『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』

TOHOシネマズシャンテが入っているビル外壁にあしらわれた『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』キーヴィジュアル。
TOHOシネマズシャンテが入っているビル外壁にあしらわれた『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』キーヴィジュアル。

原題:“The Savior for Sale” / 監督:アントワーヌ・ヴィトキーヌ / 製作:ポール・ローゼンバーグ、セリーヌ・ニュス / 撮影監督:グザヴィエ・リベルマン / 編集:イヴァン・ドゥムランドル、タニア・ゴールデンバーグ / 助監督:゛ハスティアン・ボルゴー / 音楽:ジュリアン・ドゥギーヌ / ドラム演奏&作曲:マルタン・ヴァンジェルメ / 出演:ロバート・サイモン、ルーク・サイソン、マーティン・ケンプ、マシュー・ランドルス、スコット・レイバーン、ワーレン・アデルソン、ニコラ・ジョリ、イヴ・ブーヴィエ、エルヴェ・テミル、アンヌ・ラムニエール、マリア・アル・セヌーシ王女、クリス・デルコン、“ピエール”、“ジャック”、レオナルド・ディカプリオ / 配給:GAGA
2021年フランス作品 / 上映時間:1時間40分 / 日本語字幕:松岡葉子
2021年11月26日日本公開
公式サイト : https://gaga.ne.jp/last-davinci/
TOHOシネマズシャンテにて初見(2021/12/2)


[粗筋]
《サルバトール・ムンディ》――ラテン語で“世界の救世主”を意味するこのタイトルを掲げた絵画は、確かにレオナルド・ダ・ヴィンチのカタログに存在していた。しかし、ある時期を境に行方をくらまし、長年現物は発見されずにいた。
 ロンドンの美術商ロバート・サイモンは、アメリカの小さな競売会社の目録をネットで確認していたとき、1枚の絵に目を惹かれる。見本の画像だけでも状態の悪さが窺い知れるその絵に、サイモンは何らかの可能性を見た。
 出品者の話では、それは美術の収集を趣味とした伯母の遺品のひとつだという。伯母の死後、収集品を整理する必要に駆られた出品者は大手競売会社クリスティーズの鑑定人を招いたが、問題の絵は、その人物に「うちでは扱えない」とはねつけられたものだった。サイモンは最終的にひとりのバイヤーと競り合った末に、この絵を1175ドル(約13万円)で落札する。
 アメリカから絵を取り寄せたサイモンは、知人ダイアン・モデスティーニに絵の修復を依頼する。だいぶ経って、モデスティーニはサイモンに「気になる点がある」と連絡を入れてきた。彼女の示唆した事実から、サイモンはひとつの確信に至る。この絵こそ、行方をくらましていたダ・ヴィンチの《サルバトール・ムンディ》だと。
 サイモンとモデスティーニは2年の月日を費やして絵画を修復すると、ロンドンのナショナル・ギャラリーに連絡する。折しもダ・ヴィンチ展開催の準備をしていた学芸員のルーク・サイソンは感銘を受け、5名の鑑定家を招いて絵を調査する。だが、5名のなかでこの絵をダ・ヴィンチ筆と認めたのはオックスフォード大学の美術史家マーティン・ケンプだけだった。他の鑑定家は、疑いを示すか、可能性があるとしても、ダ・ヴィンチの工房によるもので、ダ・ヴィンチが果たした役割は小さい、と指摘する。
 しかしサイソンは、ダ・ヴィンチ展での展示を強行する。かくて、お墨付きを得た格好のサイモンは、方々の蒐集家や資産家に、強気の値付けでの取引を打診する。しかし、なかなか成約には辿り着かなかった。バチカンとの契約も失敗に終わったサイモンが、ようやく辿り着いた交渉相手は、ロシア出身の新興財閥ドミトリー・リボロフレフ。
 リボロフレフはモロッコに移住したのち、美術顧問としてイヴ・ブーヴィエを雇っていた。ブーヴィエは極端な修復の痕跡に、取引を考え直すように進言するが、リボロフレフはかなり乗り気になっていた。
 かつて1175ドルで取引された絵画は、この時点で10万倍に達する値がつこうとしていた。しかし、《最後のダ・ヴィンチ》を巡る狂乱は、まだ終わらない――


