『大河への道』

TOHOシネマズ錦糸町 楽天地、スクリーン12入口脇に掲示された『大河への道』チラシ。
TOHOシネマズ錦糸町 楽天地、スクリーン12入口脇に掲示された『大河への道』チラシ。

原作:立川志の輔(河出文庫・刊) / 監督:中西健二 / 脚本:森下佳子 / 企画:中井貴一 / 製作代表:木下直哉 / 撮影:柴主高秀 / 照明:長田達也 / 美術:倉田智子 / 装飾:中込秀志 / 編集:阿部亙英 / 衣装:松田和夫、真柴紀子 / メイク床山:大村弘二 / 録音:尾崎聡 / 音楽:安川午朗 / 主題歌:玉置浩二『星路(みち)』 / 出演:中井貴一、松山ケンイチ、北川景子、平田満、橋爪功、岸井ゆきの、和田正人、田中美央、溝口琢矢、西村まさ彦、立川志の輔、草刈正雄 / 配給:松竹
2022年日本作品 / 上映時間:1時間51分
2022年5月20日日本公開
公式サイト : https://movies.shochiku.co.jp/taiga/
TOHOシネマズ錦糸町楽天地にて初見(2022/5/24)


[粗筋]
 千葉県香取市は、観光資源が豊かであるにも拘わらず、世間的な知名度が低い。市役所では観光課・小林永美(北川景子)の主導で観光振興策の会議が催された。
 その席で、総務課に勤務する池本保治(中井貴一)がふと「香取市といえばちゅうけいさんだろ」と呟いたことが、周囲の耳目を惹いてしまった。結果、池本はちゅうけいさん――伊能忠敬を大河ドラマにしてもらうためのプレゼンを担当することになってしまった。
 伊能忠敬は言うまでもなく、日本で初めて、正確な測量のもとに日本地図を作成した人物である。1800年、55歳のときに始まり、実に21年を費やして『大日本沿海輿地全図』を完成させた。その地図の正確さは、衛星写真による日本と比較してもわずかな狂いしかなかった。
 企画として持ち込むためには趣旨やシノプシスが必要、ということになり、県知事たっての要望で、脚本担当として加藤幸造(橋爪功)に依頼することになった。しかし、20年前にテレビドラマの脚本を手懸けて以来、加藤はいっさい表舞台に現れていない。表敬訪問をした池本も、その都度けんもほろろに追い返された。
 雨の日も根気強く訪問を重ねた結果、ようやくお目通りは叶ったが、最後に手懸けた作品が自分の意に染まない結末で書かざるを得なくなったことがしこりとなり、半ば筆を絶っていた。自分がふたたび筆を執る理由は“鳥肌”だ、という加藤を、池本は部下の木下浩章(松山ケンイチ)とともに伊能忠敬記念館へと案内する。経歴を知り、衛星写真と比べても遜色のない地図を前に、加藤は明らかに“鳥肌”を味わっていた。
 ようやく重い腰を上げた加藤とともに、池本は企画書に添えるシノプシスをまとめるためのシナリオハンティングに繰り返し赴いた。当時の測量法を実際に試し、その足跡を辿る。加藤はそのあいだにも資料を精読し、着実に作業は進んでいる――かに見えた。
 だが、約束していたプロット提出の日、加藤は手ぶらで現れた。資料を読み解くうちに、重大な事実を知って、伊能忠敬では大河の脚本は書けない、と悟った、と言うのだ。
『大日本沿海輿地全図』が完成したのは1821年。しかし、伊能忠敬は1817年に亡くなっている――つまり、忠敬は地図を完成させていないのだ。
 忠敬の死から3年後の地図完成まで、何が起きていたのか? 加藤は池本と木下に語りはじめた――


[感想]
 原作は立川志の輔による創作落語だという。ただし、伊能忠敬を大河ドラマにしよう、という部分は創作だが、伊能忠敬の生前には日本地図は完成しておらず、3年間、その死が伏せられていた、という点は史実だ。
 オリジナルである落語、それを作者自ら小説化した作品には接していないが、本篇には確かに、落語に近しいテイストを感じる。無知でお調子者の部下・木下や、池本の依頼に当初は関心を示さない脚本家の加藤とのやり取りの軽妙さは、まさに落語ならではの趣だ。
 これは中盤以降に展開していく過去パートにも言える。地図製作の資金を巡る伊能組の面々と幕府の駆け引きはスリリングでもあるが、いささか人を喰った展開には落語のユーモアを感じさせる。下手をすれば関係者が罪に問われる所業であるにも拘わらず、切迫感、悲愴感は乏しく、軽さや清々しさの方が強い。見ようによっては、物語の重みを損なっている、とも言えるが、その軽快さは馴染み易さにも繋がっている。
 また、現代パートの俳優を過去パートにも起用しているのがユニークだ。全体にキャラクターや位置づけが現代パートと近しい俳優を配しているので違和感がなく、それでいて事業に対する取り組み方が違うので、混同もしにくい――もちろん、そもそも服装、風俗がまったく異なるので混同しようもないのだが、現代と過去を地続きに感じさせ、スムーズに世界観に惹き込んでいく仕掛けとして有効だ。或いはこれも落語の、一人の演者が複数のキャラクターを同時に演じる、というスタイルになぞらえた、と考えられる。意識してか否かは解らないが、オリジナルの表現へのリスペクトが感じられる作りになっている、と言えよう。
 ただ惜しむらくは、映画としての見せ場、旨味がいささか乏しい。落語という原作に敬意を表した知的な構成、巧みに適材適所に配された俳優たちの好演は充分に見応えがあるが、その一方で、映画ならではの美しい構図、カメラワークの妙味があまり感じにくいのだ。強いて言えば、実際の記録に基づく測量シーンは知的好奇心を刺激しつつ映像的な個性も際立つ見せ場になっているが、それ以外のシーンはあまり印象に残りづらい。舞台となる香取市をロケ地に選び、魅力的な風光を選んで意識的に観光振興を図っているのも察せられるが、効果は乏しいように思えた。
 とはいえ、創作落語をベースにしていればこそのユーモア、ウィットを、現代と過去で同じ俳優を用い、軽妙な駆け引きで再現して、独自の魅力を醸し出す好篇に仕上がっている。伊能忠敬という人物が遺した功績の知られざる側面を、一風変わった趣向で描きだした歴史ドラマとしても異彩を放つ。そして、観終わってから、勇気づけられるような心地も味わえる。


関連作品:
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