
 そうした乙松の不器用だが誠実な半生に、本篇は最後、ささやかなファンタジーで報いる。本当にそれはささやかで、或いは乙松が見た白日夢のようにも捉えられるが、そこには確かな喜びと救いがある。
『駅 STATION』は“駅”と題しながらも、決して駅や鉄道が中心に来る物語ではなく、あくまで象徴に過ぎなかった。それゆえに、振り返ると決して駅の存在は大きく感じない。しかし本篇は、製作時には既に数を減らしていた蒸気機関車の姿も含め、駅や鉄道が物語の光景と分かちがたく結びついている。時代の変化と共に業務のかたちも変わり、乙松のような勤務形態を取るひともいなくなっていった。そんな事実さえも織り込んでいるからこそ、本篇はその映像、乙松を演じた高倉健の佇まいまでひとつになって、深い余韻を残すのだろう。

 この作品には、国民的なコメディアン・志村けんが出演している。高倉健演じる乙松がいちどは引き取ろうとした敏行の事故死した実父という役回りで、決して出番は多くないが、不器用な生き方しか出来ない男の姿を見事に表現して強い印象を残している。
 2020年、本篇から約20年振りに、山田洋次監督の新作『キネマの神様』に出演、菅田将暉とふたりひと役により主役を演じることが発表されていた志村だったが、撮影開始を約1ヶ月先に控えた3月、折しも世界中で猛威を振るった新型コロナウイルスの感染による肺炎で急逝した。結果として本篇は、志村けんという“俳優”の、実写映画における遺作となってしまった。
 僅かな演技で示した俳優としての資質を、初の主演作で見ることが永遠に叶わなくなったことが非常に惜しまれる。恐らく今後もあまり語られることの少ないであろう“俳優”志村けんとしての遺作が、ずっと憧れていたという高倉健との共演作になったことを、せめてもの救いと捉えたい。
 いまごろは川の向こうで憧れの健さんと、本篇の想い出話に華を咲かせているのかも知れません――心よりご冥福をお祈りします。


関連作品:
駅 STATION』/『将軍家光の乱心 激突
幸福の黄色いハンカチ』/『八甲田山<4Kデジタルリマスター版>』/『ブラック・レイン』/『のみとり侍』/『おくりびと』/『ALWAYS 三丁目の夕日』/『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』/『ALWAYS 続・三丁目の夕日』/『椿三十郎(2007)』/『南極料理人』/『大誘拐 RAINBOW KIDS』/『GROW~愚郎~』/『HERO [劇場版]
鉄道員』/『HACHI 約束の犬

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