[感想]
 美術品の値付けは素人の理解を超える。けれど、本篇を見る限りでは、天文学的な価格で絵画の取引をする当事者でさえ、その絵の本当の価値など考えてないのかも知れない、と思えてしまう。
 高名な画家の知られざる作品が市井に眠っている、というのは可能性として充分にあり得ることだし、そういう“大当たり”を狙って美術品を漁るひとも少なからずいるに違いない。だが、もし実際に、文化財級のお宝が見つかったらしく、どんなことになるのか? 本篇で語られる変遷は、恐らくはその最も極端な一例と言えるだろう。
 そして、美術品というものの扱いのスタンスの違い、難しさも本篇には垣間見える。本篇の主役となる作品は、ロンドンの画商が、ダ・ヴィンチの未発見の作品では、と疑うまでは、アメリカの民家の階段を飾るだけだった。価値がある作品だ、などとは疑わない歴代の持ち主はあまり慎重に扱わなかったのだろう、状態は決して良くない。状態を改善して市場に出したい、という発想は、その時点なら理解が出来る。
 だが、そうした作品に歴史的価値のある文化財、という観点を加えると、こうした行動には危険が伴う。専門的な知識と技術が備わっていれば、その歴史的価値を認められる状態での“復元”も出来るだろうが、充分な知識を持たない人間が行えば、それは“破壊”にも等しい行為になる。咄嗟に思い出すのは。2013年、スペインの教会にあるフレスコのキリスト像が素人の手によって見るも無惨な姿に“修復”された一件だ――あれは決して悪意や功名心からではなく、善意からの行為だったようだが、しかしそれがなおさら事態を厄介にしている。本篇で、入手した絵画に“可能性”を見た美術商もまた、そうすることで美しさや価値を回復出来る、と見込んで修復を施したと思しい。しかし、人手に渡っていく過程で、問題の絵画に接した一部の専門家は、度を超した“修復”を批判している。
 これは本篇中では触れられていなかったと記憶しているが、どうやら修復に携わった人物は、かなり早い段階からそれがダ・ヴィンチの作品であることを前提とし、《モナ・リザ》のタッチなどを参照して“修復”を施したという。現在、本篇のキーヴィジュアルを始め、写真として確認出来るこの絵画にダ・ヴィンチの面影を見るのは、だから当然のことと言える。しかし、より厳格な専門家の目から見れば、噴飯ものの“破壊”行為だったようだ。劇中、決して声を荒らげることなく短く語る中にも、画商の行動に対する反感が透け見える。
 斯様に、“発見”された絵画はダ・ヴィンチの作品である、と呼ぶには未だ議論を呼ぶ状態だった。にも拘わらず、事態はにわかに大きく動き出す。一部の研究家の保証によって展示会への出品が強行されると、お墨付きを得た格好になり、最終的に1億ドルを超える高値で取引される。この時点で既に、ロンドンの画商が競り落とした額の10万倍に達するが、しかしそれで終わらない。様々な人間の思惑が入り乱れ、欲得や利権を雪だるま式にまとって、価格は膨らんでいく。
 やり取りされる過程で幾度も絵画の出自に疑問を呈する場面はあるのに、そこで踏み留まることはない。もはやこの段階で、絵の素晴らしさや美術史的な意義とは別の次元で値段は吊り上がっている。介入した業者による過大な水増し請求、世界的に高名な芸術家の作品を所有している、というステータスなど、関与した人びとの思惑に、そうして膨れあがった評価そのものがオークションでの熱狂を招き、遂には天文学的な価格に達する。
 本篇を観ていると、美術品の価値を決める要素はあまりにも多岐に存在する、と実感する。関係者の欲望までも巻き込んで膨れあがる価格を制御出来る人間はたぶんほとんどいない。まさしく魑魅魍魎としか予備用のないものが、美術品取引の世界には蠢いている。
 バンクシーが自らの作品を用いて(文字通りに、身を裂くような方法で)批判するこうした狂騒は、たぶんこれからも繰り返されるのだろう。美術は時間を経、様々なひとびとの手を介してその価値を確定、或いは高めていく性質を持っている。それで報われるひとも多くいる一方で、こんな風にして庶民の目から遠ざかってしまうのは、不幸としか思えない。
 しかし恐らく、こういう事態はいくらでも起こりうる。美術の取引に関わるひとびとはむろん、ほんの少しでも関心のあるひとなら、いちどは覧ておいていいドキュメンタリーである――現実に、対処できることなど何もないにせよ。


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